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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
切り開け、あかい馬
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雷の様に疾く駆けて

グターの鬼師匠その4

ディフェーネ姐さんの登場



 『解放軍』に、その人あり。

 誰ともなく、人は彼女のことをこう呼んだ。

 血飛沫の中、敵を蹴散らし突き進む。

 地面に血の華咲かす、血華女神ディフェーネと。


 女神は女神でも、敵を切り裂く、恐ろしき戦の女神。

 部下として刃を振るう者達は、彼女を恐れ、崇め、奉った。

 まるで、本物の女神にするように。


 敵に死を。味方に勝利を。

 畏怖する者を震え上がらせ、身を投げ出す者を生き残らせる。

 彼女に従い、ついていけば間違いないと。

 自分に従う者達に、そうまで思わせる、実力の伴った崇拝。

 彼女の名は今や、魔族に広く知らしめられている。

 『解放軍』の名を更に高めた、立役者の一人として。



 彼女は常に、『馬』と共にあった。

 だからこそ彼女には、それに相応しい部下が与えられていた。

 『解放軍』の騎馬最強部隊、『疾風雷華』 …彼等は今も、彼女と共にある。

 『解放軍』拠点から遠く離れた、東の森にて。

 小規模な戦闘に加勢する為の遠征。

 帰り道ですら、油断無く周囲を警戒し、ディフェーネを取り巻いている。

「ディフェーネ様ぁ。そろそろ休みませんかー?」

 …但し、体力面では消耗しきっていたが。

「実現しようもないことを言ってみても、逆に疲れない? 今日は野営はナシ!

 このまま、疾く駆け帰るわよ。可愛いグー様と参謀殿が私達の報告を待ってるんだから!」

 体力面で部下達を引き離し、気力に満ちあふれたディフェーネが宣言した。

 すると、部下達から一斉に「ええぇぇぇぇっ」という声が上がる。

 彼女の指示は、どう見ても不評の様だ。

 しかし彼女は全く気にするでもなく、部下達に獰猛な笑みを向ける。

 肉食獣の様に、定めた獲物を引き裂かんとする笑顔だった。

「私の決定に、何か文句でも?」

「「いえ、全く持って何も御座いません!!」」

 すかさず、二人の副官が声を揃えた。

 彼女に絶対服従を身に染みて覚え込まされた二人の副官は、誰よりも反応が過剰だ。

「ええ。良い返事ね。良くできました」

「「ご満足頂けたようで、恐縮です」」

 その言葉の文字通り、部下達はディフェーネに恐れ縮こまっている。

 ディフェーネの笑みを見た時点で竦んでしまっている部下達も、何も言えないでいた。

 馬上で固まったままでも、彼等の進みは止まらない。

 ディフェーネの側にいれば一々固まっている暇もないのだが、いざ固まっても勝手に進んでくれる分、彼等は重要な移動手段である『馬』を手放せない。

 何よりも、鬼女の様な上司の下、頻繁に乱闘に巻き込まれる彼等にとって、『馬』は重要な相棒。常に死線を共に突き進み、道を切り開く、何よりも縁を別ちがたい相手だ。

 上司に付き従い続ける為にも、彼等は『馬』との絆を深め、日々馬術を磨いていた。

「ほらほら、アンタ達もそろそろ固まっていないで馬を走らせなさい。急ぐわよ」

「ディフェーネ様? 何か急がれる様なことがありましたか?」

「予定では特にないけど、何かヤな予感すんのよね。メファがなんだか落ち着かないのよ」

 そう言って、彼女は己が跨る『愛馬』の首を軽く叩く。

 呼応する様に、普段は滅多に鳴かないメファが「きょるきょるきょる」と鳴く。

 赤い鬣が、ざわりと蠢いた。

 いつもは微かな音もしない、静かな『馬』なのに。

 確かに普段とは違うと、副官達の顔色も深刻になる。

 彼等は『馬』が騒ぐことの重要性、示す変異をよく知っている。

 今までの経験から、それに命を助けられたことも一度や二度ではない。

 彼等の崇拝する上司の『馬』は、彼等の知る中でも特に勘の鋭い一頭だ。

「メファが騒ぐのは…確かに、珍しいですね」

「外にいたら、ろくでもない事になりそうだし。早く帰りたいのよ」

「成る程。それでしたら、確かに急ぎましょうか」

「ディフェーネ様の愛馬は、時に先読みでもしたかと思わせますしね」

「ええ。メファの第六感、私は何よりも信頼しているわ」

「『砦』まではもう、全力で走らせれば三日もかかりませんし…」

「急いで何とかなる距離で良かったですね。急ぎましょう」

「何があるか分からないし、馬を乗り潰す訳にはいかないから、そこそこの速度でね。充分に余力を残しつつ、体力と馬の消耗に気をつけながら…でも、全速で」

「「はい!!」」

 それまでは緩みがちだった顔を、キリッと引き締め。

 まるで見えない敵を見据える様な顔で、ディフェーネは命じた。

「急ぐわよ!」

「「我等が血華女神のもと、疾く早く!!」」

 誰が定めた訳でもなく、いつの間にか彼等の決まり文句となっていた言葉。

 女神呼ばわりされる隊長本人には不評極まりないのだが、これだけは彼等も幾ら折檻されようと口にするのを止めようとしない。

 それだけ彼女を慕っている証でもあるのだが、その熱意は本人に届かない。


 氷の様に冷めた目で、ディフェーネが呟く。

「…女神言うなって、何度言ったら覚えるのかしら」

 帰ったら、全員、折檻ね…

 その呟きは怒号の如き蹄の音に紛れて、誰にも聞こえなかったのだが。

 それでも何かを感じたのか、彼女の指揮下に居る全員に、ぞくっと寒気が走った。



 彼等が向かった小規模な諍いは、とうに力尽くで解決し。

 というか、ディフェーネが強引に解決へ押し切って。

 あまりにも迅速に解決した為、彼等は今回の遠征で殆ど消耗していない。

 念の為、リンネの指示で彼女が率いたのは、部下のほぼ全員。

 彼女の指揮する部隊が、欠けることなく彼女の手足となる。

 

 …今、この時。

 彼女は己が部下のほぼ総数を率いて、拠点を離れていたことを。

 そして、迅速に帰還が叶ったことを。

 ディフェーネは信仰捧ぐ夜の神に感謝した。

 それが、本拠地に残されていた『解放軍』達の救いとなる。

 

 まさかそんな先のことまで、誰も予測していた訳ではないのだけれど。

 




 その時、グターの背筋を悪寒が走った。

「…ぐっ」

「どうしたの? グター」

「何か…悪い予感が」

「悪い予感?」

「どこからともなく、ディー師匠の高笑いが聞こえた気が…」

「…ああ、成る程」


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