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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
瞬く間に時は過ぎ
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フェイル式尋問方法

フェイルさんに任された、重要なお役目。

その為に平然と毒殺かましています。

そんなのはちょっと、と言う方はご注意下さい。


 翼を持った魔族、フェイルには毒使いの疑惑が浮上している。


 牢の中に放り込まれた『人間』達は、辛うじて未だ生かされていた。

 その扱いは、最終的なところは決まっているものの。

 リンネは一つの問題に頭を痛めていた。

「…尋問の担当、誰にしよう」

 囚われていた『奴隷』達が怒りのままに暴走する中、その手綱を握っていたのはリンネだ。

 そして、『人間』の一部を生かしたまま捕らえさせたのも。

 捕まえた『人間』の多くは『奴隷市場』の胴元や幹部、得意客。

 それは『奴隷』とされていた者達から、より怒りを買っている者達で。

 殺したがる者達を苦労して諫め、生け捕りにするにも精神はすり減った。

 それでも尚。

 精神的疲労に耐え抜いても尚、彼女には生け捕りにする目的があった。

 それは、過去に『奴隷』として売られた者達の行方。

 全てを拾いきるとは思っていない。

 それでも、できるだけ多くの者を救いたいと思ったから。

 思うことができる、優しい子だったから。

 リンネは売り飛ばされた『奴隷』達の行方を掴む為、『人間』達を尋問することに決めた。


 だが、そこで問題が浮上したのだ。

 それは、誰に尋問をやらせるかということ。

 自分やグターでは役不足だと、リンネは知っていた。

 経験不足であるし、海千山千の大人に口で勝てるとも思っていない。

 下手すれば、逆に言いくるめられるかもしれないと恐れている。

 それに何より、リンネとグターは子供だった。

 子供が尋問をしても、舐められるのがオチだ。

 だからリンネは、自分の信頼できる仲間から、尋問の担当者を選ばなければならない。

 それも、理性の殊更優れた者を。

 『人間』を前に怒りで暴走し、尋問するまでもなく殺してしまっては元も子もない。

 だが、そうなると、彼女が選べる人材は極端に限られる。

 仲間の大多数は、まだ会っても間もない『解放奴隷』なのだから。

 まだそれ程知っている訳でもない仲間達。

 その中からこれといった人材を選べる程、彼女達は同じ時間を過ごしている訳ではなかった。

 そうなると、選べる人材はたったの三人。

 アシュルーと、マゼラと、フェイルのたった三人だけだ。

 その中で誰かとなると、リンネは益々頭を悩ませざるを得ないのだ。

 何しろ、アシュルーもマゼラも『人間』を前にした時の理性など期待できない。


 アシュルーは力加減もせずに『人間』をどつき、撲殺してしまう予想しかできない。

 まず、彼の気まぐれさと短気さでは、根気強く尋問など無理だ。


 マゼラは、普段は知的で根気強く、理性もあるのだが…

 いかんせん、『人間』への憎悪は仲間達でもトップクラス。

 過去に何があったのか詮索はしないが、『人間』だというだけで爆破したくなるくらいには恨んでいる。そしてそれを微塵も隠していない。

 想像の中、マゼラは尋問するはずの相手を、高笑いも朗らかに爆破しようとしていた。


 こんな予想が容易にできてしまうのだから、選べる人材は実質一人。

 だが、その一人たるフェイルは…未だ、リンネには性格が掴めない相手だった。

 『人間』に対する恨みが無いではなさそうなのだが、常に飄々とした様子は思惑を掴ませない。

 未知数としか言い様のないフェイルのことを、信頼して良いものか。

 リンネの頭は、悩みに痛みを強めていた。


 案ずるより産むが易し。

 リンネが頼むと、あっさりとフェイルは頷いた。

「ふむ。確かに、これはアシュルーやマゼラに任せられぬ類の仕事だな」

 おまけに、自分に白羽の矢が立った理由も理解していた。

「そうだな。一週間程時間を貰うが、構わぬか?」

「ああ、それは大丈夫です。私も直ぐに結果が出るとは思っていませんから」

「では、任せるが良い」

 そういって牢獄へ向かうフェイル。

 その手には、何故か三つの薬瓶が握られていた。


 

 牢獄に着いたフェイルは、先ず捕虜の食事から一膳だけ分け、そこに緑の薬瓶を傾けた。

 滴り落ちる薬液が、スープに混ざり込む。

 食事はその後、他の膳と共に囚人達へと提供された。

 フェイルは、薬液入りのスープを飲んだ囚人が誰か記録に残した。


 次の日、フェイルは捕虜達の食事に今度は紫色の薬を混ぜた。

 今度は一膳だけでなく、十の膳に薬瓶を傾ける。

 再び薬液入りのスープを飲んだ囚人を記録し、牢獄を後にした。


 次の日、フェイルはまた捕虜の食事に薬を混ぜる。

 今度は、檻一つに繋がれた囚人全ての膳に。

 薬液をしっかりと混ぜ込み、記録を取ると、フェイルは牢を後にした。


 最初に薬を混ぜてから、三日が経った。

 フェイルは初めて囚人達の前に姿をさらし、妖艶な笑みを浮かべる。

「そなた達に聞きたいことがある」

 簡潔に告げるが、囚人達の反応は鈍い。

 鈍く光る瞳の色は、憎悪と侮蔑。媚びと怯え。

 醜いと、フェイルは心の中で嘲笑った。

 どうせ生かしておく気もないが、丁重に扱おうという気が益々失せる。

「どうせ、そなた達が素直に口を割るとは思っておらぬ。そこで一つ、余興を用意した」

 淡々と告げて、フェイルは冷酷な観察者の目を見せる。

「今から、今日死んで貰う者の名を発表する。《---》」

 フェイルの口にした言葉に、反応した者がいた。

 それは、その者の名であった。

「そなたの膳に、三日前、毒を混ぜた。効くのに要する時間は、三日。つまり今日だ」

 男の動揺する様子など目もくれず、フェイルはあくまで感情を挟まずに続ける。

「明日は明日で別の者が死ぬ。明後日には、この牢の全員が死ぬ」

 一方的に告げられる内容に、囚人達がざわめく。

 だが、フェイルは気にしない。

「死にたくなければ、こちらの求める情報を嘘偽り無く証言することだ」

 先程名を呼ばれた男が、フェイルの言葉の途中で身を強張らせた。

 横倒しに倒れ、藻掻き出す。

 出そうとしても声は出ず、喉を掻きむしるが、出るのは掠れた呼吸と血の泡だけ。

 体中から汗が噴き出し、手足は引きつり、痙攣してびくびくと震える。

 苦しそうな呼吸音は尋常ではない空気を放ち、見開かれた目からは止め処ない涙。

 空を蹴る足が、掻きむしって喉に食い込む指が、噴き出した血が。

 それを呆然と見守る他の『人間』達の目に焼き付いた。

「…では、また明後日に来よう」

 身動きできない者達を置いて、フェイルが背を向ける。

 明後日という言葉に、人間達は取り乱した。

「そんなっ それでは、明日死ぬという者達は…!?」

「明日死ぬ者は、その男よりも長い時間、更なる激痛に苦しむこととなるだろう。その姿を見て、明後日死ぬ予定の者達は喋るか否か考える材料とするが良い」

「み、見せしめか…!!」

 フェイルは答えない。 

 ただ、これ見よがしに、囚人達の前で透明な薬瓶を振って見せる。

 それから彼は何も言わず、引き留める声も無視して牢を去った。


 

 一週間が、過ぎた。

「報告に来たのだが、良いか?」

 リンネが書類を整理していると、フェイルがやって来た。

「約束通り、一週間だ。聞き出せることはあらかた聞き出したので、書類に纏めておいた」

「有難う御座います。本当に一週間で終わらせたんですね」

「ああ。内容の方も複数の証言と合わせて、真偽を確認してある。矛盾するものはほとんど無かったが、一応それらも別紙に分けて表にしておいた」

「…はい。丁寧な仕上がりで見やすいですね。証言も分かりやすく纏めてあります。嘘の証言はほとんど無かった様ですが…一体、どんな訊き方をしたんですか?」

「うむ。そうだな。己の命がかかっていれば、大概の者は素直になるという実験をしただけだ」

「………。本当に、どんな訊き方をしたんですか?」

「毒を飲ませ、解毒剤が欲しければ素直になる様に言っただけだが?」

「毒、ですか…」

「うむ」

「…それで、素直になった方達はどうしたんですか?」

「ん? 全員、死んだが」

「はい?」

「今回は西棟の4番牢で聞き取りを行ったのだが、全員もうおらぬ」

「解毒剤、あげなかったんですか?」

「約束は違えぬ。解毒剤は渡した。ただ、解毒できるタイムリミットを大幅に過ぎていたが」

「それは、詐欺ですね?」

「どうせ生かしていても食い扶持がかさむだけだ。他にも捕虜は居るのだから、少しばかり良いだろう。聞き出せる限りの情報は、全て絞り出したのだしな」

「はあ、そうですか…」

 うむうむと満足げに頷くフェイルの顔は、妙に満ち足りていて。

 やはり彼もアシュルー達の類友なのだと、リンネは小さく溜息をついた。


 尋問担当を任せたのは間違いだったのではないか。

 一瞬だけ考え直そうかと思ったが、それで引き出した情報があるのも確かで。

 どうしようか一瞬だけ迷ったが、リンネは結局今後も彼に尋問を任せることにした。




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