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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
瞬く間に時は過ぎ
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21.領土の主張

羽根の人と爆破魔さんがはしゃいだ結果、赤い雨が降っている箇所があります。また、微妙に残酷表現が御座います。

 苦手な方、ご注意お願いします。


 あれは、私達が『奴隷市場』を陥落させて直ぐのこと。


 妖精の少年に、羽根の人が何か怪しいことをしていると泣きつかれた。

 現場に駆けつけてみると、そこには爆破魔さんと羽根の人の二人。

 何やら誇らしげに、スコップとツルハシを担いで微笑んでいる。

 いい汗をかいているようだったが、ちっとも爽やかには見えなかった。

「…フェイルさん、何やってるんですか?」

「ん? おお、リンネ嬢か。コレを見てみよ」

 示された先には、どう見ても『晒し台』としか言い様のない木製の台。

 晒されているのは、先日羽根の人の手によって冥途へ下った『人間』の人々。

 ………串刺しにされた生首は、グロイとしか言い様がない。

「どうであろうか。中々に力作のつもりなのだが」

 キラキラした目で感想を求めてくる羽根の人に、ちょっとだけイラッとした。

 嬉々として見せるな。子供に見せるな。精神衛生上大変よろしくない。

 だけど視覚の暴力に最近動じなくなってきた自分に気付き、少々危機感を覚えた。

 やばい。お兄さん達規格外三人集に毒されてきた。

 気付いた時にはとっくに手遅れとはよく耳にするが、感性の問題は確かに引き返せない。

 私の精神的な健康面がどうなっているのか気になる。子供の感性は大事にしてほしい。

「それで? これがどうしたんですか」

 冷静に対応できる私に、ちょっとだけ妖精の少年動揺した。

「うむ。これは『人間』に警告をする為のモノでな」

「私達二人で、三日かけて仕掛けたんですよ」

 にこにこと笑う爆破魔さんは、とても達成感に輝いている。

 満たされた笑顔に、頬に散った返り血が異彩を放っていた。

「仕掛けたって…何を?」

「それは警告文を見てほしい」

「警告文?」

 あ。本当に警告文があった。

 生首のインパクトが大きすぎて、結構大きな立て札を意識していなかったようだ。

 書いてある文字はフェイルのモノらしいが、無駄に達筆で仰々しい。

 文章が、ではなく文字が仰々しい。

 こんなに見栄えの良い文字は、おどろおどろしい晒し台に場違いすぎて違和感が凄い。

「えーと、なになに?」

 必死に生首から目を逸らしていた妖精の少年が、立て札を読み上げる。

「…この先、我等が領域と成す。立ち入る『人間』は例外なく、一人残らず平等に、我等に首を差し出すこととなるだろう。足を踏み入れる者は覚悟するが良い。この首は、我等が意思を示す見せしめである」

 とっても不吉な文章ですね。私達はいつから首刈り族になったんでしょう。

「丁寧かつ、分かりやすい文章を心がけたらこうなった」

 無邪気にそう言う羽根の人は、ちょっと不思議な感性をしていると思う。

 ご丁寧にも『領域』の境界を示す杭を、寝る間も惜しんで等間隔に刺していったらしい。

 見渡す限り荒涼とした荒れ野に、延々と続く杭の列は途切れない。

 延々と、視界の続く地の果てまで続いている。1.5mごとに地に突き立つ木の杭が。

 目に痛々しい木の杭の、鮮やかな塗装…ピンクが目に染みる。何故、この色にした。

 目立つからって…ああ、そうですか。実利を取ったんですね。

 一体、何処から何処まで杭で区切ったのだろうか。

 何故、手伝いもなく二人だけでこんな事をしているのだろう。

 この三日、姿を見ないとは思っていたのだけれど。

「…二人とも、お馬鹿さんですか?」

「直球だな、リンネ嬢」

「だって、こんな境界線を作っても意味無いじゃないですか」

「何故?」

「こんな広い土地、どうしようっていうんです? 見張るにも人手は割けないし、実際には通り抜け自由ですよ。そんな所を『我等が領域』って主張しても、虚しいだけじゃないですか」

 痛々しいと、視線に力を込めて見つめてやる。

 爆破魔さんは居心地悪そうに身じろいだけど、羽根の人は動じない。

「そこは抜かりない。マゼラと二人で力を合わせ、渾身の罠を設置しておいた」

「は? 罠ですか?」

 羽根の人に聞いていても埒が明かない気がしたので、爆破魔さんに視線を移してみる。

 すると、彼も楽しそうに活き活きと解説してくれる。

「『人間』限定で発動する様、思いつく限り楽しげな罠を作ったんですよ。捕虜の『人間』達の魔力がどういう波動をしているのか、じっくり解析した結果です。純血の『人間』が上を通った時にのみ反応して、十五連鎖で爆発が起こる様に苦労して調節しました。久々の力作なんですから」

「それは…首を差し出せ、どころか肉片すら残さず吹っ飛ぶのでは」

「生かして返す気、全くないよね」

 爆破魔さんの作品なら、それは洒落にならない程に手加減が省かれているに違いない。

 彼の『人間』に対する憎悪と殺意は、『奴隷市場』を落としてから少しだけ収まった。

 だけど機会があれば積極的に嬉々として命を刈り取ろうとする癖は抜けていない。

 大義名分もある。この楽しみ様を見るに、絶対に派手に飛び散るだろう。

 『人間』の、血と肉が。

 私は『人間』が、この木の杭を越えるところを見たくない。

 それは即ち、肉片と血の雨が周囲に降り注ぐ光景を見ることと同じ意味になるからだ。

 ほんの少しだけ、二人に注意を促そうかとも思った。

 そんな大掛かりな罠を設置して、誤作動して同胞が引っかかったらどうするのかと。

 然し二人は即答する。異口同音に、「そんなヘマは踏まない、抜かりはない」と。

 駄目だ。活き活きしすぎて、目がぴかぴか煌めいている。

 爆破魔さんは『人間』が絡むと理性飛ぶからなぁ…。


 私は二人を説得する気力も失せて、溜息をついた。

 考えてみれば、『人間』に気を遣う必要はないのだけれど。

 でも、これから昼夜を問わず、この近辺で派手な花火が上がることになるのかと思うと。

 そしてそれを、幼気な年端もいかぬ子供が目撃する様なことにでもなれば。

 爆破に巻き込まれ、同族に被害が出る様なことになれば。

 それを考えると、中々の速度で顔から血の気が引いていくのだった。


 やっぱり、二人を説得した方が良いかな…?

 私の背後で、妖精の少年が諦めた様に首を振る気配がする。

 言っても、無駄だよね。

 私が見つめる先、羽根の人が晒し台の最終調整をしている。

 飾り立てられた生首の角度が気に入らないと、何度も設置し直している。

 その姿は、無表情の清冽な顔は湖面の様に静かな迫力に満ちているのに。

 秀麗な立ち姿は、世の乙女達の感嘆を誘いそうなものなのに。

 晒し台を花で飾るのに余念がない。一所懸命、華やかな悪目立ち晒し台を制作している。

 その行動と、姿のギャップが、良くない意味で心臓に悪い。

 見ているだけで、残念な気持ちがこみ上げてくる。


「本当に、この人、悪い意味で浮世離れしているな…」

 私は世の乙女達には見せられない青年達の姿に、急に疲労感が増すのを感じた。



 三週間後、最初の被害が出る。

 被害者は勿論『人間』で。

 狙った様に、彼の『人間』に囚われていた魔族の捕虜のみ無傷で。

 突如として発生した噴煙に慌てて駆けつけた時には、周囲が血の雨で赤く染まっていた。

 目を見開いて硬直している血塗れの同族を、私達は保護して慰める羽目になった。

 余程驚いたのだろう。茫然自失のまま、ぶるぶると震えて泣いている。

 いきなり人が吹っ飛ぶ光景は同族の心に消えない傷を残した。

 それから暫く、保護された同族は一人で外を歩きたがらずに引きこもっていた。

 突然地面が吹き飛んだのだから、無理もない。

 アレが『人間』専属の罠だと聞いても、自分も吹き飛ぶかもと長いこと怯えていた。

 

 ああ、やはり恐れていたことが起きてしまったかと。

 懸念していた通り、同族の心に傷が残ってしまったと。

 私はやりきれない思いで犯人二人への説教を心に決めた。

 …結局二人にはのらりくらりと逃げられて、罠の改善が成されることはなかったが。



 これ以降も、罠で『人間』が吹き飛ぶ事件は続き…

 多くの者の心にまで被害を残し…


 そうしていつしか、私達の定めた『領土』に近づく『人間』はいなくなった。 




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