22.無自覚だけど参謀だった
いきなり時間が飛びます。
※ 急遽、この前に一つ話を挟みました。
私達が里を飛び出してから、気付いてみれば三年が経過していた。
丁度三年、区切りが良いので過去を振り返ってみる。
今思い返しても『人間』からの弾圧は、想像するのと体験するのとでは段違いだった。
段違いに酷かった。
きっと、里の大人達の話も『人間』の非道を何割かオブラートに包んでいたのでしょう。
ええ、子供に話すのはどうかという様な事もありました。
正直、酷い目に遭ったことも絶体絶命に陥りそうになったことも、片手の指じゃ足りません。
私達はいつの間にか『解放軍』と呼ばれる様になり、その名に応じた活動を求められる様になっていた。皆が私達をそう呼ぶことに、そこに込められた希望に、私達も気付かないではいられなかったから。だから込められた名への期待に恥じぬ様、精一杯の活動を繰り返した。
他の『奴隷市場』を襲い、拠点の制圧と『奴隷』の解放もした。
『人間』に連れ去られ、行方の分からなくなった同胞を捜したりもした。
一番大変だったのは売り飛ばされて散逸した仲間の回収。
それはお兄さんを中心とした複数の部隊に暗躍して貰い、何とか活動を進めている。
今のところ、回収率は六割。三年という時間を考えると、中々好調なほうかもしれない。
私達は魔族の希望。
常にそう意識して、私自身も何度も危ない橋を渡りました。
何度も、もう死ぬと思いました。もう駄目だと、生を諦めそうになりました。
挫けそうになったことは数えきれず、泥にまみれて泣いたこともあります。
それでもいつも、私と一緒にいて一緒に酷い目に遭った馬鹿は負けずに笑う。
私はアイツに対しては意外に負けず嫌いだ。だって、ずっと対等に育ってきたから。
うっかり泣き言一つ漏らせない。
思わず強がってしまうくらい、ずっと対等でありたかった。
負けない様に無言で張り合う私達だけど、負けないアイツの笑顔に励まされる魔族は思いがけず多かった。それ以上に、今を雌伏の時と『人間』の仕打ちに耐え忍び、牙を研ぐ様に反撃の期を待つ魔族が多かった。それも能力が高く、強い者程、その傾向が強い。
お兄さん達もその部類に入る。
そして世の中は広く、他にも似た様な人は結構多かった。
お兄さん並みの化け物は早々いなかったけれど、それでも数人。
似た様なレベルの、似た様な規格外な人達を見つけて仲間にすることができた。
それが僥倖なのか、仲間を壊滅に導く罠なのかは分からない。
どうぞ幸運であります様にと思うけれど、相手は規格外だけに不安要素が高い。
ただ残念ながら、そんな規格外の人達でも魔族らしく単独主義で。
魔族らしく個人主義で、団結して『人間』に対抗しようと考えた者はいなかったけれど。
数に対抗するには数って発想は、やはり浮かばない。何故なら、それが魔族だから。
そんな彼等、魔族の実力者達に、私達は片っ端から団結の必要性と国造りの意義を訴えて回った。主に演説内容を考えたのは私だったけれど、前向きで力強い瞳をしているアイツは、例えカンペ丸読みでも凄い説得力とカリスマを発揮した。見栄えと説得力さえあれば、大概は上手くいくと思った。
魔族達もこれと言って有効かつ具体的な『人間』への対抗策を持っておらず、新たな提案もなかった。代案がないのを良いことに、若さと勢いでアイツがごり押しに成功。仲間集めによる魔族の勢力拡大は割と順調に進んだ。
立案者のアイツは国造り計画を推し進める責任者として祭り上げられた。
まあ、私が祭り上げたんだけど。
まだ子供のアイツを先頭に立てるのは大分無茶だったけれど、アイツの笑顔に魅せられた魔族達は異論を出さなかった。きっと、本音では個人主義上等の魔族を纏め上げるなんて面倒、誰も背負い込みたくなかっただけだと思う。
そしてアイツは、私達の旗印として上に立つ。
その器に対して、少々の不安はあったけれど…魔族の先頭に立つに相応しくなければ、相応しい器に改造すれば良いという発想の元、アイツは『建国』の旗印に相応しく成長することが求められた。
その結果、仲間達の中でも特別強い魔族達に容赦なく鍛えられている。
お兄さんとか、爆破魔さんとか、羽根の人とか、その他にも沢山の人に。
むしろ師匠達に殺されるってアイツは叫んでいたけれど、その割には元気だ。
でも最近、逞しくなってきて実は内心、驚いている。
短期間でこんなに強くなるなんて…どんな無茶修行をさせられているのか、知りたくもない。
アイツは日夜修行三昧でしごかれまくり、どんどん肉体改造が施されているけれど、私の方は肉体労働させられることもなく平和に過ごしている。
といっても、何もしていない訳じゃない。
私は仲間の中でも頭脳派の皆さんと頭を付き合わせて悩み合う日々だ。
建国について必要な事を考えたり、規則の草案を話し合ったり、団体の活動として今後『人間』とどう渡り合っていくか計画を立てたり。毎日毎日、話し合ったり考えたり色々です。
馬鹿と脳筋の皆さんが身体能力増加に専念する代わりに、辛うじて知恵者と呼べる集まりで頭脳労働に従事する、ある意味分業制の形で打倒『人間』に励んでいます。
そこに何故か私も加わっている訳ですけれど、子供が一人混じり込んでいても眉を吊り上げない皆さんの寛大さは素晴らしい。今後の勉強にもなるし、私としては助かるばかりなので、皆さんの心の広さは是非とも見習いたい限り。
頭脳派を自負する皆さんは流石頭脳派だけあってとても頭が良く、議題に上がる案件がさくさく進む。特に爆破魔さんが物凄い。彼がちょくちょく良案を提示してくれるお陰で、皆も爆破魔さんを一目置く様になっている。
以前何をしていたか、どんな技能を持っているかは個人によって様々だけど、経歴の華々しさといい、頭脳といい、爆破魔さんが会議室の中心人物なのは間違いない。
私が一人で馬鹿の代わりにアレコレ全部考えていた時に比べれば、効率が倍くらい違う。その本気を、前から見せてほしかったとも思う。だが、どうやら『ルズィラ奴隷市場』を殲滅し、すっきりしたことで能力が向上したらしい。最近、本当に活き活きと仕事をしている姿は、心底楽しそうだ。以前に比べて仕事の片づく速さが段違いで尊敬しそうです。私も彼を手伝い、見習う様に精進しなくては。
でも本当に、何故私が会議室に混ざっているんだろう・・・邪魔じゃないのかな。
私が彼等と一緒に考える必要がどこに・・・? 否、むしろ何故に誰もが当然といわんばかりの扱いで私を彼等のチームに加えているのか、大いに疑問だ。
今更だが本当に何故、毎回会議や相談の度に私を呼びに来るのでしょう・・・?
「リンネ参謀!」
考え込んで深みに陥りかけていると、ノックと共に妖精の少年が入ってきた。
「お忙しいところ、失礼しますね。夕食の支度が調ったんで、皆リンネ参謀を待ってます」
「あ、はい。分かりました。今から行きますね」
「今夜の御飯は冷めると不味いんで、早く来てくださいねー」
それだけ言って、彼は走って食堂へ。きっと空腹なのでしょう。
――そう言えば、最近アイツ以外の皆が私のことを『参謀』と呼んでいる様な・・・。
「……………」
………うん。深く考えてはいけない気がする。
「今日の夕餉は何だろ」
私は敢えて意識を空腹に集中させ、深く考えるのを放棄した。
リンネは自分のことには鈍いので、参謀扱いには本気で気付いておりません。
また、気付きかけても自分で目をふさいでしまう癖があります。




