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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
切り開け、あかい馬
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27.猪鍋囲み、神懸かったアイツ

今回はいつもより長いです。

もしかしたら無駄に思われる表現が多いかも。



 私達が空を飛び、突撃訪問あかい人。

 彼女は部下に食事の支度をさせ、一人だけ悠々と飲酒しながら馬と戯れている。

 部下達は忙しく立ち働く中で、一人だけ悠然と遊ぶ、その姿。

「や、やべぇ…ディー師匠が酒呑んでる…」

 ぼそっと、隣から聞こえてくる呟き。

 私は呆れるだけだったけれど、アイツは涙目になって怯えていた。

 聞くところによると、あかい人は飲酒すると日頃の三割り増しで容赦なくなるらしい。

 ああ、狼を前にしたウサギの様に怯えるアイツなど、初めて見たかもしれない。

 いつだって泰然…というか、のんびり? 負けない折れないへこたれないアイツが、

 外見だけ見ると夜の神様みたいなのに、笑顔だけが太陽みたいに明るいアイツが、

 今この時は、強者を前に虐げられるだけの弱者に見える。

 まあ、私のこの感想通りの力関係が、二人の間にはあるのだろうけれど。

 微妙に私を楯にしつつ、アイツは畏まって鬼師匠に礼を取った。

 礼儀に五月蠅いあかい人に挨拶を忘れると、いつもアイツは宙を舞う羽目になっていた。

 何度も繰り返された日常の中で、アイツも学習したのだろう。

 本当にアイツなのだろうか? 魔法で精巧に作られた、偽物ではないのだろうか?

 礼儀正しく、仰々しく。

 アイツは私の初めて見る姿、凛々しい立ち居振る舞いで、あかい人にお辞儀した。

「今回の遠征も、お疲れ様でした。ディフェーネ様におかれましては、本日も大変お美しく、ご機嫌も麗しい様で喜ばしい限り。至極幸いなことでございます。今宵はこn…」

「63点」

 まるで赤薔薇の様に美々しく微笑みながら、あかい人はアイツに点数をつきつける。

 途端に情けなく眉を下げ、駄目出しのダメージでアイツが落ち込んだ。

「言葉遣いが怪しいし、物腰も動作ももう少し洗練したものになる様に気を配れ。何度そう言わせる気だ? この学習能力皆無の鳥頭め」

「ええぇ…ディー師匠、俺、前よりはちゃんとマシになってるって!」

「その努力は認めないでもないけどぉー、何て言うか、心がこもってないのよね。嘘くさい」

「俺、なけなしの礼儀正しさを全否定された?」

「聞いていて、何だか逆に不愉快になっちゃったわ。慰謝料代わりに猪狩ってきなさい」

「え、今から!?」

 酷い言いがかりに目を白黒させるアイツだが、あかい人はいつでも容赦がない。

「制限時間は三十分。できなかったら馬で踏む。一日踏み続ける。特に重点的に顔を踏む。

 …というわけで、はい、よーい……どぉんっ!」

「ち、ちくしょぉぉぉぉ!!」

 アイツは目から煌めく何かを零しながら、一目散にどこかへ爆走していった。

 言いつけに背くことのできない様子から、アイツがどれだけ調教されているのか窺える。

 ああ、よく躾けられてるなぁ…。

 まあ、逆らう度に崖から突き落とされたり(紐なしバンジー)、山に捨てられたり(突然サバイバル実習)していたら、アイツでも学習するのは当然かもしれない。


 煙立つ爆走後を遠目に追いながら、私とあかい人は暫く無言だった。

 だけど彼女が、部下達を少し下がらせたから。

 私と二人、話し合う様に場を整えたから。

 私達は、今後の話し合いをしなければならない。

 なんで、私の肩にこんな重圧が…と、ちょっとだけ、素朴な疑問が過ぎったけれど。

 そんなことを気にしている余裕はなかったから。


 私と彼女は女二人、膝を突き合わせて話し合う。

「それで? 現在の『砦』の様子は?」

「あまり、良くはありません。フェイルさん達が備えて下さったお陰で、襲撃には持ちこたえられると思います。ですが物資の調達が厳しくなることと、包囲されることでかかる精神的な抑圧が、私達をどれだけ追いつめることが…怖いのは、『人間』ではなく、私達自身の焦りと疲労。きっと、追いつめられる者は多いはずです。食料が行き渡らなくなった時が、私は一番怖い」

 本当に恐ろしいのは精神にかかる過負荷だと、私は知っている。

 集団は数の力を抱え、強くなれる。

 だけど並の結束力では、非常事態に脆くなって問題に対応できずに瓦解してしまう。

 自壊を防ぐには要を増やし、強度を鍛え、結束を固めなくてはならないのに…

「そうなる前に状況の打開、それができなくて戦えない女子供や老人を逃がすことくらいは考えて居るんだろう? 今の時点で、どのくらい目算が立っているのか聞いても良いかしら?」

「本当は、最大火力たるフェイルさんやマゼラさんが帰るまで持ちこたえられたら状況を打開するのも難しくはないんですが…お二人が帰られるのは、どう甘く見繕っても半年近くかかります」

「…なんで、そんなことに? 彼奴等、どれだけ遠方に行ってるんだよ」

「それが…竜人族の方々から更なる援助を取り付ける為、東方の諸島まで行ってもらってしまって…彼処は、海を挟むせいか大陸とは隔絶されていて、情報が届きにくいですから。私達の窮地が伝わるのは遅くなると思います。私も、誠意を見せる為に言いくるめるのではなく、真摯な話し合いをーなんて言ってしまって」

「あー…そりゃ、帰ってくるの遅れるだろうね。騙すでなく真っ向から話すとなったら、竜人は頭が硬いからねー。時間かかるわ」

「そのことも考えて、誠実で頭の良く、そつのない二人に行って貰ったんですけど」

「完全に、裏目に出たね。他の連中も、そんな感じで不在してるんだって?」

「はい。アシュルーさんはラフェさん、メイラさんと新しい武器の調達に地下妖精達の里に行ってしまってますし、リシェルさんは辺境の里までお使いに。パドレさんは休暇で…」

「ああ。言いにくいだろうね。分かってるよ。フェイルのストーキング行為に励んで、東方諸島までついていってるってことだね…」

「はい…」

 女二人、彼女達の脳裏でフェイルの公式ストーカーが、輝く笑みで手を振っていた。

「本当に、こんな人ばっかりで…」

 実力があり、『解放軍』リーダーの育成を任せられる程、信頼の厚い者達。

 それぞれ『解放軍』の中でも重要な役職を持ち、部下を抱える立場の者達だ。

 だけど本当に、『グターを強くしよう委員会』の人達ときたら…。

 強いし、規格外だし、賢いし、頼れる人ばかりなのに…。

 肝心の時に、自由に振る舞いすぎてどうにも使えない奴ばっかり。

 彼等のタイミングの悪さは並ではないと、心の中での怨嗟が止まらない。

「ああ、済まない。ご免よ。謝るよ。だから、そんな恨みがましい目で見ないでおくれ」

 そう言いつつも、私が悪い訳じゃないとあかい人の目が言っていた。


 今、『解放軍』の重要な地位に居る者達の殆どがタイミング悪く留守で。

 いざというとき、混乱に陥った仲間達を収めることができる者が、私とグターだけとか。

 何という不安要素。私は暴れる猛牛を抑える様な人心掌握力に自信がない。

 まあ、油断していた私達が悪いんですが。

 旗揚げから色々と襲撃を重ね、実績を積み、名を挙げてきたと思っていたのだが。

 何故か予想外に『人間』側の反応が薄く、大した対応もしてこなかったから。

 こんなものかと、私達は拍子抜けしたままに油断していた。

 そのツケが、こんな所でいきなり取り立てられようとしている。

 まさか重要人物が軒並み留守で、屋台骨がたがたの時に襲ってくるなんて。

 これからは敵を甘く見ず、しっかりと人員配置の配分に気をつけよう。

 せめて、重要人物を一気に留守にさせたりせず、ちゃんと居残り役にも人を割こう。

 今更の後悔は、今この時の私達には何ももたらさないけれど。

 これからしっかり、先に活かして改善しようと、私は深く溜息をついた。



「何にしろ、今現在、考えてもどうにもならないことは放っとくとして」

「そうですね。先のことでも過去のことでもなく、今を話しましょう」

「何か、対策は立てたのかい?」

「取り敢えず、いざというときの避難路を確保する為に、大地の精霊とお友達の方々に頑張って貰っています。何とか『人間』の囲いの下を抜けるトンネルを、急ぎ用意するつもりです」

「ふぅん? どれくらいで、それは完成するのかい?」

「それなりの強度を持つ物を、『人間』に気付かれずに…ですからね。こちらの待ち時間ギリギリってところでしょうか。私達が恐慌を起こして暴走するのが先か、トンネルが開通するのが先か…正確な見積もりは、まだ立てられずにいます」

「え? そんなに厳しいのかい?」

「本来はそんなことはないと言いたいんですが、本当になんで『人間』ってあんなに居るんでしょうね? 無駄に多いせいで、絶対安全地帯までの距離が異様に必要なんですよ。確実に避難できる物、彼等に確実に見つからない深さ・長さのトンネルとなると…」

「工作隊が張り切るだろうに。できないのかい?」

「隊長のメイラさんが不在ですから。意欲はあるんですけど、志気はあっても纏まりが悪くて」

「あー…あそこも、趣味の濃い自由人の集まりだったね」

「多分、『疾風雷華』の人には言われたくないと思いますよ」

「…うちも、確かに濃い集まりだね」

 自覚あったんですね、と口から出そうになった言葉を咄嗟に呑み込んだ。

 今、彼女を凹ませる意義はない。


 取り敢えず今後の急場を凌ぐ為にも、現状確認と実践での指揮の確認。

 それから方針を立てなければ。

「あ、私は総指揮とか、ガラじゃないから」

「ガラじゃないって…グターにさせる訳にもいかないんです。グターへの行動の指示だけでもお願いできませんか? アイツの保護者、今はディフェーネさんだけなんです」

「げっ」

「…嫌そうですね」

 本気で苦い物を口にした顔の、あかい人。

 そんなに嫌がられても、私だって困ってしまう。

「別に戦おうが戦うまいが、指示系統ははっきりさせて置かないと」

「なら、名目上は私にしといて、実質はアンタで良いでしょ」

「…なんだか、段々、そっちの方がいい気もしてきたんですけどね」

 何故か無性に、頼れるはずの彼女に全てを任せることが不安になってくる。

 ある程度の譲歩も必要だって分かっている。

 ここは仕方がないと、諦めるべきなのだろうか?



「たっだいま帰りましたぁ! ディー師匠ご所望の猪です!!」

 なんだかあかい人に言いくるめられそうになっているところに、アイツが帰ってきた。

 その肩に、きちんと大きな猪を担いでいる。

 ああ、可哀想に。小さなうり坊も三匹程腰から下げている。

「グター、お帰りなさい」

「よっしゃ。やったぜ、俺は! ジャスト三十分以内ですよね、ディー師匠!」

「…ちっ」

「そこで舌打ち!?」

「さぁー野郎共ー。リーダーが食材確保してくれたからぁ、今夜は猪鍋だよー。感謝感謝ー」

「「「リーダー、ありがとーございまーす」」」

 いつの間に接近していたのか、いつから側にいたのか。

 あかい人の言葉に、賛同する形で騎馬隊の面々が唱和する。

「心のこもらない棒読みで、俺の苦労を流す気だ!」

 アイツはいつか、他人に対する不信感に囚われそうな気がする。


 ちゃっかり猪鍋に便乗し、私達は新鮮な猪肉に舌鼓を打つ。

「所でリンネ、ディー師匠と二人で深刻な顔して、何を話してたんだ?」

 出汁の利いた鍋の汁を啜りながら、アイツがのほほんと聞いてくる。

 切羽詰まった時、アイツの長閑さが偶に殺意を呼び覚ます。

「何って…この場で会話するなら、今抱える問題についてに決まってるでしょう」

「例えば?」

「例えばって、だから今後どうするかとか、『人間』にどう対処するかとか」

「『人間』への対処ねー…」

 うーんと悩む様な唸りを上げて、アイツは中空を見つめながら鍋をつつく。

 油断とは、本当に身の為にならない。大敵だ。

 大所帯の中、隙を見せれば容易く食い扶持を奪われる。

 そんな中でも、いつしか食料闘争に慣れたアイツは、上の空でもしっかり対処する。

 慣れって怖い。全く視線をやらずに、考え事をしながら器をガードするアイツ。

 襲いかかる敵の魔手を片手で弾き、逆に美味しそうな具材をすかさず奪い取る。

 こんな風に、そつなく『人間』とも戦えたら、良いのに…。

「俺、思ったんだけどさー」

「何?」

 未だ考え中ながらも、アイツは自分の考えを私に話しだす。

 アイツは、いつもそうだ。

 自分の考えに自信がないのか、私に相談することで可否の判断をしようとする。

 まあ、アイツは私より目端が利くというか、勘が良いし発想も鋭い。

 私にとっても良い指摘であり、助かることも多いので構わないのだけれど。

「あのさ。『人間』達って、フェイ師匠達の作った罠…木杭に添う様に、ぐるっと俺達の陣地を取り囲んでるんだよな。ぴったり、虫の這い出る隙間も無いようにーって」

「まあ、そうなるわね」

「で、境界越えしたら、『人間』が爆裂四散する仕掛けになってたよな」

「そうなっていたわね。最近被害者が少ないから、忘れがちだけど」

「ならさー。思ったんだけど、敢えて『人間』に境界越えさせちまえば、俺達の勝ちじゃね?」

「…あ」

 何だろう。今、正しく今、アイツがまた単純だけど忘れがちな真理をついた気がする。

 簡単というか、当然すぎて頭にも上らない程、忘れていた何かを。

「内側に閉じ込められてるんなら、引っ張り込むのは無理だろーけど、『人間』の囲いの外側に伏兵が居るんなら、勢いで押し込めば良いんじゃないの? 境界線から押し出したら、勝手に爆発してくれるんだからさ。一歩でも人間を押し切ることができたら、俺達勝利じゃん」

 アイツの言葉を聞いた瞬間、その場で鍋を囲んでいた全員が固まる。

 私はかつてと同じ勢いで、目から鱗がボロボロと落ちるのを感じた。

 全員、分かり切ったことでありすぎて、考えもしなかった。

 私も、あかい人も、騎馬隊の全員も。

 全員が揃って、目を丸くしてアイツのことを凝視していた。

「うん。やっぱり魔族、最強だな」

 そう言って、のほほんとお茶を啜るアイツ。

 何故かその姿が、今この時だけは神懸かって神々しく見えた。



 なんで、そんな簡単なことに今まで誰も思い至らなかったんだろう。

 全員が頭を抱えたが、アイツはそんな私達の絶望にも気付かない。

 アイツの真価は…、その魅力は、アイツのこんな何気ない言葉に表れる。

 それを再認識し、本当はアイツを褒め称えるべきだった。

 だけど私達は、半分だけ泣きたい気分で、アイツに乾いた笑みを向ける。

 感嘆するしかないのは確かで、確かにアイツに感心している筈なのに。


 私達はアイツの言葉に希望を見つけたはずなのに…

 何故か、無性にどん底まで堕ちていく様な…

 意味の解らない自分への失望で、深く落ち込んでいくのを感じた。




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