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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
切り開け、あかい馬
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弓矢の様に速く


 弓矢の上手が己の誇り。

 一芸だけを高め続けた結果、私はいつしかその道の達人、なんて呼ばれる様になった。

 私の名前は、リシェル。リシェルシェザイラ。

 種の為の道に尽くし、『解放軍』の中でも弓術狙撃部隊『光陰』を任されている。

 そして『グターを強くしよう委員会』の一員でもある。


 『解放軍』に尽くし、グターを鍛えること。

 それが今の彼に取って、生き甲斐ともいえる役目だった。



 ただ今、私はお使いでグー君とリンネさんの生まれ故郷に来ています。

 二人から噂には聞いていましたが、此処には予想以上に侮れない若長がいます。

 何で初対面で顔と名前どころか趣味趣向にトラウマまで把握されているのかと、挨拶の時には戦慄が走りました。まあ、それも良い思い出です。今ではすっかり慣れて、彼が何を知っていようと、既に動揺する時期は過ぎました。そう、彼が何を知っていようと。

 …と、思っていたのですが。

 それは私の思い上がりでした。私は自分を買いかぶっていたようです。

 お使いの内容を消化する為、里に伝わる宝物の物色をしていた時。

 私は急に、当の若長に呼び出しを受けました。

 今度は何を言い当てられるのか、どんな要求を受けるのか。

 そんな些末なことで緊張していた時が、今は懐かしい。

 まだ、それから一時間も経ってないんですけどね。

 

「君に一つ、残念なお知らせがあるんだけどね。どうやら『人間』が軍勢を整え、君達『解放軍』の本拠地…『砦』に、大挙して押し寄せようとしているようだよ」


 彼の執務室に入室し頭に、前振りもなく言われた言葉。

 私が思わず思考を凍らせてしまったのを、誰が責められるのでしょうか。

 いや、類い希な能力を持つ、同僚達ならば余裕で責めてくるでしょうけれど。

 私は自分よりも頭一つ分も背の低い、若長を見つめたまま驚愕に固まっていました。

 未だ幼いと言っても良い風貌は、自分のもたらした情報に動じた様子もなく。

 どうすればこの様に、常に冷徹な姿勢を貫ける様になるのだろうか。

 彼は未だ子供で、『砦』に居る我等の首領や参謀と同じ年齢で…

 って、そう言えば、あの二人も傑物でしたね。年齢に不相応な有能さで。

 あの二人の出身で、この若長の育った場所で。

 本当に、この隠れ里は一体どうなっているんでしょう。

 『解放軍』の者でやって来たのは私が最初ですが、有している人材の豊富さ有能さといい、資源といい、情報の掌握力といい…その気になれば我等『解放軍』も進退窮まる状況に追い込める様な実力を隠し持っている。正しく、あらゆる意味で『隠れ里』というしかありません。

 特に、私はいつも、この若長の用意周到さが恐ろしい。

 この、目の前。

 私に『解放軍』の窮地を伝えたというのに、欠片も取り乱していない。

 むしろ、私が取り乱しそうですが。

 恐ろしいモノを腹の内に秘めた少年ですが、彼が我等のトップ二人に心を許し、厚い友情を持っているのは間違いようがありません。この里に来た私にも、あの二人を気遣い、その近況ばかりを気にしていましたから。…恐らく、他の情報は私に聞かずとも別の手段で入手できるという事もあるのでしょうが。

 彼は、あの二人を裏切らない。

 泥にまみれても穢れることなく、汚いところのない二人。

 我等の顔として前面に出すに相応しき、清らかさ。まあ、呑気ともいう。

 彼等に足りない、汚泥にまみれ汚れても、事を成そうとする決意と執念が彼にはあります。

 彼等に足りない部分をこっそり補い、若長は今までも裏から助けてきたのでしょう。

 はっきりと言及されたことはありませんが、観察の結果、私はそう確信しています。

 その彼が取り乱していない。 

 ということはつまり、その周到さで持って、既に何かしらの対策が立てられているのでしょう。

 最初こそ硬直して思考を止めた私ですが、そう思い至るのは割と直ぐでした。

 …若長の余裕の笑みが、私にも余裕を思い出させてくれたお陰ですが。

「その様子ならば、多くを語る必要はありませんね?」

「ええ、お気遣いは必要ありません」

 彼も、私にその行いの意味するところを推察しているのを知っている。

 だからといって慌てず、敢えて口止めもしてこない。

 それは私が『解放軍』にいる二人に口を滑らせても構わないのではなく…

 知られても構わない、知って欲しいと思っているのなら、自分で援助の事実を伝えていただろう。それをしないと言うことは、多分、知ってほしいとは思っていないということで。

 私が彼のそう言う心情を慮り、口を自ら噤むと察しているのだろう。

 組織の外部に強い影響力を持つ第三者を認める危うさを思い、口を噤むしかないのだけれど。

「君には急ぎ、『砦』へ戻って貰わなくてはいけないね。まあ、心配することはないよ。こちらとしても君達を犬死にさせる無駄はしないつもりだから。

 コレ、詳細な情報の取り纏め。コレ、今回君達の為に用意しておいた魔導具。こっちは渡す為に準備しておいた物資のリスト。今回は自分達で持っていく余力はないだろうから、こっちから付け届けるよ。あと、従軍させる為に400人を選別しておいたから」

 慌ててはいないが、忙しなく若長が調査書や目録、身上書といった書類や何かの荷物を押しつけてくる。渡される荷物の中には旅支度も入っており、今すぐにでも旅立てといわんばかりだ。

 だけど一方的にアレコレされても、こちらが慌ててしまう。

「ちょっとお待ち下さい。400人? そんなに兵を増やしては、機動力が落ちます。大所帯でのんびり帰れる様な、ゆっくりしている暇はないんですよ。状況は逼迫しているのでしょう?」

「大丈夫。抜かりなく『人間』の進軍速度は割り出してある。君達の能力と士気の高さなら、充分手遅れにならない猶予を残して帰り着ける。君達次第ではあるけれど、全力ならば」

「それは余裕もない程の死に物狂いで、取りも直さず急いで帰れってことですよね」

「当然だろう。君だって、そのつもりの筈。でも、400人足しても問題は無いと思う」

「…若長殿の推測は当たりますしね。貴方の言うことに従って、間違いはないでしょう」

 本当は移動速度の落ちる余計な人員は抱えたくなかったけれど…

 これからかつて無い規模の争いがあると思えば、援軍は確かに有難い。

 何故か信頼してしまう、彼の能力を思えば…いうことに従った方が賢明でしょう。

 私は若長の前に折れることにして、その好意を有難く受け取ることにした。


 そして、出立の際。

「あ、そうそう--」

 彼がおまけと言わんばかりの気安さで、何かを差し出してきた。

 それは一抱えもする程、大きな密封性の高い箱で…

「…なんですか、これ」

 何と言おうか、正直に言って、物凄く胡散臭かった。

「お土産。絶対に役に立つから、是非持って帰って欲しいな」

「若長殿がそう仰るのなら、有難く持って帰りますが…」

「ちなみにそれ、屋外では絶対に開けないでね。むしろ、リンネかグターに許可を貰うまでは絶対に開けないで。中身は取り扱い要注意だけど、外気に晒さなかったら特に問題は無いから。使用方法は二人が知っているから、持って帰ったら二人に扱い方を聞くと良いよ。敵が悶絶間違いなし。絶対に役に立つよ」

「………」

 本当に、なんですか、これ!?

 青ざめた顔から、私の内心の叫びを聞き取っただろうに…

 意味深に含み笑う若長は、絶対に中身について教えてくれなかった。

 むしろ思わせぶりな注意を受けて、私は苦悩する羽目になる。


 帰ったら、絶対にお二方に押しつけて忌避しよう。

 私は心に決めて、部下達と全員一致で腫れ物扱いのお土産を荷車に押し込む。

 ああ、解き放たれた、弓矢の様に。

 風切る矢羽根の様に、疾く帰ろう。

 『砦』が心配だ。

 でも、それ以上に、持ち帰る羽目になった『お土産』の存在が不気味だ。

 この得体の知れない箱を上役に押しつける為、私は風の如く早く帰ろうと心に決めた。


 まさか彼から受けた数多くの援助の中で…

 この『お土産』こそが、今回の援助物資の大本命だとは、少しも思わずに。




 箱の中身は隠れ里伝統の、『定番悪戯道具』

 それに救われることになろうとは、この時は全く知らなかったのだから。


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