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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
切り開け、あかい馬
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今日だけは首刈り族

グター視点。



 成人前にして、俺は『売られる仔牛の気持ち』というヤツが分かってしまった。

 諦めに似た、自己犠牲。逃れられない、生死の間。

 だけど俺は仔牛じゃないから、自ら望んで生殺与奪の場に向かう。

 殺されるのではなく、俺自身が剣を手に取り、敵を…殺しに行く為に。


 揺れ動く、戦場という波の中。

 俺は此処で、初陣を迎える。

 仲間達の生活が営まれる、『砦』を守るという目的の下に。


 いきなり初陣と言われ、言葉の上ではごねた。

 だけど本当は、緊張と同時に覚悟もできていた。

 とうとうこの時が。

 そんな、感慨の様な気持ちの方が、本当は躊躇いよりも大きかったんだ。

 だけど、リンネが…アイツが、不安そうな顔をするから。

 必死に隠しているけれど、俺はアイツの気持ちを知っていると思う。

 心配して、不安になって、怖くなって。

 俺が強くなることは、純粋に生き残る確率が増すからと後押ししているけれど。

 本当は弱いままでいて、アイツには自分と一緒に後方に引っ込んでいてほしいと思われている事を知っている。卑怯と言われようと何だろうと、一緒に安全な所で庇われてほしいと思われている事を知っている。

 だけど、それはできないから。

 俺は、男だから。

 こんな時代、こんな状況だから。

 俺はアイツを守らなくちゃいけない。

 ううん。俺は俺の手で、自分でアイツを守りたい。

 だからその為には、俺は強くならなくちゃいけないんだ。

 その為に実戦での経験が必要だというのなら、俺は幾らでも戦場に立つ。

 アイツを守るのに人を殺した事実が必要だというのなら、俺は幾らだって敵の首を刈る。

 俺は平気な顔で、それができると思う。

 だけどそれだと、アイツが悲しむって、分かってる。

 アイツは俺に優しいけど、俺だけにじゃなく、色んな人に優しい。

 それは心が情け深く、情に厚いから。

 そんなアイツに一番大切に思われてるって、俺は自惚れているから。

 俺が平気で人を殺すと、きっとアイツが心を痛める。

 俺が危険な戦場で剣を振るい続けると、きっとアイツが涙を流す。

 それが嫌だから、俺はふりだけでもアイツの望む姿で振る舞いたい。 

 アイツが望む通り、まだまだ子供で、か弱くて。

 人を殺すどころか、誰かを傷つける覚悟すら未だできていない様な、子供だと。 

 リンネと俺は、いつだって対等だから。

 心情的にもアイツと同じまま、弱いまま。

 そうであることを、アイツは心の奥底で望んでいる。

 俺がそれに気付いていることは、きっと知らないだろうけど。

 だって、必死に隠そうとしているし。

 俺はアイツの心情を大切にしたいし、望みは守りたい。

 だから幾らだって振る舞うさ。軟弱で、情けない姿を。


 だけど本当は、俺が既に『人間』を殺したことがあることを、アイツは知らない。

 仲間を守る為、秘かに戦闘に参加したことがあるなんて、思ってもみないだろう。

 誰かを傷つけても、それが大事な奴でない限り、心なんて痛まない俺をアイツは知らない。

 修行と銘打ち、『人間』と戦ったことがある。その時の俺の目を、アイツには見せたくない。

 平然とした顔のまま、心を動かさずに『人間』を殺せる俺であることをアイツは知らない。

 もうアイツを守る為なら、仲間を守る為なら、手を更に赤く染めても俺は構わない。

 アイツを守る為に平気で手を汚すことのできる俺を…アイツは知らない。

 知らせるつもりはない。知られたくない。

 アイツの心の中では、いつも無邪気で明るいままの、子供の俺を覚えていてほしいから。

 アイツの心の中でだけは、人が傷つくことに心を痛められる俺のままでいたいから。

 だから俺の心に巣くった闇には気付かず、今まで通りのアイツでいてほしい。

 皮肉だとは、思うけれど。

 俺の秘かな願いは、どこまでもアイツの隠した願いに似ている気がした。

 互いに相手に対して、きっと俺達は同じ事を願っている。


「何をぼうっとしている。気を緩めて、死ぬつもりか!」

 気迫に満ちた声。

 ディー師匠は今日も容赦がない。

 俺がアイツの前では平気で人を傷つける姿なんて見せたくないって知ってる癖に。

 堂々と俺に参戦を要求し、使える人材は骨まで使うと怒鳴ってくる。

「アンタがどう振る舞おうが構わないが、今は人手が足りないんだよ」

「分かってるよ。ちゃんと、こっそり参加するつもりだったって」

「…ッたく、何を余所事に気ぃ取られてんだか。アンタが大規模戦闘初体験、初陣なのに変わりは無いんだからね。ぽやっとしてたら呆気なく死んじまうよ」

「だから、分かってるって! 武器を手に油断できる程、俺はもう無邪気じゃないよ」

「それなら良いんだけどね? 私にとってはアンタもまだまだ未熟なひよっこだよ」

「酷いなー…」

「アンタも自分でどう思ってるのか知らないけど、まだまだリンネちゃんと同じだよ。子供のまんまさ。心は柔らかく、脆くも儚い。ぼうっとしてたら、直ぐに死ぬ」

「………流石に、儚くはないって」

「どうだかねー」


 俺のことを心配する人が、沢山いる。

 筆頭はアイツだけど、その他にも師匠達、仲間達。 

 その人達みんなを守ろうと思ったら、やっぱり俺が強くなるしかない。

 もっと、強くならないと。もっと、皆を守れる様に。

 何はともあれ、今は目の前の戦闘に集中しなくちゃ。本当に死んでしまう。

 右往左往する、『人間』共。

 あれらを狩る取ることが、今日の仲間達を守ることに繋がる。

 日常の平穏となる。

 アイツを守って、助けて、傍にいるのが俺の役目だから。

 俺のしたいこと、大切な望みだから。

 それを邪魔する『彼奴等』は、みんな狩り取ってしまおう。

 右手には俺の手に合わせた特別誂えの剣を抜き、左手で馬の手綱を操って。

 俺はディー師匠に並び、馬を駆る。

 敵を殲滅し、その命を刈り取る為に。


 いつもは致命傷や死んだかどうかなど大して気にしないけれど。 

 今日は確実に殺していく必要があるから。

 だから今日だけは、狙い過たず、多くの首を刈りに行こう。

 敵の、死神となろう。

 敵にも、味方にも、実力を示そう。

 そうであってこそ、俺は仲間達の、真のリーダーになれるのだから。

 仲間達に必要とされるアイツの傍で…対等な顔をしていられるのだから。

 

 


グターのいつもの行動は限りなく素ですが、それでも内心に思うところはある。

幾ら普段無邪気でも、いつまでも子供ではいられない…という彼の話。

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