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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
切り開け、あかい馬
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32.歌うよりも響くこえ


 私は治癒術特化。戦場には行けない。私は戦に加わることができない。

 少なくとも、人々の傷つけ合い、殺し合う場所には。

 だけど諍いの手の及ばない、遠くから見守ることはできるから。

 小さい泉の水面を鏡代わりに、私は戦場を映し出す。

 私はアイツが心配で、ただ見ることしかできなかった。



 自分達の陣営から逃げ出した『人間』達を、より取り逃がさぬ様に纏める必要がある。

 彼等は現在、自由気ままの好き放題に逃げている。

 纏まりがないと言うことはつまり、四方八方へ逃げようとしているということ。

 取り逃がす数は、出来る限り少なくしたい。

 無事に逃げおおせた者が、きっと後に再び兵として此処へ来るから。

 未来の兵の数を減らす為にも、私達は容赦できない。

 恨んでも良い。憎まれても良い。

 『人間』達はきっと、私達がそうするだけの行いを積み重ねてきた自覚はないだろう。

 ならば、何故なのか理解のできないままに、私達に翻弄され、砕け散るが良い。

 私の中の冷徹な部分が、確かにそう囁いた。

 でも私にも、繊細な部分があったらしい。

 私の中、胸の奥でひっそりと、嘆く声がする。

 『人間』だろうと魔族だろうと、『人』の死ぬのが悲しいと、泣いている自分が居る。

 そんな気弱な自分が、時に酷く…憎くなる。

 今回の戦闘は、アイツも参加している。

 その武運と生存、心身揃えての無事を祈るべきなのに。

 敵を哀れだ、やるせないと思う自分が、どうしても情けなく思えた。


 まるで羊を追い立てる牧羊犬の様に、あかい人を戦闘とした騎馬隊は『人間』を追いやる。

 アイツの合図に合わせ、秘かに『砦』から接近していた留守居の隊も加わり、『人間』という哀れな羊達は、逃げ場を失って惑っている。

 やがて敵味方入り乱れての乱戦となるが…それでも混乱に一度陥った『人間』達の結束は脆い。本当にこれが、私達魔族を追いつめてきた『人間』と同種なのかと、こちらが戸惑う程。一度纏まりを失った彼等は、驚くぐらいに脆かった。

 逃げまどい、抗う者も極めて僅か。

 何とか立て直そう、持ち直そうと奮闘する者は何人もいたが、その他の大多数が戦意を喪失したまま好き勝手に行動したら、少数の者が奮闘しても意味など無い。

 もし、この土壇場でも彼等の団結力が発揮されていたら、場の流れは大きく違っただろう。

 兵力差に大きな差があるなんて、冷静に指摘できる敵はいなかった。

 彼等は次第に追い立てられ、追いつめられ…

 そうしてとうとう、私達の目論見通りの結末を迎える。


 闇夜の中に、何百、何千、何万という連続した爆発音が続く。

 耳は痛くなり、発光に目がチカチカと眩んだ。

 それは闇であろうと光であろうと、等しく切り裂く様な…

 あかく、血の色に空を染めながら、夜を切り裂く様な派手な連鎖で…

 星夜を赤く白く塗り替える、大きな爆発が何度も連続して起こった。


 それはまるで夜空を照らす花火の様で…

 熱く滑る赤い雨が、肉片が振ってさえこなければ。

 夜空に赤い花畑が現れたのだと、私達は思ったかもしれない。



 呆気ない幕切れだと言えばそれまでだが、決着がつくまで武器を古い続けたのは本当だ。

 彼等は確かに命を賭けて、『砦』の今後をかけて、死力を尽くした。

 最後の最後でとどめを刺したモノこそ魔法の罠という、誰の功績でも無いものだったが。

 それでも彼等は武器持て敵と打ち合い、斬り合った。

 その興奮、血の滾る現実の過酷な殺し合い。

 そう言った全ての終着。目に見えてはっきりとできる様な終わり。

 例え最後は追い立てることだけが目的だったとしても、彼等は戦った。

 それが終わったと区切りをつける為。

 彼等は求める姿に目を向けて、終わりがはっきりとなる瞬間を待った。

 ただ、黙して。

 兵としての闘争を収め、静けさに従順なままに。

 魔族の多くの兵が未だ残っているのに、戦場はいつしか静寂に包まれていた。


 勝利の宣言を求めて、『解放軍』の兵達が一つの方向へ視線を向ける。

 我等のリーダー、アイツの方へと。

 戦の空気に頬を上気させ、アイツは流れ落ちる汗を拭っている。

 求められた役割に気付かないでいるアイツを、あかい人が肘で突いた。

 そうして初めて、自分が見られていることに気付いた様だ。

 傍らから、キラキラさんが優しく何かを促した。

 アイツは照れくさそうに頬を掻くと…それでも、求めに応じて声を挙げる。


「諸君--我々の、勝ちだ」


 諸君、だなんて、アイツには似合わない言葉遣い。

 それでも挙げられた声、涼やかに告げる勝利が、静まりかえった戦場に浸透していく。

 ただ、夜の神に良く似た、グター。

 その容姿が、場の雰囲気に神秘性を足して、空気を厳かにしていく。

 その、声が。勝ち鬨と言うにはあまりに穏やかな声が。

 吟遊詩人の歌い上げる物語よりも明確に、それらしく。

 この場に響いて、戦場を伝説の一場面を示す情景の様に錯覚させる。

 神への信仰と、戦の勝利がもたらした高揚。

 それがアイツへと集約し、信望へと姿を変えていく。

 夜の神に感謝を捧ぐ様に、彼への思慕もまた、募る結果に繋がっていった。


 アイツは立派に戦を戦い抜き、戦場の空気を掌握してしまった。

 その姿は正に勝者で、我等が…主。

 ああ、アイツは実力を兼ね備えた、真実私達のリーダーへと成長を遂げたのだと。 

 遠くから戦場を見守っていただけの私にも、それをはっきり突きつける。


 それはとても喜ばしいことの筈なのに。

 何故だか私は、酷く心が虚ろになっていく様で。

 アイツに、大きく距離を開けて置いて行かれた様な心持ちになって。


 私の胸に去来したのは、何故か戦の勝利による喜びではなく…

 …アイツに必要とされなくなり、このまま置いて行かれるのではという、危機感。

 そして、それよりも更に大きく膨れあがるのは…アイツに距離を開けられた寂しさ、だった。



戦場ですが、あっさり終わってしまいました。

あっさりしすぎと思う方もいるかもしれません。

ですが混迷の戦場をすっきりと書くには、文章力が足りず。

無念。

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