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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
切り開け、あかい馬
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24.魔族討伐隊→包囲




 私達が日々まったりとする暇もなく忙しく立ち働いた成果は、三年間で降り積もり。

 がむしゃらに『奴隷』にされた仲間を奪還したり、切り崩された森を復活させたり。

 戦ったり、罠に嵌めたり、土地から『人間』を追い出したり、罠を増やしたり。

 気付いた時には、羽根の人と爆破魔さんが張り巡らせた木杭の範囲も大分広がっていて。

 それはつまり、魔族が『人間』から奪還した土地が広がったと言うことで。

 目に見える成果が嬉しくて、誇らしくて、楽しくて。

 いつも私達を虐げてきた『人間』を酷い目に遭わせたり、陥れたりするのが楽しくて。

 多分、私達は調子に乗っていた。助長していたと言っても良い。

 平気で私達を虐げた『人間』と同じように。

 私達は、反撃された者達のことなど顧みず、私達の躍進が何を何を招くのか。

 頭の片隅で警告はなされていたのに、あまりに上手くいくものだから。

 私達は、虐げられたモノが時に攻勢に転じることを。

 舐めてかかれば手痛い反撃を受けるということを。

 自分達こそがそうであったのに、いつの間にかすっかり忘れていたんだ。

 もしかしたら、自分達と『人間』を重ねるのを、無意識に拒んでいたのかもしれない。

 だけど私達の心理的な働きがどうであれ。

 たった今、この目、この耳で。

 見て、聞いて、受けた報告は…拒むことすら許されない。

 目を逸らすことなどできない、紛れもない現実だった。

 そう、現実が、私達に迫ってくる。

 計り知れない恐怖。魂に刻まれた種のトラウマを刺激する、見尽くせない光景を連れて。

 私達を刈り取ろうと、すぐ側にまで迫ってくる。

 その現実から私達が逃げることを、きっと誰にも許されない。

 そして種の命運を、悲願を背負っているから。

 私達の誰も、逃げる、隠れるといった選択肢とは無縁でいなければならない。

 だってそうすることが、私達『解放軍』には求められているのだから。


 数で迫ってくる、人間は恐ろしい。

 それは、最早種の記憶に刻み込まれ、魔族も妖精も震えを隠し通せない。

 それでも私達は強がって、平然と平気なふりをしなければいけない。

 私達の本分は、戦うこと。

 戦って、勝利を…父祖の土地を、勝ち得ること。

 その目標の為ならば。

 雑兵一兵たりとも怯まず、私達は進むのだろう。

 襲いかかり、害成そうとする者達を返り討ち、蹴散らす為に。

 恥辱の敗北を打ち払い、勝利の栄光と『人間』共の生命を奪い取る為に。

 そんな事を言いつつも、私自身は治癒術特化な訳なんだけど。


 そんな訳で現在、冷や汗まみれの私の眼前に、『人間』が退去して押し寄せています。

 勿論、境界線を越えると爆裂四散する羽目になるので、そこは『人間』側も線はきっちり守っている訳だが。逆に言えば、彼等は境界を文字通り境とし、私達の領域を包囲している。

 近寄ってこないのならば、それも別に害はないから放っておこうか…と、馬鹿が言った。

「何を馬鹿なこと言ってるのよ、この馬鹿!!」


 がすっ


 放置なんて論外な結論を出そうとした馬鹿は、即座に誅殺するに限る。

 私の右ストレートは今日も綺麗にヒットした。

「包囲されていても、実害はない…なんて、お馬鹿な結論はどこから出たの? 貴方には色々と勉強させたり、覚えさせたりした筈なんだけど…一から全部やり直さなきゃね」

「すんません、リンネさん! 後生だから、あの勉強やり直しは勘弁して下さい!」

 本気で涙目のアイツに溜息も出るというもの。

 幾ら小競り合いに発展しなくても、包囲はマズイと教えなくては。

 きっと、それも私(時としてアイツの家庭教師)の役目だから。

「いい? 包囲されていれば戦力は減らないかもしれないわ。武器も消耗しないわね。でも、それは増やせないって事でもあるの。今ある限りの資源で、今後も生活するのは不可能でしょう?

商人達も交易できない。即ち物資が回らないのよ? 援助も無しよ? 全て消耗するに任せることになるのよ? 私達は閉じ込められたのと同じなの。あの『人間』達が肉の壁になって私達を閉じ込めようとしているのよ。そう、私達が業を煮やして、飛び出してくるのを待ちかまえているの」

「つまり、あの『人間』共は俺達を炙り出す為に包囲。俺達は籠城を強いられたも同然? 現状を打開できなかったら餓死あるのみってことか」

「その通り。まあ、敷地内で食料を得られない訳じゃないけれど、到底行き渡る程の物資は確保できないわ。やっぱり流通が回らないと拠点なんて衰退するだけだし、空を飛んで包囲を越えようにも限界があるもの。あの『人間』達の数を考えると、空を飛んで越えても、追跡されて力尽きたところを狙われる。むしろ長距離を飛べる少ない人材が孤立、集団で囲まれてフクロにされる危険性が高いわ」

「フクロ…。リンネ、アー師匠の影響が言葉遣いに現れてるぞ」

「あら。気をつけなくちゃ」

 いつの間にかお兄さんの口の悪さが伝染していたみたい。気をつけよう。


 根気強く、溜め込んだ豊潤な物資と人的資源を投資して、『人間』による包囲網が完成した。

 この事態を甘く見ることは、身の破滅に繋がる。

 放置していてはいけないのなら、打ち破るしかない。

 だがしかし、私達『解放軍』は数がかなり増えたとはいえ、それも『人間』の総数からすると微々たるモノ。今回だって、圧倒的に兵の数が違いすぎる。

 彼等の数量は、控え目に見ても私達の三倍はいて。

 ああ、これは事前に徹底的に調査が成されたのだろうと、私は溜息と共に分析を続ける。

 ただでさえ、相手は数の利点を上手く利用するのに長けた『人間』。

 数の力を遣うことを知った私達が立ち向かい、易々と負けるとは思えない。

 だけど勝利も苦しいモノとなるだろう…。


 私は襲い来る不安と、恐怖。

 あまりに悪い予感しかしない予測に、彼奴の手を握らずにはいられない。

 アイツが私の手を握り替えし、心地よい強さで力を込めてくる。

 私はアイツの手の温もりに、安心を感じて泣きそうになってしまったから。

 本当に泣いてしまわない為にも、今は手を振り払わなければならない。

 一瞬、アイツの寂しそうな顔が目に映ったけれど。

 アイツの手を離した途端、体の芯から寒気が這い寄ってきたけれど。

 私は自分の服を力一杯掴み、身の震えを隠すのだった。




リンネさん、最近強がることが増えました。

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