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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
切り開け、あかい馬
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30.彼の弓矢は絶望を振り撒いた(物理的に)




 私達の故郷から送られてきた悪戯アイテム。

 それは悉く、散布式だったり、噴霧式だったり。

 これはつまり、撒けって言っているよね。撒けって。

 ええ、良いでしょう。望むところです。

 私達の力の限り、彼の望むまま。

 この『災厄(笑)』を撒き散らしてやろうじゃないですか。

 まあ、実行するのは私じゃないんですけれど。


 私達が白羽の矢を立てた実行犯は、キラキラさんです。



 こんな怖い物、近づきたくないというキラキラさんに私達は持てる権限で強要する。

 あかい人も加わって、私達は彼の弓術という凄まじい技術に期待した。

 魔族たるもの、その本領が発揮されるのは夜。

 美しい月の輝く夜ならば、殊更に。

 でも、『人間』は余計な夜襲対策で、私達に相対しようともしない。

 近寄りようもない『砦』に籠もる私達に、使者すら立てない。

 まあ、私達の『砦』に、『人間』は近づけないのだけど。

 そんなこと、私達には知ったことではないし。その思惑を慮る意味もない。

 閉じこもって出てこないのなら、相対しようとしないのなら。

 ならば、根城をこじ開け、燻りだしてしまえばいい。

 珍しく凶暴な気持ちになりながら、私達は野戦の準備を整えた。

 矢張り戦いは、己達の得意とする状況でやってこそ。

 その状況に持ち込むことが、私の腕の見せ所。

 やってみせましょう。やらせてみせましょう。

 さあ、『人間』達…覚悟など、できていないでしょうけれど。

 私達が目に物見せる、時間がやって来ましたよ…?


 踊って貰いましょう。狂って貰いましょう。暴走して貰いましょう。

 私の望むまま、皆の望むまま、『人間』の望まぬままに。

 私達にとっては美しい、『人間』にとって絶望の。 

 そんな一夜を、始めましょう--



 小高い丘の上、『人間』の陣地からは遠く離れ、離れすぎた場所。

 『人間』はきっと、こんな所に敵が潜むなんて思いもすまい。

 こんな所から、攻撃ができるなんて思いもすまい。

 だけど魔族には…私達には、こんな距離関係ない。

 凶暴で乱暴で横暴な、今夜は私達の反撃の夜。

 珍しい限りのこの夜に、あかい人がニタリと微笑んだ。

 ああ、殺る気なんですね。頑張って下さい。

 そして夜の幕開けを告げる、弓の音。

 弾かれる、弦。

 鋭く風切る、光の矢。

 銀の尾を引いて、『人間』の結界を切り裂いた。


「おお。リンネの分析した通りか」

「ええ、言ったでしょう? あの結界の作り、魔法に対しては無駄に強度高いけれど、物理的な干渉にはそうでもないって。魔族を警戒した結界だもの。どうしても遠距離からの魔法を警戒してしまうのよ。物理的な障害としては、堀や柵に、兵の哨戒任せみたいだったもの」


 キラキラさんは弓を極めているけれど、実は魔族にそんな人は少ない。

 肉体的に身体能力は優れている方なので、剣や拳で戦う人は結構いる。

 だけど遠距離からの攻撃は、なまじ魔法という威力も飛距離も優れた手段があるだけに、それに頼りきりになることが多い。お陰で、魔族で弓矢という道具をを修練する人は滅多にいない。それは種族的にも広く知られていて、まさか今更、魔族に弓の上手が居るとは誰も思わないのだ。

 私達も、初めてキラキラさんに出会い、その腕を見た時には凄く驚いた。

 あのお兄さんや羽根の人でさえ、目を見開いて驚愕していたのだ。

 そんな、種族の常道を無視したキラキラさんの弓上手。常軌を逸した弓上手。

 全然予測していないだろう、その認識を利用するのは簡単だ。

 魔法で威力の上乗せや狙いの補強をすれば、かなり使える。

 それが分かってからは、キラキラさんに指導して貰って弓使いも数を揃えて育てた。

 特に女性の志願が多く、それに釣られた男性の志願も増えた。お陰で人員も充実している。

 今こそ、その真価を皆に知らしめる時でしょう。


 空に弓引く魔族達。

 長く尾を引いて、光る矢が『人間』の頭上に降り注ぐ。

 魔法が相手であれば強固な結界を、ほぼ素通りする形で。

 苦痛を、苦難を、混沌を振り撒く為に。

 私達が指示した通り、その矢に危険物を付随させて。

 そして空から、星の様に絶望が降り注ぐ。




「…すげーな」

 アイツがぽつり言う。

 確かに凄い。お願いした私でも、口が開いて塞がらない。

 キラキラさん以下弓術部隊『光陰』にお願いした射撃は、二段構えだ。

 相談に相談を重ねて、矢を使って空中からの薬剤散布をお願いした私。

 それに対してキラキラさんが実行した方法は、中々に現実離れしていた。

 第一射で薬剤入りの容器をくくりつけた矢を飛ばし、それを第二射で射抜く。

 その動作を利用して、空中散布が可能な様に仕掛けを施したのは私だけれど。

 まさか本当にやり遂げるとは、三割くらい信じていなかった。残り七割、信じてたけど。

 どんな名手を揃えたのか分からないが、飛んでいく矢についた薬瓶を更に射抜くなんて規格外な事を部下にまで徹底させて実現させるキラキラさんに、戦慄してしまった。

 『人間』には絶対にできない距離から射て、あんな塵より細かな的を射抜く彼等が恐ろしい。

 ああ、矢張り彼も、規格外。お兄さん達の類友に認定だ。

 全く『グターを強くしよう委員会』の化け物共め…!

 だけど彼等の化け物振りのお陰で、何はともあれ薬剤は振り撒かれた。

 混乱の始まりだ。


 さあ、泣け。泣きわめけ。狂った様に叫ぶが良い。

 全身を襲う金属かぶれと、興奮の渦に酔いしれた獣達の暴走に!

 

「薬剤の散布を確認。捕獲班、檻に入れていた獣達を解き放て!」

 物凄く楽しそうにあかい人が指示すると、部下の人達が野太い雄叫びを上げて実行する。

 急場しのぎで作られた、木製の檻の中。

 特に選んで捕獲されていた、肉食獣達が解き放たれる。

 既に獣達は二日、餌を抜いている。

 血走った目、獰猛な唸り、隙無く這い寄る、静かな野生。

 この距離であれば、本来ならば襲われるのは私達。

 しかし獣の優れた嗅覚は、私達にも嗅ぎ取れない香りに反応する。

 強烈に獣の野生を刺激する香りは、遠く離れた『人間』達の陣から流れてくる。 

 私達には分からない。だけど、鼻の良い獣は反応せずにいられない。

 ぐるぐると唸り、涎を垂らす、狂った瞳。

 私達には目もくれず、その視線は真っ直ぐ『人間』達の陣へと向いていた。

 ほんの少し、香りの有りかを探る動作を見せた後…

 獣達は解き放たれるまま、先程空に降り注いだ矢の様に。

 一直線に、肉食獣達は全速で『人間』の元へと駆け出した。


「獣達は行ったね? それじゃ弓術隊、第二波の用意後に待機。『人間』の陣で騒ぎが起きてから、次の薬剤散布を実行するよ。目と腕を休めて待て」

 キラキラさんのいつもよりずっと静かな号令に、弓術隊が『2』の番号が振られた矢筒から薬剤付の矢を引き寄せる。アレにも、惨劇の種が私達によって仕込まれている。

 まだまだ、悪戯用に隠れ里で開発された薬剤は尽きない。

 むしろ、これからが本番だ。

 我慢できずに混迷の中、彼等が絶対安全地帯から飛び出してくるまで。

 私達が絶対的な力でもって襲いかかり、蹴散らすことのできる状況が整うまで。

 充分に嬲れる程の豊富な種類が、此処に準備されていた。

 さあ、出てこい。

 苦痛に堪らず飛び出してくるが良い。

 その時こそ、私達の望んだ時。

 あかい人が部下達と共に、その朱い馬で、存分に蹴散らしてくれるから。

 私達は目を細め、『人間』の陣地が瓦解して踊り出す…その、時を待った。

 


 だけど本当に、あの薬剤洒落にならないな…。

 あんな恐ろしいモノを勝手気まま自由に作り、好きに使っていた私達って…。

 あまりに恐ろしい子供時代の無邪気さに、今夜一番の恐怖を感じた。


 せめて心の中で、里の大人達に謝っておこう…。

 ふと横を見ると、アイツも何か祈る様な顔をしている。 

 ああ、考えたことは一緒なんだな。

 そんな、胸の中が申し訳なさで一杯になる夜も初めてだった。



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