18.鍵強盗
色々悩んだ挙げ句、結局奴隷達を解放して回ることにした私達。
先ずは解放するにも、一々毒なんて危険物は使っていられないので、私達は檻と枷の鍵を入手することにした。幸い、枷に使われている錠は全て同じ鍵で開くそうだ。鍵束一つ手に入れれば、随分と今後が楽になるだろう。私達はほんの数日だが檻の先輩に当る少年や、他の囚われ人な皆様に入念に聞き込みを行い、鍵の保管場所と奪い方について話し合った。
上手くいけば自由の身になれるだけあって、檻の皆さんはとても協力的だ。
自分達の努力で自由を得られる状況への張り合いで、彼等の瞳は活力を取り戻している。
本来はもっと荒っぽい救出方法となっていたはずだが、自分達の努力が少なくて済むソレよりも、もしかしたら自分達で動く状況となった今の方が、無気力になっていた人達には良かったのかもしれない。
項垂れ、諦めの中で腐っていた皆さんだけど、誰も好きこのんで腐っていた訳ではないし、望んで囚われている訳でもない。やはり何より得難い自由がすぐ側にある状況下、彼等は少年の様に活き活きしていた。
…悪戯好きな妖精や、乱闘好きな魔族が、悪乗りしてはしゃいでいる訳じゃないと願いたい。
さて、手は自由となった私達だが、実は首枷の方は未だ外れていない。
そもそも、魔力封じの首枷が外れていたら、一々鍵など求めていない。
何しろ、魔法の得意な魔族と妖精族。魔法さえ使えれば、こちらのモノだ。
牢など、手枷の鍵など、こっそり吹き飛ばせばいいのだから。
手枷を壊したのと同じ方法で首枷を壊そうにも、角度の問題でどうしても毒が零れ落ちる危険性が高い。
流石にコレはグターも試す度胸が持てない程の難易度。
私達も大人しく諦め、地道に鍵を手に入れて首枷を外すしかない。
此処から一番近い詰め所に、此処の牢専用の鍵束があるという有力な情報も入った。
やはりここは、こっそり忍び込む等という特殊技能を持つ者がいない以上、襲うのが一番か。
それが一番、何だかんだで魔族の性に合っている。そして此処にいるのは、八割が魔族だ。
だが、あまり大勢で行くと収拾がつかなくなるし、はっきり言って邪魔になる。
やはり魔族の本領は、少数精鋭。
大人数では、巻き添えになる怖れがあった。主に味方の武力の。
詰め所を襲撃して、被害と騒ぎを抑える為には、電光石火。迅速な行動が求められる。
ざっくり言ってしまえば、一撃必殺で声を出す暇も持たせず仕留められる素早さが。
それは無茶振りの類の様な気がしたか、幸か不幸か、この場に人材が揃っていた。
この場に、魔法無しでも戦闘に有効な技能と実力を持ち合わせた人材が、何と十人弱。
だけど魔法無しでは戦えない者が、その倍以上、いた。
優れた身体能力を限界まで引き出す、鍛え抜かれた武術を得意とする、竜人族が二人。
純粋な体技のみなら、大陸最強。身体強化の術を使い、岩山でも切り裂くと言われている。
…ちなみに、此処には『人間』に上手いこと騙されて連れてこられたらしい。
騙されたことに気付いた時には檻の中だったと言うから、噂に聞く彼等の騙されやすさは本物らしい。
筋金入りの武人であることと同時に、騙されやすさが有名になるだけある。
精霊との親和性が高く、願うだけで自然の力を借りることができると言われる妖精族が五人。
その中で、直接戦闘に参加できるだけの素養と経験がある者は、一人。
体重が見かけの五分の一しかないという身軽な体を活かした軽業的な素早さは、攪乱するにも先手を打つにも充分に活用できると、本人が自信満々に主張する。それは誇張ではなく、経験に裏打ちされた冷静な自己分析に基づいているようだ。竜人族も太鼓判を押していたし、きっと大丈夫だろう。
そして残りの二十九人は、私達と同じ魔族だ。
魔族は魔力も高いが身体能力も高いので、肉弾戦も苦手じゃないという、戦闘に関してはバランスが良い種族だ。流石にお兄さんの様な反則的身体能力の化け物はいなかったが。
大人であれば、それなりに戦士としての実力を持っているのが魔族の強み。
但しそれも、大人であれば、という注釈が付くのだが。
今この場の、二十九人中、大人は六人。
残り二十三人は、全て私達と同年代か、年下の子供達だった。
戦えるだけの人数が、十人弱、いる。
だけど子供はその、倍以上。
魔族の子供はそんなに強くない。大人になれば強いのだが、子供の内は庇護の対象だ。
そんな子供達を守りながら行動しなければならないという状況は、中々難しい気もした。
何しろ大人一人につき、最低でも二人の子供を守らなければならないのだから。
だけど皆、楽天的に笑う。
何とかなると、笑う。何とかすると、豪語する。
出たな。特殊な状況下で発揮される、魔族の超前向きポジティブ思考。
極限に追い込まれれば追い込まれる程、現実逃避なのか精神を守ろうとする防御機構なのか、魔族は何故か前向きになる。楽天的になる。アイツは普段から前向きの楽天家だけど、他の慎重な魔族も、追い込まれればアイツと似たり寄ったりの思考に辿り着くのだから恐ろしい。ある意味、アイツは魔族の本質を体現する存在なのかもしれないと思わせるくらいだ。
そう、こんな時の、魔族の行動パターンは大体決まっている。
カラッと笑って、「何とかなるだろ」。
緊張感を持て余して、勢いだけで突撃。だけど、その勢いが全てを巻き込む程、凄まじい。
そして突撃した勢いで、その勢いだけで…どんな逆境も乗り越え、目的を達してしまうのだ。
偶に、魔族は勢いだけで生きているのではないかと思う。
そんな生き方をしているから、逆に勢い任せで来られると、容易く蹴散らされてしまうのだけど。
試しに、私は全員の中から厳選した八人に言ってみた。
「敵に声を上げされることもなく、一瞬で殲滅してこい」と、詰め所を指差して。
結果は…なんというか、半ば、予想通り…だったのかも、しれない。
そう、何となく、こうなる予感が強かったから言ってみたのだけれど。
私が突撃を命じた、肉弾戦に強い魔族と竜人族の混合八人組。
彼等は私の予想に違わず、怒濤の勢いで、しかし静かに素早く詰め所へと押し入り…
『人間』が助けを呼ぶ暇もなく、彼等は見張りを闇に葬り去ったのだった。
押し入り強盗も驚きの手際の良さで。
私は思わず、彼等の前歴を盗賊ではないかと疑ってしまった。
それ程に、素晴らしく無駄のない強奪シーンだった。
ちなみに、押し入られた先の詰め所に、生存者はいない。
所要時間、僅か一分二十秒。
予想以上の短時間で、彼等は詰め所を蹂躙してみせた。幾ら相手が油断していたと言っても、早すぎでは無かろうか。魔法を封じられているというのに、そんなに余裕の戦力差なのか。今まで本当に、彼等は単独行動が故に捕まっていただけなのではないだろうか。ちょっと仲間と連携を取る様に指示しただけで、驚きの戦果を上げてくれる。詰め所にいたはずの『人間』は、情報に寄れば二十人近い。それだけの人数がいる詰め所を、流石に一人で一度に殲滅するのは難しかっただろう。だが、八人で行けばあっと言う間なのか。
血にまみれた姿で、私達に向かって鍵束を振りかざし、「獲ったどー」と叫んだ彼等。
その明るい良い笑顔は…私の脳裏に、強く焼き付いた。
不条理な現実に対する、若干のやるせなさと共に。
勢いだけで全てをやり遂げてしまう人なんて、いつか失敗するに違いない。
私は、心の中でうっすらとそんな心配をして、自分の心のもやもやを誤魔化した。
主人公は、勢いの行動を全てグターに任せて生きてきたので、自分自身が勢いで行動するのはちょっとだけ苦手に思っています。




