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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
番外 青年達の決着
28/193

奈落の谷底(※残酷表現有り)

作中、残酷と思われる表現が御座います。

血とか、死とか、なんとか。

苦手だなぁと思われる方は読み飛ばすなり、引き返すなり。

自己判断でお願いします。

 口を開けた奈落の底は、彼等の姿を呑み込んで。

 凄惨にして醜悪な、混沌の姿を現した。



 己の『生まれ故郷』に初めて足を踏み入れたアシュルーの足取りは、軽い。

 その胸の内に渦巻く、煮えたぎる溶岩の様に熱く蠢く感情とは裏腹に。

 彼は『此処』に、全てを葬りに来たのだ。

 彼は『此処』に、己の過去を葬りに来たのだ。

 彼は『此処』に、己を生み出した、親も、仇も、滅ぼしに来たのだ。

 未だこの場に繋がれる、鎖の全てを裁ち切りに。

 醜き者共を血祭りに上げ、憐れな者共に死の軛という救いを与える為に。

 彼は、全てを破壊する為に、奈落の正体を暴く為に踏み入ったのだ。

 その胸に踊る感情は、血と、暴力に飢えている。


 今まで己を見失ったことなど無かった筈の彼は、奈落へ一歩一歩と進むごとに心が暗闇へ沈んでいくのを感じていた。己を見失い、心が緩やかに壊れていくのを感じていた。

 だが、それすらも構わなかった。

 『此処』に、終わりをもたらせられるのならば。

 『此処』を終わらせるのは、誰にも譲れない、アシュルーの役目なのだから。


 軽やかな足取りで階段を駆け下り、奈落の底を見た時、アシュルーは笑みを零していた。

 狂気に彩られた、壊れた笑みだった。

 道なりに連なる、特殊な牢獄。

 地上の『奴隷市場』よりも勝る拘束力と、悲惨な『奴隷』達。

 中に繋がれた者達は、強靱な肉体、優れた生命力故に、死ぬことすらできずに藻掻いている。

 此処は、『奴隷』同士を掛け合わせ、強引に新たな生命を作り出していた場所。

 生命を弄び、様々な種族のモノを好奇心のままに切り刻んでいた場所。

 奧へと続く道は、暗澹たる世界へと繋がっている様に見える。

 暗く翳って見えない場所は、アシュルーの狂気が隠しているのだろうか。

 それとも、なけなしの正気が、見たくないと目隠しをしているのだろうか。

 それも、アシュルーにとってはどちらでも良かった。

 この場に決着を付け、全てを闇に葬ることができるのならば。

 アシュルーは、全てを殺し、壊すだけ。


「ははっ お前、まだこんな所に繋がれていたのかよ」


 不意に、牢の一つに見知った姿を見つけた。

 嘗て、幾度となく闘技場で殺し合った、自分と同じ闘技奴隷だったモノ。

 見る影もなく壊れ、心など何処にも残っていない様な、肉塊。

 心を手放し、肉体だけが生きている姿に、喉の奥が震える。

 堪えきれずに漏れた声は、嘲笑。

 嘲笑う声が、自分でも耳障りで、何故だか笑いがこみ上げてきた。

 アシュルーは力任せに牢を壊し、肉塊へとゆっくり近づく。

 嗚呼、解放してやらなければ。

 どうせ、もう、心は戻ってこない。

 壊れてしまった精神は、光を取り戻すことはない。

 正気を失い、全てを失い、強靱な肉体すらも失った、憐れな肉塊。

 『人間』共の好奇心と嗜虐心、欲望のままに壊された者達は、二度と元には戻らない。

 もう元に戻らないのならば、どうするのが相応しいだろう?

 肉体だけの生を、無為に長引かせてやるのは、可哀想なだけではないか?


 --ならば、終わらせてやるのが、『此処』に生まれた俺の役割だろう…?


 終わりを求めながらも終わることなく、苦痛の果てに壊れた者達。

 壊れたまま元に戻れないのなら、もっと壊して終わらせてやるだけ。

 アシュルーは、全てを壊したくて堪らない。

 その感情、欲求の赴くまま、行動することに躊躇いはなかった。

 彼は足下の肉塊へと、足を振り上げ--振り下ろした。

 力のまま、勢いを付けて。

 六種族で最も猛々しい肉体を持つ、竜人族。

 半分だけとはいえ、アシュルーはその血を引いている。

 片親から継いだ彼の剛力は、容易く生き物の肉体を踏み砕いた。

 ぐちゃりと潰れ、血が飛び散る。

 アシュルーの足が、赤く染まった。温かい、生命の赤だった。

 最早生きているとは言えないのに、肉体は確かに生きていて。

 流れ出る血が温かいことに、アシュルーの口からは更に笑いが零れた。

 壊れていた。

 全てが、『此処』では壊れていた。

 『此処』に足を踏み入れた、『此処』の申し子たるアシュルーの心でさえも。

 …肉塊は悲鳴も呻きもなく、引きつれた呼吸を一つ零し…その命を終わらせた。


 滴る血の雫は、アシュルーの進む道に標を付ける。

 その後を追う者がいたことに、アシュルーは気付かなかった。

 常であれば気付いただろう。

 だが、今の彼は、周囲へ気を配れない程に、壊れていたので。

 知らない内にアシュルーを止める役目を担わされ、グターは恐る恐る進んでいた。

「うぅ…っ なんだよ、此処! ホラーか? ホラーなのか?」

 題するならば、『惨劇の研究室』…というのが、少年の感想だった。

 それはあながち間違いでもない。

 滴る鮮血と、新鮮な『死』の匂い。

 どう考えても、殺されたばかりの肉塊…『死体』の数々。

 誰がこの惨状を生み出したのか?

 半ば気付いていながらも、少年はそれを考えない様に務めた。

 見たくないモノから目を逸らし、考えたくないことには目を塞ぐ。

 そうしていなければ、気が狂いそうだった。

「アー兄…どこにいるんだよぅ…」

 少年の声は、泣きそうだった。

 彼が涙目になり、足取りが怯えたモノとなっても、誰も責められない。

 覚悟もないまま、一人肝試し(会場は新鮮な惨劇現場)をする羽目になった少年。

 それでも彼は、怯みつつも奧を目指して進んだ。

 その足取りは、おぞましいモノを見たくないが故に早足で。

 立ち止まろうとも、引き返そうともしない。

 一度約束したことは必ず守るのが、少年の信念の一つであった。

 フェイルに、必ずと約束したのだから…

 …彼は、目的を果たすまで、戻ることはない。

 彼は恐ろしさを隠すこともなく、生々しい死臭と血の香の中を進んだ。


 壊れて狂いかけた、アシュルーの姿を求め…奈落の底へと。

 彼は、行く。



 


 壊れたとは知らず、アシュルーを追うグター。

 グターに気付かず、仄暗い血祭りを開催するアシュルー。

 二人が遭遇した時、グターはどうなってしまうのか……?


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