26.闇の中、翼は無いけど
魔族の中には、希に一つの能力に特化した人がいる。
例えば私は治癒術特化。
治癒魔法と補助魔法は幼少の頃からかなりの実力を持ち合わせている。
…その代わり、戦闘能力皆無だけど。
魔族は色々豊かな才能を持つ種族だ。
体は強いし、頭も悪くない。理も知っている。ちょっと、好戦的でチームワーク悪いけど。
生まれつき膨大な魔力を持っていて、成人と共に開花する能力は、凄まじい火力を発揮する。
まあ、子供の内は魔力の強さに体がついていかないので、大した魔法は使えないけど。
そんな中、一つの能力に集中して特化した者は、専門分野ではかなりの力を持つ。
でも、他の者だって、多岐に渡る能力を使いこなせない訳じゃない。
例え専門分野があってもなくても、普通は大概の術を幅広く使えるものだ。
私みたいに、一つの分野が特化した変わりに戦闘力が無い、という例の方が珍しい。
だから、つまり、何が言いたいのかというと。
「…飛行能力特化といえば、フェイ師匠だけど」
「別に、他の魔族が空を飛べないかって言ったら、そうでもないものね」
そう、翼がある羽根の人の外見が、誰が見ても明らかに飛行能力特化。
見た目の印象を裏切らず、彼は誰よりも高く、速く空を飛ぶ。
だけど、他の魔族が飛べない訳ではない。
羽根の人の派手な外見に隠れてあまり目立たないが、魔族は結構空を飛べる種族だ。
…という事実を、最近、私達自身が忘れがちでした。
私達は飛ぼうと思えば、空を飛べる。羽根の人程に巧みではないけれど。
いざとなれば、『人間』の包囲くらい抜けるのはチョロい。
『人間』の監視と包囲、そして結果として隔離になる現状は問題が多すぎて放置できないが。
彼等の監視がある限り、拠点を離れて無防備になった小集団は殲滅される危険があるし。
別に『人間』の頭上を飛び越えても、ばれなければ良いのだと。
そんな目から鱗の結論を出したのは、今回も案の定アイツで。
アイツの発想は、時に見習いたくなって悔しくなる。
何でいつも、私は簡単なこと程見逃して、アイツがそれを拾うんだろう。
それを愚痴ったら、アイツが笑った。
ほら、それって、俺達二人が一緒にいて、丁度良いってことだろう…って。
何故かその笑顔が癪に障って、私はつい、アイツの背中を叩いてしまった。
人間は夜目が利かない。
おまけに天翼族と親しいおかげで、異種族は夜に空を飛ばないという先入観がある。
それを逆手に、私達は夜の移動を決意した。
元々、私達は夜の申し子。夜と月の神に加護を受ける種族。
むしろ夜は調子が良いというか、どう考えても明らかに夜の方が能力が増す。
夜目が利く? 当然です。私達は夜に灯り無しで刺繍ができるくらい、目が見える。
全能力の性能が上がり、夜だと言うだけで無駄に気分が盛り上がる。
ああ、魔族に宵っ張りが多いのはコレも理由か。
健康的な生活とは程遠い者が同族に多い理由に思い当たり、ちょっと悲しくなった。
夜の中、空から爆撃するのも面白いかもしれない。
なんだか確実に勝てそうな活路を見出した気がしたが、実際に空から眺めて断念した。
『人間』って、本当に工夫というか…小細工が上手な種族ですね。
その手先の器用さを生かした技術力。
本来は獣除けだろう工夫から転用した数々が、魔族を除けているのは皮肉だろうか。
彼等は今でも、魔族など畜生に等しいと思っているのだろうか。
先も言ったが、魔族は夜にこそ性能が増す。
だからこそ、分かってしまった。
「頑丈な結界ね…」
「あー…惨いな。魔力不足、魔族の『奴隷』で補ってるのか」
「本当に、何てこと…」
常々思っているが、今回は初めて大規模な『人間』の行軍を見て、つくづく思った。
『人間』とは何と傲慢で、惨く、非道な種族なのか。
陣地の中、縛り上げられた魔族から魔力が搾り取られているのが分かる。
その魔力をエネルギー源に、そんじょそこらの魔族では近寄れもしない結界が作られている。
夜襲を警戒しているのだろう。彼等は万全の対策を立てている様だ。
周囲を警戒しているのか、常に燃やされている香木は魔族の嫌うモノ。
アレを嗅いだだけで、力の弱い魔族は脱力して使い物にならなくなる。
それだけではない。
廻らされた罠は、恐らく羽根の人と爆破魔さんがはしゃいで作った物を参考にしたのだろう。
はっきり言って、近寄った時の結果が脅威すぎる。
流石にあの二人が作ったのと同等の威力はないだろう。
だけど、ある程度の負傷は避けられない物を設置している筈だ。
魔力を用いての罠は、設置に手間がかかる分、一度仕掛けると確実に狙った獲物を補足する。
あんな物があると分かっていては、下手に近づくことなどできない。
ざっと見ただけで、これだけの問題を見つけてしまうのだ。
じっくり見たらもっと見つかるだろうし、見つからなくても存在する問題だって多いはず。
きっと、私達の予測する以上の厄介な仕掛けがある。
そんなものが待ちかまえている所に、夜襲をかけるなど危険すぎる。
何か分かるかと思い、空から敵の陣営を観察したのだけど…
結果として分かったのは、『人間』が私達の予想以上にしっかりと対策を準備していたこと。
生半可な攻撃は、返り討ちの危険性が高いという、残念すぎる事実が見つかっただけだった。
あまりに万全な魔族対策に、見ているだけで溜息が出る。
「流石、数百年かけて魔族と争ってきただけはあるわ」
「過去の積み重ね、研鑽は大事だってマァ師匠が言ってたけど、こういうことなんだな」
「そうね。彼等は私達と争ってきた歴史から学んだんでしょう。私達の夜襲を封じる、効果的な方法を。でも、彼等の方策が整っているのは夜襲相手だけ。そこに勝機を探しましょう」
「あー…魔族は基本、真っ正面からの強行突破が常だもんな」
「ええ。今でもそうなら、きっと過去もそうだったでしょうね。そんな猪突猛進突撃馬鹿な喧嘩レベルの攻撃しかしてこなかった種族だもの。きっと、昼間の方が対応に穴も探しやすい筈よ」
「まあ、希望的観測だけどな。でも、夜より昼の方がマシか」
「どうせ私達のこと、今でも猪突馬鹿と思っているに違いないわ。そこを逆手に取りましょ」
「搦め手って、今でも苦手なんだけどなー」
「それは私も同じ…というか、魔族という種、全体が苦手だけどね」
「リンネはまだ、俺達よりずっとマシだろ」
ぶすっとむくれた顔で、アイツが睨んでくる。
拗ねたアイツに苦笑を零し、私はアイツの手を引いた。
そろそろ、見ているだけ無駄な労力になりそうな観察を切り上げるべきだろう。
「グター、そろそろ、本題の方へ向かいましょう」
「いや、まだ、もうちょっと」
「駄目よ。見ていても、突破口なんて見えてこないんだもの」
「ほら、もうちょっと見てたら見つかるかも」
「無駄だから。だから、そろそろ行くわよ」
「えぇー…」
私は渋るアイツに苦笑を零し、それでも強引に袖を引く。
いつまでもこんな所でぐずぐずしていたって、何にもならない。
アイツも、ちゃんとそれを分かってる。
その証拠に、アイツは手を引く私に素直についてくる。
空の上、二人静かに足を風に滑らせて。
散歩する様な穏やかさ。
煌めく星と優しい月の、豪華な灯りの下。
これから向かう先で会うだろう人の苛烈さとはまるで裏腹な、静かな空中遊泳。
私達は二人密やかに、『人間』の頭上を越えていく。
目指す先は、少し先にある緑の森の中。
そこに潜伏する、『血華女神』の元。
今後の方針と作戦を決める為、彼女の元へ向かわなければならないから。
私達は夜の下、拙くも悠々と二人、飛んでいった。




