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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
番外 青年達の決着
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フェイルの懸念

羽根の人、フェイルの視点。


『奴隷市場』、主人公達の手によって襲撃中。




 フェイルは、物心付いた時には『奴隷市場』にいた。

 それは、アシュルーも同じで。


 フェイルは、『奴隷市場』で育った。

 それも、アシュルーと同じで。


 フェイルは、あまりの稀少な姿故に値が吊り上がり、買い手が付かなかった。

 まるで鑑賞専用の如き扱いで特別誂えの鳥籠に囚われ、見せ物となる毎日だった。

 それだけは、アシュルーと違った。


 彼は、『奴隷市場』で生まれ、『奴隷市場』で育った。

 フェイルとは違う、生粋の『奴隷市場』の子。

 アシュルーは、闘技場で闘技奴隷となることが生まれる前から決まっていた。

 その為だけに、より肉体的に強い『奴隷』を生み出そうとした『人間』がいた。

 アシュルーは強い『奴隷』とする為だけに、竜人族と魔族を強引に掛け合わせて生まれた。

 何十人と強引に作られた子供達の中で、数少ない、『人間』の望んだ成功作。

 その、最初の一人だった。



 フェイルは上空から、以前の巣である『奴隷市場』を俯瞰する。

 永続的に囚われ続けるものと諦めていた、かつての日常が変わらずそこにある。

 忌々しくも、懐かしさを思い起こさせる。

 思えば、フェイルにとってそこは『日常』であり、他の魔族の様に『地獄』ではなかった。

 何故ならば、かつての自分は、彼処以外の『日常』を知らなかったのだから。

 記憶にある最初から、最後まで、自分はずっと着飾った姿で鳥籠の中。

 正しく己は、観賞用の小鳥として扱われていた。

 『奴隷市場』の客引きとして。

 その為、手荒な扱いを受けた記憶はない。

 ただ、侮蔑されていることは知っていた。

 それでいて、己は周囲の何も気にしていなかったのだ。

 恐らく自分は無意識に、外の世界と鳥籠の中を切り離していたのだと思う。

 今では、かつての己を侮蔑した『人間』共を逆に軽蔑している。

 そんな自分に気付いていて、フェイルは満足げに笑っていた。


 上空から見下ろすことで、彼は『奴隷市場』の全てを見下していた。

 だから、異変に気付いたのはフェイルが最初だった。


「んむ?」

 まだ作戦決行までは時間があるというのに、やけに下界が騒がしかった。

 さてはアシュルーかマゼラが暴走して、先走ったかと苦笑する。

 何しろ此処は、自分達の出会いの場であると同時に、囚われていた場所でもある。

 フェイル自身はそれ程でもなかったが、他の二人はこの場に対して思うところが山の様にあるのだろう。特に、捕らえられた時に親兄弟を殺されたというマゼラなどは。

 己の身に降りかかった『地獄』の象徴とも言える場所を前に、己を抑えておくことは難しい。

「仕方のない奴らよのぅ…」

 見下ろす景色の中、爆音も爆炎も煙も上がっていない。

 では、暴れているのはアシュルーか。

 心の中では断定しつつ、一応の確認を取っておくことにした。


 騒ぎの中心にこそ、その姿があるだろうと思っていた。

 しかしフェイルがアシュルーを見つけたのは、中心から遠く離れた端の方。

 アシュルーは、どうやって登ったものか、闘技場の外壁の上にいた。

 そこで呑気に、昼寝している。

「起きよ、アシュルー」

 小突いてみる。

 起きない。

 なんとなく、背に負った矢筒から矢を取り出し、振りかぶって…

「待て! 起きっから、それは待て!」

「うむ。よく寝ていたので、つい…な」

「お前のつい、怖ぇよ。ったく。こっちは嬢ちゃんに薬盛られたせいで眠ぃってのに」

「む? あの薬は即効性の分、効き目は後を引かないはずだが」

「…お前が薬の入手元か」

 アシュルーはじっとりとした目でフェイルを睨むが、フェイルは何処吹く風の様相だ。

「それよりも何故、そなたはこのようなところで午睡などしておる」

「お前、相変ーらず、自分の言いてぇことしか言わねぇよな」

「『奴隷市場』の襲撃が既に始まっておる故、そなたが原因かと思うたのだが」

「は!? 待て! 俺、何も知らねぇぞ。いつ計画が早まったんだよ」

 ギョッとしてアシュルーが身を起こし、きょろきょろと『奴隷市場』を見下ろす。

 すると遠くの方、牢獄施設の方で微かに煙が上がっていることに気付いた。

「あぁ!? マジで何かあってやがる!!」

 アシュルーは素早く外壁から飛び降りると、身軽な仕草で怪我一つ無く着地する。

 そのまま脇目もふらずに走り出そうとするが、ギラッとフェイルを睨み上げた。

「どうせマゼラの野郎が何かやったに決まってる。お前、ちょっと見てこい!」

「人使いが荒いな」

 走り去るアシュルーの背に、何となく暴走したのが彼でなくて良かったとフェイルは安心した。


 この場でアシュルーが我を忘れ、暴走すること。

 それがフェイルには一番の懸念であった。

 此処に対するしがらみは、誰よりもアシュルーを縛っている。

 過去の因縁に囚われてアシュルーが暴れ出せば、それは『人間』か否かの関係も無く、全てを破壊しつくす暴風と化す様な気がしていたのだ。きっとただ暴れただけでは済まず、全てを更地へ戻し、『奴隷市場』の公にできぬ暗部の全てを燃やし尽くしていただろう。

 彼は、怒りに身を任せて同族であろうと容赦なく殺すかもしれない。

 確実に、『人間』は根絶やしにしようとするだろう。

 此処に残される何に、使い道があるかも分からぬというのに。

 懸念がただの心配で済めば良いが、それはあまりに笑えぬ予想で。

 フェイルは口にこそ出さなかったが、アシュルーのことを心配していた。

 彼の理性が保たれる様、神に願ってすらいた。

 それがただの懸念で済んでいる内に、もしかしたら全てが終わるかもしれない。

 空を飛ぶフェイルには、煙が胴元の屋敷を取り巻いている様子がよく見えた。

 アシュルーが手を出す余地もないままに、混乱が終局すること。

 そして関与せずに済む内に、全てが終わっていること。

 そのことを願い、誰が起こしているとも知れぬ、『奴隷市場』の混乱を応援した。

 場を騒乱で掻き乱している、何者かを応援した。

 本来は自分達の獲物を横取りし、手柄を奪った何者かを非難しなければならない立場であったが。

 それでもフェイルは、誰とも知れぬ『誰か』を応援したのだ。


 それから気を取り直して、フェイルはマゼラを探す。

 探し出したマゼラもまた、予想外の展開で混乱した。

 マゼラと連れだって向かった先は、胴元の屋敷。

 既に沈静化した騒ぎの結果を知る為、二人はアシュルーの後を追った。

 そうして見つけたのは、留守番を申し渡したはずの二人。

 彼等三人で庇護する、可愛い子供達。

 戦う力のない筈の彼等が屋敷を占拠し、全てを終わらせていたと知って、唖然とした。

 そして自分達と同じく唖然として固まっているアシュルーを発見し…


 フェイルは、らしくなく大声で笑ってしまったのだった。





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