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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
番外 青年達の決着
31/193

夜空の果てには


 月が、空に輝いて、魔族達を優しく照らす。

 夜の神の弔う如く、月は、とろりと光を滴らせていた。


 隠されていた地下に放った火は、浄化の弔いとなって全てを燃やす。

 壊された者達も、壊した者達も、一様に灰となる。

 秘められた外道の所業。虐げられた者達。繰り返された実験。

 被害者の、埋葬されることの無かった、骨。

 実験の資料として、残されていた、骸。

 全て、全て燃えて灰となる。

 アシュルーの望んだ決着通りに。

 彼が求めた、過去の決着として。



 アシュルーとグターの二人が、燃える地下を眺めていた。

 地下へと続く階段の入り口は、地獄の釜の様に炎を覗かせる。

 二人で、燃え尽きるまで眺めていようと肩を並べる。

「アー兄、その人達は連れてくの?」

「ああ。折角の再会だからな。暫くは家族水入らずだ」

 嬉しそうに笑うアシュルーの腕には、三つのケース。

 他の全てを燃やしておいて、三つの遺骸だけを持ち出すのは不公平かもしれない。

 だけどアシュルーは、何となく燃やしがたいと思ってしまったから。

 いつか弔うとしても、それは此処ではないと思った。

 彼等にとっての地獄に、残していくのは忍びないと思ってしまった。

 他の者達は全て、一緒くたに封じ込めようとしているのに。

 取り残される者達は、憐れにも思えたけれど。

 これも、感情の問題。

 アシュルーは、己の望むことだけをしようと決めた。

「アシュルー」

 不意の呼びかけに、振り向くと、空から舞い降りるフェイル。

 片腕に、マゼラを抱えている。

「わお。フェイ兄って、見た目に寄らず力持ち」

「空を飛ぶには、重量オーバーじゃねぇの?」

「うむ。問題ない」

「問題なくないですよ! いい年して抱えられるとか、恥ずかしい…!」

 顔を膝に埋めて、マゼラは蹲ってしまった。

 呆れた目で見るものの、アシュルーは慰めない。

 グターが、ぽんとマゼラの肩を叩いた。

「それで、どうしたんだよ。テメェら」

「ああ。そなたが派手に火祭りをしているようだったのでな。この深夜、火事は騒動となるだろうと思うてな。隠蔽工作に付き合うてやろうと思うのだが、何か?」

「あー…延焼はしねぇ様に気をつけてたんだが。流石に、この明るさと煙は誤魔化せなかった。テメェの気遣いには色々と言いたいこともあるが…まあ、今は助かる」

「うむ」

 満足げに頷くフェイルに、アシュルーは獰猛な笑みを返す。

 先程の破壊衝動を止めた、少年。フェイルの、お節介な好意。

 彼がグターを差し向けたことを、アシュルーは思い出していた。

「…ただ、後で覚えてろよ。テメェ」

 本当は感謝していたけれど、それを素直に表せるアシュルーではない。

 照れ隠しと気付いているのか否か、フェイルは頓珍漢な返答を返した。

「うむ。焼却炉裏でいつまででもそなたの挑戦を待とう」

「………。テメェに何言っても、無駄な気がしてきた」

「諦めが早いのは感心せぬな。その点も踏まえてじっくり話し合うとしよう」

「駄目だ。絶対に俺の方が疲れる!」

 アシュルーも頭を抱えてしまい、マゼラの隣にしゃがみ込む。

 ただ一人、フェイルだけが飄々と涼しい顔をしていた。

 何もしていないはずなのに、何故か、勝者の風格が漂う。

 グターは、ここに彼等の力関係を垣間見た気がした。

「マゼラ、いつまで落ち込んでおる。そなたの結界術で、早う此処を隠してしまえ」

「え。あ、ああ。はい…」

 フェイルに声をかけられ、慌ててマゼラが立ち上がる。

 結界を張る姿も手慣れたもので、グターは彼の住居が隠されていた結界を思い出す。

「これで、見つからなくなるのか? この火祭り」

「うむ。この場にいる我等以外には認知できなくなる筈だ」

「やっているのは、僕なんですが…フェイル、偉そうですね」

「そなたに結界の基礎を教えたのは誰だ?」

「…貴方です」

「なれば、そなたの功績を誇る権利もあろう」

「貴方って、そう言う人ですよね…。偶に、すごく傍若無人」

「うむ」

「いや、そこで誇らしげに胸を張るのは、どうかな。フェイ兄?」

 暫し、男四人で黙って炎を見つめる。


 炎が弱まり、地下を燃やし尽くす勢いが衰えてきた頃。

「煌々と、燃えておったな」

「そうですね。いい年した、アシュルーの火遊びが」

「うむ。いい年した、アシュルーの火遊びが」

「火遊び、言うな」

「アー兄達、本当に仲が良いよな」

 なんだか段々馬鹿らしくなってきて、グターは呆れてしまう。

 側で、彼等を見ながら、ふと思う。

 自分は、何故此処にいるのか。此処に、いつまでも居て良いのかと。

 だけど三人の間には、グターの入っていける隙間がないように見えて。

 彼等の共有する空気も、思いも、過去も、グターには見ることができない。

 疎外感を感じるのは、間違っていると分かっているが。

 彼等の時間を邪魔してはいけない様な気がした。

 物凄く、場違いな気がした。

「アー兄、マァ兄、フェイ兄、俺もう眠いから、帰るな」

「お? おお、そうだな。お子ちゃまはもう帰れ」

「夜更かしは感心できませんからね」

「疲れただろう。ゆっくりと休むが良い」

 三人と手を振り合って、グターは帰った。

 風呂に入って眠ったら、今夜のことは全て忘れるつもりだった。


 口にはしなかったが、三人の青年も、それを分かっていると確信していた。

 だから、明日からはいつも通り。

 いつもと変わらず、おはようを言おう。

 夜の果てにいつも朝が来るのと同じに。

 自分も変わらず、『いつも通り』を過ごせるのだと。

 兄貴分達にも、『いつも通り』を届けられるのだと。

 変わらぬ事が己の勤めだと、グターは更けゆく夜の月に思った。



 少年の背を見送って、アシュルーが肩を落とした。

「気を遣わせちまったな」

「全く、不甲斐ないことよ。そなた、我等の中で一番己を制御できておるのではなかったか?」

「うぅ…そのつもり、だったんだけどよ。その栄冠はテメェに譲る」

「まあ、何だかんだで、フェイルが一番大人だと思いますよ」

 落ち込むアシュルーを宥め、マゼラが苦笑気味にグターの去った方向を見る。

「グター君、思ったよりもできた子だったみたいですね」

「うむ。見込んだとおり、可愛い子よのぅ」

「多分、明日になったらケロッとしてんだろーな」

「あの子は、知らないふりも、見なかったふりもできる子…なんで、しょうね」

「そうでなければ、こやつの暴走しておる場になど送り出すものか」

「お前…さり気なく、鬼だな。あんな場所にガキを送るとか、元凶の俺が言えたことじゃねぇけどよ。とてもじゃねぇが『優しい大人』のすることじゃねぇぜ」

「…その点は、フェイルに相談した僕にも反省する部分が…」

「しかし、確かに我等の思っていた以上の大器やもしれぬな。あの子は」

 自分達の思っていた以上の器かもしれないと、青年達は少年を思う。

「だが、ちょっと無謀だな」

「…生き残るには、少し力が足りないかもしれません」

「荒事をこなすには、まだまだ弱々しい様子なのは否定せん」

 これから先、魔族と『人間』の関係は、益々混乱を極めていくだろう。

 命の奪い合い、争いの過激化、激しい闘争が予想される。

 そんな場所に向かっているというのに、少年は未だ頼りなく、弱い。

 争いの場では、今にも死ぬかもしれない。

 いつ命を落とすとも知れない場所に放り込むには、少年の力不足は不安の一言で。

「ふむ。見込みもあることだし、仕方がない。あの子は死なせるに惜しい」

「あぁん? んだよ。何するつもりだ?」

「決まっておるであろう。あの子が生き残れる様、我等で鍛えるのだ」

「ああ、それは良い考えですね。地獄でも生き残れる様にしごいてやりましょう」

「まあ、死なせるには寝覚めがわりぃしな」

「そなた達も同意見のようだし、決まりだ。アシュルーは体術を、我々は反則的魔法の数々を仕込んでやるとするか」

「おう。構わないぜ。明日からびしびし鍛えてやるよ」

「…なんで枕詞に『反則的』がつくんですか。普通の魔法でも良いでしょう?」

「では、そなたは普通の魔法を教えてやるがよい。こちらは禁術の類を教えることとする」

「…っ 洒落になりませんよ! 封じられた類の術は、教えるのは待って下さい!」

 三人の青年は、明日からの日々に新しい喜び、楽しみを見出す。

 今までの生き甲斐が、目標が崩れ果てた夜だから。

 新しい日を迎えるに当たって、新しい目標が欲しい。

 三人はそれに、小さな月の瞳を持つ少年を定めた。

 可愛い弟分を鍛え、生き残れる様に育ててやろうと。

 走り去ったグターは、まさか己の苦難と試練が始まりを告げようとしているとは知らず。

 

 …グターにとって、地獄の特訓な日々が、幕を開けようとしていた。





「吹き飛ばすことはできませんでしたが…」

「ん? なんだ、マゼラ」

「いいえ。ただ、これで終わりなんだなと、思いまして」

「ああ、そうだな」

「これで、終わりなんですね…」

「ああ。終わりだ。全て、灰にしちまったからな」

「そうですね…全て、燃え尽きようとしています。私達の、過去も一緒に」


「落ち込むでない、マゼラ」

「フェイル…?」

「明日からが楽しみであろう? 今日が終わったのだから」

「今日は確かに終わりました。でも、気力も尽きてしまった気がするんです…」

「だが、明日からが輝いて見えるであろう? 我等は生きておるのだから」

「確かに僕等は生きています。でも、沢山の同胞が亡くなったことを、忘れられません」

「馬鹿だな、テメェ。忘れる必要なんてねぇよ。それより、明日の生き甲斐を見つけたんだぜ、俺達。そのことを思えば、俺等はよっぽど幸運だぜ? 死んだ奴らも羨ましがるだろうよ」

「アシュルー…貴方、楽しそうですね」

「だって、そうじゃなきゃ、人生損じゃねぇか。生きてるんだから、楽しむべきだろ」

「明日から、きっと面白い日々が始まろうぞ。あの可愛い子らが、喜びを運んでくれる。

 我等はそれを、確かにしっておるのだからな。あの子らに、感謝しようぞ」


 燃え盛る炎が消えるまで、彼等はそこにいた。

 水底に沈める様に、過去を心の奥底に沈めて。

 炎の赤を、過去へのけじめとして。


 忘れることのできない記憶の、憎悪に封印を。

 最早果たすことのできない復讐の、名残に封印を。

 見ることも厭わしい、古きモノに蓋をして。

 既に手に入れることのできないモノを、諦めて。

 それでも、燃えた過去に心はすっきりと開放感を感じたから。

 己の憎悪から、解放された何かが心を温めたから。


 全てが終わったと、彼等は笑う。

 まだまだ、未練は残っていたけれど。

 決着が付いたのだと、自分を納得させて。

 彼等は笑って、夜空の月に頷いた。

若干名、胸にもやもやを抱えながらも、

一応の決着と自分を納得させている模様。


青年達の決着、取り敢えずの完了。

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