20.どうせ赤く染まるなら
後半、赤い祭りを連呼しています。
詳しい描写は省いていますが、苦手な方はご注意下さい。
どうせ既に詰め所を一つ赤黒く染め上げている。
今更ながらに思い至った、私は鈍いのかもしれない。
既に行動を起こしている以上、私達はとっくに動かなければならない状況になっていたのだ
それに気付くのが遅かった自分を嘲笑い、私達は蜂起した。
取り敢えず、戦力増強を図る為、私達は他の檻を開けて回ることにした。
こそこそ隠れながら牢を開けて回るチームと、『人間』との戦闘及び攪乱をするチーム、それから非戦闘員による待機チームの三つに人数を割り振る。
戦闘チームには、私達のいる施設の中を駈け回り、敵の目を惹きつけつつ、無理をしない程度の戦闘をお願いすることにした。最初は目立たない様に闇討ちして回る方針だが、一度見つかってしまったら盛大に目立って良いと許可を出しておく。目立ってしまった後なら、派手な魔法で『人間』を一気に吹っ飛ばしても良いかと無邪気に尋ねられたが、そんなことをして建物が倒壊→生き埋めになってしまったら洒落にならないので、一応の制限も付けておく。
牢を開ける解放チームは、最初は戦闘チームと一緒に他の牢へ向かう。
牢を二つ三つ開放してから、戦闘チームとは別れる予定だ。
そうなると解放チームの戦力不足が心配になるが、どうせ行く先々で人員補充していくことになる。行く先々で新たな戦闘チームを編成し、新しい戦闘チームができる順に、古い戦闘チームを施設の中に放つことにした。牢を開ければ開ける程、私達の味方が増えるのだから、張り切って解放する必要がある。
待機チームは、連れて行っても足手纏いにしかならない者達から成る。
彼等は魔法を使って自衛はできるが、自ら戦いに赴くには不安の残る人達だ。
どの牢にも、きっと戦闘に向かない者はいる。
そういった者達を連れて回るには、戦場になるここは危険すぎる。
そこで私達は相談した結果、首枷を外して魔力を解放した上で、自ら牢に閉じこもって貰うことにした。わざわざ自由になった後で牢にいて貰うのは申し訳ないが、ある意味、此処が一番安全だ。
牢の中に敵を入れさえしなければ、捕まることはない。最初から捕まっているとも言えるけれど。だが、防御魔法で飛び道具を弾き返せるようになれば、牢にいる限り『人間』に危害を加えられることもないし、人質にされる心配もない。『人間』の武器さえ、跳ね返せるならば。
彼等には『奴隷市場』を制圧した後で、改めて解放に来ることを固く約束した。
出来る限り牢の鍵は回収していく予定ではあるが、もしかしたら鍵を持っていて入ってこようとする『人間』もいるかもしれない。その時は躊躇わずに魔法で攻撃する様に念を押し、再会を約した。
ちなみに私とアイツの編成は、解放チームだ。
何故か妖精の少年もいる。
「リンネ、俺達はずっと一緒だろ。お前のことは、俺が体を張ってでも守るから!」
「あ、グター君、言い切りますね!? 及ばずながら、リンネさん、僕にも貴女を守らせて下さい」
アイツも妖精の少年も私から離れないと宣言し、私を守ると決めた様だ。
攻撃魔法の使えない私としては助かるが、自分の身もちゃんと守る様に注意した。
妖精の少年も、わざわざ危ない橋を渡ることはないのに。
私が解放チームの一員となったのは、必然だった。
何故なら、私が個人の資質を見極め、編成を考えなければならないから。
私の隣で「さすがだ!」と目を輝かせるアイツに肘鉄を食らわせ、溜息を一つ。
そんな悠長な事を言っている場合か、この馬鹿。
私はせめてもの道連れに、言を弄してアイツの存在を目立たせた。
最初にアイツが鍵を壊した功績は、皆の印象にも新しい。
加えて、ちゃっかりとこの場で『建国』案の概要を売り込んでみる。
今の状況下だからこそ、私達が来て『奴隷市場』の流れが変わった事実があるからこそ、何人もの魔族が興味深そうに拝聴してくれる。私の話に、考える素振りを見せる。
その発案者にて旗印は、アイツだと。リーダーにして指導者はアイツだと、精一杯主張する。
何となく皆がアイツを一目置いた視線で見る様になり、私は額の汗を拭ってしっかりした手応えに拳を握った。未だ何も終わっていないのに、やり遂げた気分で一杯になる。
よし、アイツの「栄光の道」最初の一歩は中々の出だしとなったようだ。
これで『奴隷解放』の実績が加われば、仲間になろうと考える者も増えるだろう。
この後は、精々アイツのボロが出ない様に注意することとしよう。
詰め所の襲撃を担当させた八人を、正式に荒事担当戦闘チームに任命する。
首枷を外した魔族と妖精族の中から、援護役の後衛として、更に四人を選出する。
妖精族と年長で度胸の据わった魔族の子供から選び出したのだけれど、彼等も自由を得る為の戦いという名目で意気高揚としている。選ばれた子供は全員男の子だったので、ヤンチャ魂に火がついたのかもしれない。無謀な行動に走る心配はあるが、今はこのやる気が良い方向へ向かうことを祈った。
「おねがい。みんなを助ける為にも、頑張って。貴方達にかかっているの」
無茶をお願いする心苦しさから、私は彼等一人一人の手を握り、激励する。
申し訳なさから、つい、弱々しい口調になってしまう。
これじゃいけないと思いつつも、窺う様な目で見てしまった。せめて、視線は外すまい。
何故か、私の横でアイツが面白くなさそうな顔をしている。先刻までの明るさはどこに?
私が「お願い」をした男の子達は、アイツが睨むのが怖いのか、私から視線を逸らしてしまう。
もう。お願いする立場なのに、こんな失礼な態度を取るなんて。
後でアイツにはお仕置きだな、と思いつつ、私は男の子達に愛想笑いを向ける。
…何故か、彼等の顔は赤かった。
戦いの場へ向かう緊張か、興奮か。それとも獄中暮らしで体調を崩したのか。
ほんの少しだけ心配になったけれど、彼等は私の心配に「大丈夫だから!」と言い切って、何故か私の手を振り払う様にして走っていった。
そんなに、私に手を握られていたくはなかったのだろうか。
もしかしたら、自分の手に汗が滲んでいたことを気にしたのかもしれない。
緊張しているだろう彼等の手が汗をかいていても、別に私は気にしないのに。
「…お前、ほんっとうに鈍いよな。今は、いいけど」
拗ねた様に呟くアイツが、小さく鼻を鳴らした。
本当に不機嫌みたいだけれど、そんなにお仕置きされたいのだろうか?
直接戦闘が特に得意な者を先行させ、行く先々で鮮血の祭りが開催される。
開き直った魔族は、色々と危険な存在です。
そして今、私も開き直っています。
最初は目立たぬ様、なるべく気付かれない様にこっそり増員を図るつもりだったのに。
久々の開放感からか、戦闘チームの皆さんは容赦がなかった。
そして手加減ができなかった。
結果として、派手な騒音付の戦闘が繰り広げられ、あっと言う間に目立ってしまった。
まだ解放チームと別れぬ内から、敵を引きつけてどうする。
お陰で私の計画は少々狂い、解放チームはあくまで目立たず暗躍するはずが、全員一丸となって行く先々を強行突破で制圧する、全力での力押しに路線を変更せざる得ません。
ええ、私達は開き直るしかなかったのです。
私の回復魔法と補助魔法と、魔力を取り戻した魔族達の魔法が大活躍でした。
行く先々で、石造りの建物は粘り気のある赤に染まっていきます。
私達の歩く跡は、例外なく赤い道程へと姿を変えました。
まるで真っ赤な絨毯を敷いた様…では、ないですね。壁も天井もどす黒く赤いです。
どうせ後でお兄さんの手によって、此処は赤く染まることが決まっていた。
それが少し早まって、鮮血祭りの開催者が変わっても結果は同じだろう。
開催地は同じだし、被害者も変わらないし。
魔族は得意ですからね、血祭り。
魔族に妖精族に竜人族と、数を揃えているお陰で、中々にインパクトの強い『祭り会場』へと『奴隷市場』が姿を変えていきます。お兄さんでなくとも血祭りはできる。それが効率的か否か、個人が圧倒的武力を持つか否かの違いしかない。
手段が違えど、結果さえ得られれば構うまいと、開き直った私は自分に言い聞かせる。
そうやって自分を誤魔化していなければ、強烈すぎる惨劇現場に泣きそうだった。
今まで『人間』達が沢山の魔族や妖精を従えて平然としていられたのは、彼等が私達の魔力を封じる手段を持っていたからに他ならない。そして、私達が集団で固まって戦う戦法を持っていなかったから。
考え方一つでここまで変わるのかと、魔族達は吃驚している。
専守防衛主義の妖精達も、今まであまり注意を払っていなかった「数の力」に驚いている。
本当に何故、私達はこんな簡単なことに今まで気付かなかったのだろう。
いきすぎた個人主義は、種としての個の強さから。
あまり一人で強すぎるのも考えももの。他と協力する発想が、本当に誰にもなかった。
個で弱い、『人間』種族以外。
彼等は弱いからこそ団結し、一人の魔族に対して十人以上で向かってくる。
普段であれば、その人数差によって魔族を一人ずつ捕まえてきた『人間』達。
だけど今、私達は団結している。
きっと、魔族で初めて、団結している。
その力は、身の守りは堅く、何倍もの人数で向かってきても、互いに補い合うことを覚えた魔族を圧倒することはできない。冷静に一人一人潰していく余裕を持てる様になった魔族達は、笑う余力さえあった。竜人族の戦士が特攻をかければ、魔法で援護し、複数の『人間』に押し込められようとしている仲間がいれば、こちらも複数で助けに入る。そういう『人間』にとっては当たり前で、私達魔族や妖精族にとっては知らなかったこと。それを考えざるを得ない状況に追い込んだのは、『人間』達自身だ。
それを実行できる様になれば、私達は以前アイツが言っていたとおり、『無敵』だった。
改めて、『建国』することの意義が見えてきた気がする。
皆で力を合わせることが、こんなに素晴らしいことだと、今まで実感していなかった。
今この場で私達と共にいる、他の者達もそうだろう。
予想以上の戦績に、彼等の顔は明るかった。
ただ、やりすぎる傾向が、少し気になる。
わざとではないのだろうが、凄惨すぎる惨劇に、本人達も首を捻っていた。
その仕草はあまりに無邪気で、見ていて背筋が凍りそうだった。
この日、惨劇の主役となるはずだったお兄さん。
彼の到着を待たずして、『奴隷市場』の一角が血に染まった。
溢れ出さんばかりの『解放奴隷』達によって制圧された施設は瓦解し、私達が先導となって『奴隷市場』を仕切る胴元の屋敷へと雪崩れ込んだ。
計画の決行を前に派手な動きを見せた私達。
慌てたお兄さん達が突入してきた時には、あまりにも遅く。
私が手綱を握る『解放奴隷』達は、生かしたまま胴元及び『奴隷市場』を運営していた幹部達の身柄を抑えることに成功していたのだった。
お兄さん達、活躍の機会がないまま奴隷解放編、終了?




