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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
瞬く間に時は過ぎ
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三年後の被害報告



 かつて六種族がそれぞれの集落の中心地を決めたのは、神代と言われる程の昔で。

 農耕文化によって、『人間』は安定して食料を得ていた。

 農耕に適した豊かな土地を割り振ってくれたのは、他の五種族だったけれど。

 他種族と争うこともなかった環境故に、『人間』は爆発的に増えてしまったから。

 彼等は、溢れた人口を養う為、他種族から住処を奪うことを決めた。

 きっと、頭を下げていれば、快く土地を分けてくれただろうに。

 強欲な彼等はそれを思いつきもせず、また、それで満足などできないから。

 他の種族の暮らす土地も、己がモノとしなければ、きっと気がすまなかったから。

 彼等は進撃した。

 他の種族が親切にしてくれた過去も、共存が成立していた事実も忘れて。

 彼等は、土地を奪い、糧を奪い、命を奪う為に兵を進ませた。

 ひとまず、生息域の隣接していた、魔族の土地へと。

 種の弱さを数の力で補い、多勢に無勢で圧倒することで。


 されど、彼等の思い上がった傲慢さ、他種族を平然と侵略する非道さは。

 心持たずに異種族を虐げ、無情にも奪い尽くそうとした愚行は。

 少なくないモノを奪われた者達の心に、消えることなく降り積もったから。

 『人間』--そう呼ばれる彼等は、今、そのしっぺ返しを食らおうとしていた。



 魔族の土地を効率的に奪う為、多くの拠点が作られた。

 それらを統括するのは、侵略を任せられた現地責任者たる将軍の仕事で。

 彼の元には、日々、方々から莫大な報告が寄せられる。

 だけど重大な報告程、汚点と叱責を恐れた末端の者達に隠蔽されてしまうもので。

 寄せられるべき必要のあった報告が、彼の元へ届くのに要した時間は短くない。

 けして無視することのできない程、時間が経った後。

 取り返しの付かない程、実態が誤魔化せなくなった頃。

 三年という、過ぎてはならない時間を経て、ようやく将軍の元へ届こうとしていた。


 --魔族の大規模集団『解放軍』による、大きすぎる被害届が。




 被害届その1

「ああ? なんだこりゃ!!」

 書類を読んだ、将軍が叫んだ。


 書類には、要約するとこう書かれていた。

 ● 『奴隷』の反乱により、西部最大の『奴隷市場ルズィラ』陥落。

  奴隷市場を任されていた胴元、及び幹部連が捕虜に。後に殺害を確認。


 ● また、『奴隷市場』に客として訪れていた者達が捕虜に。

  捕虜となった者達の大多数が安否不明。内、二百人の死亡が確認。


 ● 捕虜となった者の自宅に、賊が押し入り、一家皆殺しとなる事件が相次いで発生。

  押し入り強盗と見られるが、被害宅の『奴隷』が一人残らず姿を消している。

  姿を消した『奴隷』の遺骸は確認されておらず、魔族が奪還したものと見られる。

  よって押し入り強盗は、魔族の組織だった犯行である可能性が大きい。


 ● それに合わせて、周辺に潜伏していた魔族が呼応。

  集った魔族は集団を形成し、自ら『解放軍』と名乗り、反抗を開始している。


「なんで三年も前の報告が、今頃届くんだよ!! しかも、事態が収拾できてねぇし!? 三年の間に解決したとも書いてねぇってことは、解決してねぇってことだよな!?」

 報告だけでは済ませられない大きな事件の報告に、将軍の血管は切れかけていた。

 その報告の日付が年をまたいだ過去という事実に、更に怒りがこみ上げる。

「っくそ! 地方の日和見役人共め。手に負えなくなったから押しつける、じゃなくて手に負えなくなる前に報告しろよ!! 何の為に報告してんだよ!? 今更報告しても意味ねぇだろ! っていうか、報告だけしてんじゃねぇよ。打開案ぐらい出せよ。解決しようって努力と誠意は何処だ!?」

 いや、意味はあるだろ。

 だがあまりにも報告が遅すぎて、事態の収拾を付ける為の労力は計り知れない。

 取り返しがつくかどうか、考えるのも虚しい程に。

 この地で起きる失態の全ては、最終的に将軍の責任になってしまう。

 下手をしたら、クビでは済まない程の大失態。

 取り返しの付かない事態に発展している事件に、彼は頭を抱えた。

「まさか、他にはないだろうな!?」

 まだ若い将軍は、大慌てで届いたばかりの書類を漁りだした。

 将軍の補佐役たる、側近達も慌てて未読の書類を調べ出す。

 

 そうして見つけてしまったのは…

 あるはあるは、ごろごろと大きくなってしまった問題の数々が。

 雪だるまの様に育って肥大化した、恐ろしい被害の数々。

 灰になる。

 そう思いながら、現実逃避どころか、人生そのものからおさらばしたくなる案件の山。

 絶対にただでは済まない。

 いきなり痛み出した胃と頭に涙ぐみながら、将軍は現状把握だけで力尽きそうになった。



 被害届その2

「これも三年前かよ!?」

 手に取った書類には、同じ役人のサインと共に、苦渋に満ちた文字が躍る。

 そこには、要約するとこう書かれていた。


 ● 『解放軍』と名乗る集団は、『ルズィラ奴隷市場』跡を不当に占拠。

  その周辺を木杭で囲い、魔族の領域であると主張。

  人間の立ち入りを強固に阻害し、強引に侵入しようとする者を悉く殺害。

  被害に遭った者は、現在解っているだけで300人に及ぶ。


 ● また、魔族が主張する領域は年々範囲を広げている模様。

  それに合わせて、付近に点在する人間の拠点が度々襲撃されている。

  『奴隷』を扱っている場所に対する襲撃は苛烈を極め、既に陥落した拠点も少なくない。


 ● 報復措置として兵を遣わすも、現状では魔族の根城に近づくことすら不可能。

  魔族の設置した木の杭を越えると、『人間』のみが被害に遭う魔法がかけられている。

  これは木杭を越えた全ての地点にかけられており、どこから侵入しようとも例外なく×××。

  その為、拠点の奪還は非情に難しく、報復を試みても逆に被害が出る事態となっている。


 書かれている内容を読み上げて、将軍は倒れそうになった。

「こ、こいつら…馬鹿か!? 本当に馬鹿か!? 馬鹿なんだな!!」

 今まで生きてきて、これ程のストレスと頭痛に晒されたことはない。

 これならば王族との謁見の方がずっと樂だと、悲鳴を上げて嘆きたくなった。

 将軍は襲いかかる胃痛と、頭痛に、血を吐きそうになりながら耐える。

 今ここで医務室送りになっては、益々進退が窮まることになってしまう。

「こ、この報復措置…担当者の首根っこ捕まえて、引きずり出してこい! コイツ、絶対に木杭を越えたらどうなるか、どの地点から越えても駄目なのか、絶対に兵で実験してやがる!!」

 もういっそ、血の泡を吹いて倒れられたら素敵なのに。

 将軍は憐れな程に、真っ青になっていた。多分、腹痛で。



 被害届その3 

「これも三年前かよぉぉ!! 本当にもう、勘弁しろよ!?」

 彼は手に取った書類に、本気で涙を滂沱と流していた。

 そこには、要約するとこう書かれていた。


 ● 魔族を中心として成長を遂げる『解放軍』に、妖精族が正式に同盟を宣言。

  力ある妖精を戦力として提供したらしく、周辺への被害拡大。

  妖精の命で精霊が背き、小規模な自然災害という形で土地に問題が頻発している。

  また妖精が仕掛けた罠により、子供を失った親から被害届が殺到している。


 ● 妖精族から一歩遅れる形で、竜人族が友誼を示す使者として50の戦士を貸与。

  竜の目撃証言が増え、目撃地点の付近で集落が消えるという事件が発生。

  竜人族を加えたことで、人的被害が増加している。


 ● また、人間が切り開いた森が急に再生し、集落を呑み込む事態が起きている。

  妖精が木々の自然再生力を強化し、森を意図的に再生させているものと推測される。


 ● 妖精が再生させたと思われる森が、迷いの森化しているとの報告。

  人間が立ち入るとたちどころに惑わされ、未だ一人の生還者も確認されていない。

  生きては戻れぬ森として、人間達を拒絶している。

  しかし人間以外の種族を拒む様子はなく、度々森からの襲撃が報告されている。


 読んだ書類をばさばさと手から零し、将軍は不意に全てに火を放ちたい衝動に駆られた。

 屋敷が燃えても良い。

 何が燃えても、誰が燃えても良い。

 ただ、現実に全てが灰となる光景を見たいと思った。

「………って、駄目だろ。いかん、疲れてるな。俺…」

 精神がすり減り、疲労の極致。

 既に心はボロボロ。これ以上働くのが嫌になる。

 むしろ、もう、書類を読みたくない。

 しかし彼の仕事は現状把握が大事な一歩となる。

 悲鳴を上げる心を無視して、彼は新しい書類を手に取った。



 被害届その4  

「こ、これも…三年前の日付………」

 将軍はもう、身も心も疲れ果てていた。

 これ以上、現実を直視したくないという気持ちが強すぎて、書類を持つ手が震える。

 三年分の降り積もった数々の事件があると予想される。

 だというのに、現時点で把握しているモノは全て三年前のモノ。

 つまりは、まだまだ序の口。『解放軍』の被害でも、初期のモノ。

 まだまだこれから、出てくる被害届の量が予測できない。

 ただ、膨大なモノとなることだけは分かった。

 それと同時に、確実に己の胃が破壊されることも。

 もう、何も見たくない。

 書類の文字どころか、紙すら見たくない。

 だけど、見なくてはならない。

 辛すぎる葛藤に苦しみながら、将軍は紙片に目を落とした。


 ● 『解放軍』の参謀の奇策によ


 全文を読み切るどころか、一行目を少し読んだだけで、将軍に異変が起きた。

「ぐふっ…」

 将軍が、あまりのストレスにいきなり血を吐いた。

 よろりとふらつく体を、机に手を突いて支える。

「しょ、将軍!?」

 血相を変えて駆け寄る側近に、将軍は手を振って心配ないと主張する。

 側近へと向けた笑顔は、常にない慈愛に満ちて、妙に爽やかなモノだった。

「おい、お前等。後は任せた。俺はちょっと首括ってくるから」

 爽やかな笑みを能面の様に顔に貼り付けたまま、将軍が宣う。

 目が、本気だった。

「うわああぁぁぁぁ!! 将軍、将軍、早まらないで!?」

「も、者共出合え! 将軍がご乱心だっ 取り押さえて、精神安定剤の投与を!」

「衛生兵、衛生兵ぃ!!」

 一時、執務室が混沌に陥った。

 後に、将軍の側近は語る。

 あの日は、暗黒悪夢の黒き宴が現実となった様な日であったと………。

 その暗黒悪夢の黒き宴は、暫くの間続いた。

 


 結局将軍は医務室送りとなった。

 その後、血の涙を零しながらも側近達と手分けして事態の把握に努め…

 最終的に824件にも及ぶ被害届を一つ一つ確認する羽目となった。

 その甚大すぎる被害の実態への絶望に。

 そして上手いこと隠蔽されて今まで気付かなかった自分への失望に。 

 彼が倒れてしまったのは、意地と根性で全ての被害届を読破した後。

 物凄い執念と根性だと、側近達は尊敬の目を向け、惜しみない拍手を送った。

 送った後で、感覚の麻痺して自分の不調に気付かなかった側近達も倒れた。


 心身に受けた深刻なダメージに、将軍は入院する羽目になった。

 側近達も、ついでに入院する羽目になった。

 そうして結局、将軍達の対応も医師と看護師の妨害によって盛大に遅れることとなった。

 彼等がまともに対策を練れる様になるまでにかかった期間は、二ヶ月。

 その間、焦りと怖れと精神疲労によって、何度も喀血した。

 最終的に自分達では手に負えないとして、案件は『人間』の本拠地へ。

 『人間』の王国中心地、王都ファラヴィアに上奏されることとなった。


 そうして魔族の躍進を知り、初めて王国上層部の『人間』達は騒然となる。

 彼等は思いも寄らぬ脅威が足下へと這い寄ってくる現実に恐怖し…

 魔族を殲滅せんと、そうしなければ我等が危ないと、息を巻く。

 脅威となるモノ、得体の知れぬモノ、自分達に刃向かうモノ。

 それらは羽虫の如く煩わしく、忌々しいモノでしかない。

 正確な力関係では自分達が上だと、自分達の数に勝る力はないと…

 彼等は傲り高ぶり、魔族の反逆など容易く制圧できると思いこもうとした。

 自分達に逆らうモノは殲滅してしまえ。

 全戦力を投入してでも、その存在を抹消しなければならない。

 国王の命令を受け、王国は三年という時間を無駄に費やして動き出す。

 魔族の集団『解放軍』をこの世から消し去る為に。


 そして、魔族をのうのうとのさばらせた、責任はきっちりと追及された。

 無能は必要ないと、口々に批難を叫ぶ高官達。

 その処遇は考えるべきだと、思わせぶりな情報が錯綜する。



 将軍の入院期間は、その後、更に半年のびた。




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