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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
切り開け、あかい馬
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23.お馬鹿さん修行中。

今回はリンネとグター。

二人が延々ごろごろしてお喋りしている真っ最中。

 その間に、リンネが思っていたこと。



 最初は三人の青年にしごかれるところから始まった。

 気が付いたら、アイツの師匠はいつの間にか八人にまで増えていた。

 彼等の名前は『グターを強くしよう委員会』…発足者、羽根の人。

 彼等のお陰で、アイツは今日も元気に地獄を見ている。


 ノックも無しにいきなり私の部屋の扉を開け放つ奴は、二人しかいない。

 その稀少な一人であり、私の部屋に来る頻度が最も多いのは、アイツ。

 アイツは今日も私の部屋へ、何の断りも前振りもなくやって来た。

「もう駄目だ。今度こそ、俺は死ぬ!」

 そう言っている内は、未だ余裕がある。地獄も未だ四丁目くらいだろう。

 毎度のことに、最近私も慣れてきた。

「リンネぇ…俺の癒し。俺の女神。お前だけは俺に優しくしてくれよ!」

 そう言った瞬間には、アイツは私の上に倒れ込んでいた。

 おのれ、この馬鹿。

 私の午前中からの仕事の成果を台無しにするつもりか。

 私は慌てて整理し終えた書類をどかし、倒れかかるアイツを甘んじて受け止めた。

 現在、私の周囲では未整理の書類が散乱中。

 アイツを避けるにも、逸らすにも、どかしたアイツが倒れ込めるスペースなどなくて。

 むしろ、アイツを受け止められる空間は、私の居る場所だけで。

 他の場所に倒れさせたら、大事な書類が犠牲になる。

 書類がぐしゃぐしゃになる憂き目を思い、私は仕方がないと溜息をついた。

「グター、貴方、今は乗馬の訓練ではなかったの?」

「ディー師匠が近くの小競り合いの助っ人に向かったから、急遽休憩時間になった」

「そう。まあ、疲れてるみたいだし、ゆっくり休むのも良いかもね」

 私のその言葉を許しと判断し、アイツはなけなしの遠慮も捨てて甘えてきた。

 私の膝の上、図々しくもアイツは猫の様に丸まっている。

 猫耳と尻尾を生やしてから出直してこい。

 一瞬だけそう言おうかと思ったけれど、アイツが本当に疲れている様だったので止める。

 仕方がないのだ。

 アイツは自分の義務を果たしている。その結果、疲れている。

 此処でアイツと対等なのは私ぐらいだ。少なくとも、表面的には。

 私にしか、アイツは甘えられない。

 他の誰に気を許し、許されても、アイツが堂々と甘えられる相手は私だけ。

 それを思うと、膝の上で丸まるくらい許容しても良い様な気になってくる。

 丸まっていても、猫と違うアイツの体は、私の膝から大部分がはみ出しているけれど。


 ここ数ヶ月で、アイツの体はすっかり育った。

 ほんの少し前まで目線の高さは同じだったのに、気付いたら見上げる様になっている。

 それがほんの少し…いや、大分癪なのだが、流石に成長期はどうしようもない。

 私の成長もまだ打ち止めではない様なので、伸びろと毎晩念じて眠る。

 そんな無駄なことをしてしまうくらいには、背の高くなっていくアイツに悔しさがあった。

 そして、伸びゆく身長と同じく、差が付いていくアイツとの力量差に。

 焦る、気持ちがある。


「むかつくわね、グター。貴方、図体ばかり育ち過ぎよ? ちょっとは縮みなさい」

「リンネ…何でお前、俺にだけはそんなに理不尽になるんだよ。愛情の裏返しか?」

「アンタがすくすく育つから、重いって言っているのよ。膝からはみ出してるじゃない」

「いや、リンネさん? そう言いながら俺の足を強引に畳もうとしないで。痛いから」


 元から私は治癒術特化。

 比べるのが間違っているのは理解している。

 それでも、着々と力を付けて戦闘力を上げていくアイツ。

 身長という目に見える差が、私とアイツの間に開いていく現実を表している様で。

 私は少し、悲しくなる。

 私は大分、悔しくなる。

 隠しようもない程に、私は寂しいのだ。アイツが、強くなっていくことが。


「ちっ 本当にむかつくわね」

「リンネ? 今、舌打ちした!?」


 どうか私よりも強くならないで。私と同じ、無力なままで居て。

 そうすれば、いつだって一緒にいられる。

 どんな危ない場面でも、二人一緒に後方に引っ込んでいられるから。


「足の骨をちょっと削れば、身長も縮まるかしら?」

「おいおいおいおい!? 何で本気の思案顔してるんだよ。言ってること怖ぇよ」

「何よ。そうすれば、貴方も修行に出なくて良くなるんじゃない? 身長不足で」

「リンネ…いつも泣きついてる事は謝る。修行頑張るから、本気の目は止めて!」


 口に出したことのない私の本音を、きっとアイツは知らない。

 だけど私は、言いたくても本音を口にすることはない。

 アイツが知らないと拗ねながらも、教えるつもりは微塵もない。

 アイツは私が仕組んだとはいえ、今や集団のリーダーで。

 私はいつまで経っても、未熟でちっぽけな子供のままで。

 アイツが強くなることは、組織としては喜ばしい。そう、この上もなく。

 そのことを、私はちゃんと理解している。

 感情が納得しようとしてくれないだけ。


「どうすれば、貴方の成長を止められるのかしら。…一服、盛る?」

「実行するなよ? 頼むから、実行するなよ? 俺は身長伸ばしたいんだから」

「グター」

「な、何だよ」

「図体ばかり大きくなっても、目障りなだけよ? 見下ろされると不愉快だわ」

「お前、今日何かあったのか? 俺何かしたか!? 本当、酷いぞ今日のお前!!」


 未だ感情をねじ伏せられる程、私は割り切れていなかった。

 ちゃんと、自分を納得させられると思っていたのに。

 目に見える形で表れた差異に、どうしようもなく焦る自分に気付いて自覚した。

 私は未だ、駄々をこねる小さな子供のまま。

 その本性を隠して、理性的なふりをする。

 そうしていないと、アイツが迷ってしまうことを知っているから。

 だから私は本音なんて口にしない。

 どんなに感情が暴れても、認めない。


「いっそのこと、足ちょん切っちゃう?」

「そんな小首を傾げて可愛く言っても、言ってることは怖いから!」

「私より身長が伸びた貴方はちっとも可愛くないわ」

「可愛くなくて、いいです」


 アイツが強くなることを、私は全力で応援しなくてはならない。

 口にできない心の奥には目を瞑り、私は今日もアイツの背を押して。

 だって私は、『解放軍』の一員なんだから。

 集団を活かす為に、個を捨てなければならない。

 それがきっと、数の力を引き出すことになるから。


「リンネー…今日は本当にどうしたんだ?」

「あら。私、変わりなんて無いわ」

「その割には言ってることがえらく黒いな」

「私も疲れてるの…本音が駄々漏れてるだけよ?」

「いつも腹の中でそんなこと考えてるのかよ!?」


 だから私は、我が儘な子供の自分を隠してアイツを蹴り飛ばす。

 お馬鹿さんが修行に励み、強くなればなるだけ。

 それがアイツを生かす確率を高めることになるのだと、ちゃんと知っているから。

 だから、私の感情など気付かないで。

 私に気を遣ったりなどしないで。

 私のことなど顧みず、強くなって、お馬鹿さん。


「本当に、貴方って馬鹿よね」

「何だよ突然。分かり切った事実確認で、俺を更に追いつめようってのか?」

「馬鹿って言われたくなかったら、精々強くなって、他の取り柄を見つけなさい」

「何だかんだ、お前が俺の為を思ってるのは知ってる。だから悪態は止めて下さい」

「悪態?」

「自覚ないのな…。でも俺、別に馬鹿でも良いよ。その分、足りないところはリンネが補ってくれるって知ってるから。だから俺、安心して馬鹿でいられるからさ。今後も一緒にいてくれよ」

「本当に、しょうがないわね、グター」



 アイツは今日もボロボロだけど、それでもへこたれない。

 アイツは今日も地獄を見ているけれど、その笑顔は翳らない。

 アイツは今日もしごかれているけれど、きっと本質は変わらないから。

 どれだけ非情になれと教育されようと、心根を偽ることはしないだろう。

 どれだけ自覚を持てと言われても、アイツはこれが自分と誇るだろう。

 言いはしないけど、私にとってはそんな貴方が誇りで自慢だから。


 だからグター?

 貴方は強くなって、これからも生き延びて。

 力を付けて、他の誰を押しのけてでも、ちゃんと生き延びてね。

 私は大人になってでも、きっとそれを祈るから。

 私だけは、何を置いても貴方の生命を願うから。


 死なないでね、グター。

 それだけが、本当の私の望み。


 安全な場所に一緒にいてほしいという願いは、私の全力でいつかねじ伏せるから。



リンネにとって、グターが一番大切な人であることは間違いありません。

 ただ、自分の中でどんな位置づけに置いているか。

 友情なのか、親愛なのか、純粋に愛情なのか。

 もしかすると家族愛が近いのか。

 本人、自覚無しです。

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