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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
番外 青年達の決着
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求めたもの


 何とか落ち着いたアシュルーに、グターは椅子を勧める。

 その椅子も、拭いきれない血で赤く染まっていたけれど。

 既に全身に血を浴びて、彼の衣服は赤くない場所の方が少ない。

 アシュルーは血に滑った椅子でも気にせず、深く腰掛けた。

 此処に至るまでに見た惨劇について、グターは一瞬だけ尋ねようか迷った。

 だけど、それは尋ねても詮無いことと気を取り直す。

 既に終わり、既に喪われたモノについて、尋ねるのは意味がない。

 それがもう、どうやっても取り戻せないこと…

 もう既に、目の前の青年が終わらせたこと…

 そして、青年が自分の行為を理解していることは。

 終わらせるしかなかったことは、グターにだって分かっていたのだから。

 ただ、この場の状況を…

 血に染まり、同族も異種族も関係なく終わらせたアシュルーの行為を…

 グターはただ、リンネにだけは知らせたくないと思った。

 このことは、自分が胸に全て納めてしまえば良い。

 どうせ、アシュルーもフェイルも、余計なことは言わない。

 リンネに伝えるかどうか、決めるのはグターだ。

 だからグターは、此処に起きた全てを口にしないことに決めた。

 自分が口を噤んでいれば、誰にも知られることなく、このことは闇に葬られるだろう。

 それで良いと、グターは決めた。


「それで、アー兄? 何を探していたのさ」

「あー…ガキには、関係ねぇ品だ。気にすんな」

 もう良いと言って、アシュルーが立ち上がる。

 未練を振り切る様に、彼は部屋を出て行こうとした。

 それに、グターの方が慌ててしまった。

 だって、見ていた。覚えている。

 正気を失って尚、アシュルーが必死に何かを探す姿。

 正気を失っていても、欲しい何かがあるのだと。

 グターに分からない筈がなかった。

「アー兄、待とうよ」

 困り果てたグターは、アシュルーの服を掴んで引き留める。

 手が、じっとりと血に塗れた。

「おい、止めろ。テメェまで血に汚れる」

「汚れは、洗えばいいよ。アー兄の服はもう駄目だと思うけど」

 捨てるしかないね、と物悲しそうにアシュルーの服を摘む。

「ああ? こんな時に洗濯の心配か?」

「心配するさ。血の汚れは落ちにくいんだからな。そんな格好で彷徨き回って、血に染まった服が見つかって、リンネが心配したらどうすんだよ! 問い詰められたくないんだよ、俺」

「テメェの心配の真意はそれか!」

 予想斜め上の心配に、アシュルーは吃驚して体勢を崩す。

 

 がごっ


 無意識に手をついた壁が、いきなり凹んだ。

「アー兄…」

「止めろ。そんな目で見るな。俺のせいじゃねぇ」

「馬鹿力にも程があるよ。今の、殴った訳じゃなくて、手をついただけだよね?」

「だから、止めろ。俺のせいじゃねぇって。元から壊れかけてたんだろ」

 壊した手応えじゃなかった。凹みを隠していた、板一枚を割った感触だった。


 …隠していた、凹み?


 二人はそっくり同じ表情で顔を見合わせ、同時に割れた板を取り除いた。

「隠し、棚…」

「あぁ、こりゃ探しても見つからないよね。残念、さっきまでのアー兄」

 グターは呑気な声で宣うが、アシュルーは呑気でなどいられない。

 恐る恐る、そこに収められていたモノを手に取った。

 沢山の、沢山の資料と…硝子の箱に入れられた小さな、骨。

 飾らない、葬られることの無かった、亡骸。

 それはあまりに小さくて、脆く見えた。

「骨が、たくさん…」

「魔族、魔族、魔族に竜人族。妖精族のモノも多いな」

 何となく二人で、隠し戸棚に収められた骨のケースを一つ一つ、床に下ろす。

 硝子に血が纏い付き、忌まわしい呪わしさで、骨を禍々しく彩った。

「アー兄、これ」

 収められた書類に目を通し、グターがアシュルーの袖を引く。

 問いかける眼差しに、グターは無言で書類を差し出した。

「………」

 書類にザッと目を通し、アシュルーは険しい目でグターを見下ろした。

「そんなに睨まなくても、誰にも言わないよ。俺は、何も見なかった。誰にも言わない」

「…そうか」

「うん。俺、今日は昼間遊びすぎて疲れてるんだ。早く寝て、今頃は夢の中の予定だよ」

「そうか。早寝早起き、御苦労なこった」

 アシュルーは口の端を釣り上げ、ぽんぽんとグターの頭を軽く叩いた。

 べっとりと血が付いた。

「アー兄ぃぃぃ…」

「…悪い」

「うえぇ。頭が生臭い。風呂入らなきゃ寝られないじゃん」

「だから、悪いっつっただろ」

 何でもないじゃれあいは、二人して、感情を誤魔化す為。

 言い切れないことも、言えないことも、言いたくないことも。

 そうやって、二人で呑み込んだ。


 何となく、グターは黙っていた。

 アシュルーは、手の中の資料を細かく読み進む。

「グー坊、8番と6番、それから19番のケースだ。探してくれ」

「うん。8、6、19の三つだね。…三つだけで、良いんだ?」

「ああ、頼む」

 無数に積み上げられた硝子のケースには、白い骨。

 種族関係無しに収められ、様々な形状の骨が収められている。

「6番」

 ケースの中には、竜人族の骨。

 ケースに記された番号の下には、男性の名前が一つ。

「8番」

 ケースの中には、魔族の骨。

 ケースに記された番号の下には、女性の名前が一つ。

「…19番」

 ケースの中には、魔族とも竜人族とも知れぬ、だがどちらの特徴も有する骨。

 ケースに記された番号の下には、名前がない。

「本当に、これだけで良いの?」

「ああ。これだけで充分だ」

 アシュルーは微笑んで、三つのケースを腕に抱えた。

 いつもの剛毅な笑みとは違う、擦り切れてしまいそうな、掠れた笑み。

 元気のない笑顔は別人の様で、グターはやりきれない。

「俺、先に行くよ。入り口の所で待ってる」

「ああ。先に行ってろ。それ程、待たせはしねぇよ」

 グターの姿が消えて、足音が遠ざかって。

 アシュルーは腕の中、ケースの上に顔を埋めた。

「はじめまして、父さん。はじめまして、母さん。はじめまして…」

 

 アシュルーは、生まれて初めて泣いた。

 少なくとも、記憶にある限りでは。

 この夜、初めて涙を流し、暫し慟哭の嘆きに身を浸した。

 零れる涙が、ケースに付いた血を洗い落とすまで。





洗濯論争、続き。


「アー兄、これから殴り込みの時は、赤黒い服か黒い服でしてね」

「あぁ? なんでだ」

「その方が、血に染まっても誤魔化せるじゃん」

「テメェ…そんなに洗濯が気になんのかよ」

「当たり前。血汚れって落ちにくいんだよ。リンネが怒る」

「お前、本当にそればっかりだよな…」

「むしろ、アー兄はいつ血塗れになっても良いように、

常に黒ずくめでいるべきだと思うんだけど、俺」

「俺は黒子か!」

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