表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
番外 青年達は剣を求める
54/193

剣は折れず、ヤツを折る

戦う場面、苦手です。

つたない………。


 いきなり無茶苦茶な論理で「主の御為」という大義名分の元、アシュルーとの殺し合い一歩手前の試合という難儀な使命を押しつけられた、俺。

 みすみす攻撃を受けたら、きっとその時点で死ぬ。死ななくても重傷を負う。

 そんな後ろ向きな自信が得られるくらい、アシュルーの攻撃は冗談で済まされない。

 相手は拳一つで岩山を割り、蹴り一つで皮を割る様なヤツだ。

 その攻撃を受けても平然としていられる頑丈な肉体は、幾ら魔族でも流石に持っていない。

 聞いた話では六種族中最強の肉体を持つ竜人族の血を引いているという話だ。

 普段から見ているだけで分かる。ヤツの身体能力は、竜人族寄りだ。

 手加減したら、死ぬ。本気で死ぬ。

 …うん。殺られるくらいならば、殺す方が俺向きだ。

 命を奪うつもりでなければ、気が引けた時点でアシュルーの拳に打ち砕かれる。

 折る。絶対に、折る。叩き斬る。捌いて裂いて、噛み砕く。

 そのくらいのつもりで、徹底的に叩き潰してやろう。

 殺れる。殺れなくても、殺る。


 俺は若干の自己暗示をかけながら、アシュルーを完全に敵として見る様になっていった。

 

  

「うあぁぁ…目が、ラフェスさんの目がぁ…こ、こわいぃぃぃっ」

 あぅあぅあぅと、舞台袖から何かが聞こえた。そんな気がした。

 だが、それも直ぐに耳を素通りしていく。

「本気に、本気になってるよぅ、あの人達ぃ…」

 メイラが何かを言っている様だ。

 だが、分かったのは何か声がしたかもしれないという、錯覚程度の認識。

 然しそれも、既に俺とアシュルーの意識に止まることはない。

 この油断できない緊迫の中、戦いに無関係な第三者の言葉は、意味を持たない。

 例えそれが、死地を共にする仲間の物であっても。

 最早聞き慣れた声は、俺達にとって雑音程度の意味しか持たなかった。


 どちらとも無く、じりじりと足が間合いを計る。

 余裕たっぷりの様子で、アシュルーがこちらへゆっくりと手招いてくる。

「本気でかかってこいや」

「言われずとも、そうさせてもらおう」

「今日はテメェの剣、折ってやるよ。それからテメェの首も折ってやろうか」

「やれるものなら。だが、その前にお前の腕を折り、足を折った上で腹を切り裂いてやろう。俺は向けられた敵意には、殺意で返すことにしている」

「おう。此処からは俺達二人どちらかが生きるか死ぬか、本気の殺し合いだぜ?」



「……って、殺し合っちゃマズイでしょうが!! あぁぁ何やってんですか、二人とも。これで『砦』に帰った時、どっちか死んでましたーなんてことになってたら、皆になんて言えば良いんですか!? そんなことになったら、ディフェーネさんなんか、絶対に腹を抱えて大爆笑ですよ! 腹立たしい!!」

 …気になるのは、そこか?

 意識の片隅で俺は何かを思った様だった。

 だが、アシュルーを前に余所事に気を取られている猶予はない。

 一瞬だけメイラに意識が引き戻されそうになったが、それも一瞬に満たない僅かな間だけ。

 意識は直ぐに戦いの中に紛れ、俺は暴力だけに身を浸していった。



 先に攻撃を仕掛けてきたのは、アシュルーの方だった。

 アイツの戦法はいつだって先手必勝の言葉に添っている。

 その、勝敗の行方でさえも。

 俺とは根本的に、筋肉構造が違うんだろう。

 ヤツは魔法は使えないはずなのに、その瞬発力は肉体の限界に迫っている。

 充分に距離を置いていたはずなのに、その距離は一歩で詰められてしまう。

 向けられた眼光に、揺れるのは闘争心と殺気。

 無意識のうちに、俺の体は殺気に反応して勝手に動いていた。

 かつて、短くない時間をただひたすら『人殺し』に費やした経験による物だろう。

 俺の体は意識外の動きを取ることが度々ある。それも往々にして、命の危機に際した時に。

 危機感に反応して勝手の動いたのは、俺の右腕と左足。

 接近するアシュルーの踏み出されていた足を、咄嗟に踏みつけて体重をかける。

 機先を制する形で突き出されたアシュルーの腕に、俺の手が動いていた。


  ざしゅっ


 後先を考える余裕はなく、仲間の体を労るなどという考えは浮かばない。

 殺す気でいるのに、今更相手の体を損ねることに抵抗など無く。忌避することもなく。

 鋭い切れ味に血を浸し、妖しい艶を増すのは俺の右手に握る剣。

 勝手に動いた俺の右腕は、咄嗟にアシュルーの右腕へと食い込んでいた。

 後一歩で、斬り飛ばせる。

 確かな手応え。あと少しという、心の声。

 だが剣が骨まで届く前に、アシュルーが身を捻り、刃から退く。

「チッ…」

 あと、少しだったのに。

 仕留める前にやり損ねた。俺の惜しみ、残念がる気持ちが舌打ちで表れる。

 改めて距離を開け、アシュルーと真っ向から対峙するのと同時に、俺は違和感に気付く。

 戦闘仕様に意識を切り替えている時、痛覚その他の余計な感覚が鈍くなることがある。

 強敵と戦うときほど、それは顕著で。今回も例に漏れない。

 お陰で、気付くのに遅れた。

 一体いつ…?

 恐らく、俺の刃とアシュルーの腕が接触した時だろう。

 獲物に手をかけた高揚に、ほんの少しだが意識が逸れた。

 その隙に、攻撃してきたに違いない。

 アシュルーの手刀が食い込んだのだろう。

 いつの間にか俺の脇腹からは血が滴り、アシュルーの指と同じくらいの穴が、五つ。

 傷つけて、傷つけられた。

 互いの体から噴き出した血で、正式な使節として身につけていた飾りが汚れていく。

 金属についた血糊なら、後で落とすことができるだろう。気にする意味がない。

 衣服に付いた血糊なら、今更洗っても落ちないだろう。気にするだけ無駄だ。

 互いに傷の痛みと噴き出す血に体力が奪われ、消耗してしまう。

 だが、互いに傷つけ合う面白さに、己の限界や体力の残りなど気にならない。

 今ここで、俺の役目はアシュルーの血を流させること。

 もう、それだけしか考えられない。

 今度こそ、次こそは、アイツの命を刈り取ってしまおう。

 常の中、戦いを離れ、暴力を忘れている時には浮かばぬ表情。

 俺は口の端を釣り上げ、血に狂った笑みでアシュルーを見据えた。

 『獲物』ではなく、殺すべき『脅威』として見ている己を止められなかった。

 元々そのつもりではあったのだが。



「って、本当に何やってるんですか、アンタ達ぃ!? っここ、怪我ならどんな物でも何でも直してくれる参謀はいないんですよ!? 死ぬ気ですか! 殺す気なんですね!? 後の事なんて、まるでまったくまるっきり、全然考えてないんですねー!!?」

 観戦に専念しているらしい、メイラの声が煩わしい。

 内容を吟味する程に気にしている訳ではないが、何故か妙に頭に引っかかりそうになる。

 気になる訳ではないはずだが、何かしら、先程から頭が反応せずにいられない内容を叫ばれている気がする。そんな物を気にしている猶予は、本当に、ないんだ、がっ

「チッ…」

 アシュルーの蹴りが、傷を狙って繰り出された。

 除けるだけで精一杯だったが、反撃狙いで繰り出した渾身の突きをかわされる。

 やはり不安定な体勢での突きを当てることなど、アシュルー相手には無理か。

 『人間』であれば、これで結構刈り取れるのだが。

「おらおら、どーしたー? 他所に気ぃ取られてる場合かよ? そんな気もそぞろじゃ、俺様に踏み潰されちまうぜぇ! 次に気を逸らしたら、テメェの足を踏み砕いてやるよ!」

 アシュルーの仕掛ける猛攻は、手数といい、威力の重さといい、捌ききるのも一苦労だ。

 だが普段からあまり深く物事を考えないことが習慣付いている様で、あまり複雑な攻撃はない。簡単という訳ではないが、予測のつきやすい軌道で攻撃されることが多い。

 しかしどの角度から、どんなタイミングで攻撃がくるのか予想ができても、止めることも流すこともできなければ意味がない。避けようにも、ヤツの身体能力に咄嗟に対応できる程に俺は身軽ではない。自然、右手に握る剣で捌くことが多くなるのだが、簡単に防がせてくれる程にヤツが甘ければ、既に過去に置いて死んでいた筈だ。単純な攻撃が多いというのに、単純でも関係なく敵を殲滅してしまうヤツの身体能力、攻撃力が恐ろしい。これでヤツが狡猾さや戦闘に置ける緻密なフェイント技術でも持っていれば、俺では対応できない程の化け物に変貌していただろう。

 ヤツが単純で良かった。

 まあ、それでも、普通の魔族であれば反応できずに瞬殺されているような攻撃なのだが。

 俺くらいの反応速度でなければ、今頃ただの肉塊だ。何と恐ろしい。

「うーん。やっぱな。見込んだ通り、一筋縄じゃいかねぇなぁ?」

 無駄口を叩くアシュルーに、こちらから斬りかかる。

「やっぱ、普段の稽古とは動きも速さも段違い--って、と、ととっ」

 振り抜いた剣にアシュルーの意識が引っかかったのを利用して、死角から左の袖口に仕込んでいた寸鉄を手に、突き上げる。寸鉄を止めようとアシュルーの腕が動くが、そこを狙って振り抜いた剣の柄で奴の後頭部を殴りつけ、同時に足でアシュルーの足の甲を踏み砕き…


「な、なにしてるんですかぁ!!」


 その時、驚愕の声と共に無視できない程の豪風が舞台上に吹き荒れた。 

 目を開けていられず、咄嗟に瞑ってしまう。

 そうなっても体は無意識に予想された流れに沿って動く物だが、いきなりの拘束感に囚われ、何の前触れもなく手足が動かなくなる。ぎしっという、骨が軋む様な違和感。動かしたいからだが、無理矢理縛られ、動きを封じられるこの窮屈さ。

 相も変わらず、常人では身動きもままならないだろう風が吹き荒ぶ。

 だが、風など気にしていられない。

 この身に何が起きたのか、確認しなければ。

 そうやってそろそろと目を開けた時、状況を確認した俺達の体勢は…

 アシュルーの腕が俺の体を絡め取り、足が鳩尾にめり込もうとする寸前で。

 (この蹴りを食らっていたら、俺の内蔵は潰れて使い物にならなくなっていただろう。)

 俺の足は完全にアシュルーの左足甲を踏み砕いて床に縫い止め、動きを封じている。

 加えて長剣を手放し、担当に持ち替えた右手が、アシュルーの心臓を狙って止まっていた。

 互いに相手を砕き、潰そうとする寸前。


 そして何故か、俺達の体は動かない。

 よくよく観察してみると、それも無理もない話で…

 俺達の体は、何故か一瞬にして囚われている。

 いきなり舞台を突き破って生えてきた、白銀の刺草によって。

「これは一体…」

「おいおい、誰だよ。楽しい殺し合いに水差した奴」

 苛立ちに満ちたアシュルーの声に、舞台の脇で反応する者がいる。

 小柄で小さな、子供にしか見えない風貌。

「あ? ラティ…?」

 そこには、『砦』で参謀の手伝いをしている筈の少年。

 妖精の森からの出向精霊術師として、『解放軍』に味方する妖精のラティ。

 

 俺達に向けて、術を放った姿勢で固まったまま、微動だにせずそこにいた。


全然登場の機会がないラティ君、いきなり参上?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ