25.救世主はあかい人
私達が『人間』の隔離戦略(読んで次の通り)に頭を悩ませている中、彼女は帰ってきた。
血にまみれ、赤く染まりながらも馬で敵を踏み砕く鬼の様な人。
真っ赤なまま、妖艶に微笑む姿は背筋が凍る程に凄惨で。
身も心も、魂の色すら赤いだろうと思わせる、馬を駆る姿が美しい人。
髪も目も心を明かす様に朱く、綺麗なあかい人。
彼女が、全く予想していなかったこの時に、帰ってきた。
どう対応し、『人間』を蹴散らすか。
頭を付き合わせて相談を重ねる私達を嘲笑う様に。
私達を囲い込み、力強く睨み付けてくる『人間』達の…遙か、後方から。
こんなに早く、こんなに良いタイミングで、彼女が帰ってくるなんて思ってもみなかった。
力押しこそが魔族の最大戦略と言って憚らないのが、彼女の血の気の多い所以。
そして、有言実行な彼女の実績を示す異名、『血華女神』。
彼女はきっと考え無しに突っ込んで、強引に血路を開くだろうと思いました。
だけどたまには予想も外れるものなんですね。
全く持って予想外なことに、彼女は滅多に見せない慎重さを発揮した。
気配探知に長けた者が報告しなかったら、私達も気付かなかっただろう。
彼女達は自分達の接近を誰にも悟らせぬ様、用心深く痕跡を消して身を潜めた。
時間的に、彼女達は全速力で帰ってきたのだろう。
もしかしたら、何か感じるものがあったのかもしれない。
彼女の愛馬は、直感と予知に該当する第六感を備えているのだから。
恐らく、彼女の意外な慎重さも、そのあたりが何か影響したのだろう。
後で絶対に、無事に帰ってきたらお馬さんに御褒美を上げようと心に決めた。
彼女達が身を潜めたのは、『人間』達の後方という、ベストポジション。
流石に『人間』達の数は多く、肉の壁は嘗て見ない分厚さ。
この障壁を乗り切るに、彼女の連れている部下の数は心許ない。
突破できないことはないが、確実に何割かは天に召される。
強靱な肉体を持つ魔族が、怪我で死ぬなど滅多にないこと。
その滅多にないことが大量に起きる可能性が高い道を、彼女は選ばなかった。
いつもの如く馬を迸る雷の様に走らせて。
遠い、遠い遠征地から、彼女達で無ければ成し遂げられない速度で帰ってきた。
それだけでも私達には救いの光明の如き有り難さで。
私達と敵を挟む様に、後方に伏兵を得ることができた。
それだけで今後の対応、選択肢、戦略は広がる。
取るべき手段、最善の道を探しやすくなる。
ただでさえ厄介な小競り合いに駆り出され、疲れていただろうに。
彼女達に、私は早く「本当にお疲れ様でした」と言いたい。
そういえる時、言える機会が来ることを、私は真に神に祈った。
丁度、私達が信頼して多くの部下を任せている人達の過半数は出払っていて。
どのような方策を立てるか迷っていた私達にとっては、正に天の助け。
だけどこの状況下、一人だけ顔を青くさせて恐れている奴がいる。
「グター…なんで、そんなに怯えた顔してるの? ディフェーネさんが帰ってきたのよ?」
「り、りりりりりりんねぇ…」
「…私、そんな鈴の音を転がした様な名前じゃないわ」
「な、なんで…」
「うん?」
「なんで、寄りにも寄って、ここで帰ってくるのがディー師匠なんだよぅ!?」
「グター…? それは、ディフェーネさんの機動力が物を言ったのはないかしら。ほら、あの人、移動速度が神速だから。遠方に出払った人は何人もいるけど、やっぱり最初に帰ってくるには速度が…」
「いや、そんな話じゃなくて! アー師匠でもマァ師匠でもフェイ師匠でも、他に誰でもいるだろうに。なんで、ここで、この状況で、嬉々として俺を虐げるディー師匠が!!」
「ああ、単に怖いだけなのね」
「単に、って言うなよ。俺、絶対にディー師匠の無茶振りで殺される。人手が足りないからって言って、俺に何か危険な爆弾背負わせて突貫駆けさせそうな予感がひしひしとする…!」
「そういえば、今回は誰も止めてくれる人がいないわね。私じゃ役不足だろうし…」
言われてみれば、あかい人は色々と危険人物だ。単独で相対するのは危険すぎる。
アイツの師匠達の中でも、一番の無茶ぶり体質。秘かについた渾名は『最恐の人』。
あかい人自身は、そっちの方が『女神』よりマシだと言っているが…
基本的に、ストッパー無しのあかい人と和気藹々話せるのは、多分彼女に心酔している信望者か、虐げられることに悦楽を見出す特殊な人だけだろう…と、以前に爆破魔さんが言っていた。
私に対しては保護欲をそそられるのか、それとも女の子に手を出さない主義なのか、虐げられたことは無いのでよく分からないのだけど…。
(実は私の職務『参謀』に敬意を払ってくれていたらしいと後に知った。)
アイツは、彼女が誇りをかける馬術の直弟子ということで、仲間内で特に酷く虐げられている。
それを思うと、他に止めてくれる師匠の居ない状況での彼女の帰還は恐怖だろう。
例え最高責任者がアイツだろうと、アイツは未だ未熟者。管理責任者は必要で。
師弟という立場にある以上、何か一大事が起きた際、アイツの身柄は…
というより行動の管理監督権は、その場で一番立場の強い師匠に任されるのだから。
そして今回、『人間』の包囲 = 一大事。
この場で一番立場の強い師匠 = 現在近隣にいる唯一の師匠、あかい人。
それ即ち、今回の状況では、アイツはあかい人の指揮下に置かれると言うことで…
ああ、うん。アイツが恐怖に戦く理由が分かった。
「うん、ガンバレ」
「りんね!? おまっ 俺のこと見棄てないで下さい!!」
「無理」
私にはどうしたって、止められる気がしない。
どうやら今回、アイツは無茶ぶり鬼師匠あかい人の無茶ぶりを全力で受け止めなくてはいけない運命にある様だ。誰だって、諦めが肝心。私には絶対に無理なので、アイツも諦めてほしい。
骨は拾ってやるから、存分に死んでこい。
そう言ってやったら、アイツは面白い程に瞳から光を失ってしまったのだった。
まさか私の『権限?』を使えば、アイツの行動を私の指揮下に置けるなんて知らず。
私はとても無責任に、アイツに関する全権限をあっさりとあかい人に売り渡したのだった。
そう、私自身の身の安全と、心の平安引き替えに。
あかい人は、私には優しいけれど…
彼女の楽しみを奪ったら、後できっとごねるから。
そうしたら、彼女の楽しみを奪った私が、彼女に無体を要求されるんだ。
そうなった時の苦労を思えば、アイツを売るのは至極当然の選択でしかない。
だって私、あかい人の着せ替え人形にされるの、苦手なんだもの…。




