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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
奴隷解放
20/193

17.毒

 何故かいつの間にやら手枷から自由になっていたアイツ。

 その理由をきっちり追求しないことには、私の混乱は収まりそうにない。


 問い詰める私に、アイツは頬を指で掻きながら、視線を彷徨わせる。

「あのな、アー兄に教えて貰ったんだ。手枷と首枷の外し方。というか、鍵の壊し方? それと、この『奴隷市場』のざっとした見取り図と…あと、人目につかない抜け道も幾つか」

「え。なんで。私、それ、教えて貰ってない」

「んー…なんか、一応の用心ってヤツだったみたいだ。『奴隷市場』の近くは『人間』に捕まる危険が多いから、念の為に覚えておけって。なんかリンネが忙しく走り回ってて教える暇がないから、俺に教える事にしたんだってさ。どうせ俺とお前、逃げるにも捕まるにも二人セットだろうからって」

「何その先見…! お兄さん、勘は良かったけど、そんなに予測とかする方だっけ?」

 お兄さんの癖に、何たる用意周到さ。

 あまりに吃驚して、素直に驚いてしまった。


 試しに鍵の外し方を実演してみて、と言って私が手枷を差し出してみたら、アイツは自分の髪の毛を一本だけ抜いて、鍵穴の中に差し込んだ。何をやるつもりかと、私がハラハラ見ている前で、アイツは私には想像もつかなかった裏技をやってのける。

 鍵穴に髪の毛を差し込んだ後、アイツが懐から取り出したのは、私には見覚えのない瓶だった。手の平に隠せる程小さくはないが、体に沿う平べったい形状は、服の下に隠しやすそうに見える。瓶の仲には透明な液体が入っており、私には何だか分からない。

 アイツはその小瓶から、一滴の雫を鍵穴へと垂らした。

「グター、それなに?」

「これ? 毒」

 な、なんだと!?

 いつもの如くあっさり言い放つアイツに、私と、隣で見ていた妖精少年がずざざっと後退る。

 というか、私、私の手枷に垂らしたんだけど、アイツ!

 小瓶の中身が何なのか、事前に言えよ…!!

「な、なんで、毒!? 何の毒!?」

「大丈夫だって。触んなきゃ無害だから」

「それは触ったら危ないってことでしょ!」

 アイツはどうして、そんな物を持っているんだろう。危険物なんて持ち歩く奴じゃなかったのに。

「これ、鍵開け用にってアー兄がくれたんだけど、用意したのはフェイ兄な。無機物には間接的にしか効果が出せないらしいんだけど、生物が触れたらドロドロに溶けて腐蝕するんだって」

「思いっきり簡単に言ってるけど、とんでもないこと言ってる…! 何を言ってるのか、意味、自分でちゃんと理解してるの!? 腐蝕って、物凄く怖いからぁ!!」

 思わぬ事態に、私は涙目です。

 アイツは物凄く簡単に手枷へ毒を垂らしてくれました。だけど三㎝もずれていたら私の手に接触していたのかと思うと、自分の手が溶けて腐る想像をしてしまい、私の頭はどうしようもなく掻き乱されていた。

 ああ、アイツの思い切りの良さと、チャレンジ精神だけは真似したくない…!

「大丈夫だって! ちゃんと当たらなかったろ、手」

「それ、結果論! 今にも手枷から漏れだしてきたら、どう責任取るの!?」

「大丈夫。責任ならいつだって取るから」

「無責任なまでに軽いぃ…!」

 こんなに駄々っ子の如く、アイツに当たり散らすのも久しぶりだ。八つ当たりじゃなく、正統な権利として当たっているので遠慮は要らない。アイツの首も絞めてしまおうか。

「まあまあ、落ち着けよ、リンネ。三分の我慢だ。その毒、揮発性が凄まじく高いとかで、外気に触れて三分もすると毒性が全くなくなるって言ってたから。フェイ兄が」

「フェイルさんも、なんでそんな毒なんて持ってるの…!? どのくらい溜め込んでるの…!!」

 私の脳裏に、一週間くらい前の羽根の人が浮かびます。


 あの時、彼は戦闘準備として自分の武器の手入れをしていた。

 彼が用意していた武器は、弓。やはり本人も己の適性を分かっている様で、昔から彼は弓を得意としていたらしい。空から狙い撃ちなら、背後から襲われる心配もないし、遠くから狙いたい放題だと言っていた。それはもう無敵に近いのではないだろうか。

 それだけなら、特に印象にも残らない様な出来事。

 しかし私の印象に強く刻まれる、一つの不思議。

「フェイルさん、この鏃…錆びてますよ? 武器なのに、研がなくて良いんですか?」

「うむ。風の噂に聞いたことがあるのだ。武器は錆びていた方が、付けた傷が癒えにくい…と」

「錆びてるのは確信犯ですか! 敢えて破傷風狙いですか!?」

 わざと錆びたまま放置している事実にも驚いたが、彼がボソッと呟いた内容も怖かった。

「…それに研いでも、どうせ直ぐに錆びるしな」

 その時は意味の解らない呟きであった。

 後で爆破魔さんに聞いたところによると、羽根の人は毎回、使う矢に毒を塗る習慣があるという。塗られた毒に反応して、鏃は直ぐに錆びてしまうのだとか。

 羽根の人が弓を射る時、その近くには絶対にいたくないと思った。

 えげつない毒を多用するという話だったし、流れ矢には絶対に当たりたくないから。


 薄ら寒い記憶を呼び覚ましている内に、三分が経ったとアイツが言った。

「この毒、単品だと無機物に効果ないんだけどさ。これで溶けた生物は、成分が金属を腐蝕させるモノに変わるんだって。そろそろ滲み出る液が、手枷の中に染み渡ってる頃だし、鍵もボロボロになってるんんじゃないか?」

 そう言って、アイツは忙しなく手枷を矯めつ眇めつ観察している。熱心に、具合を見ている。

 先程、アイツが手枷に髪の毛を入れていたのはつまり、髪の毛を毒で溶かし、手枷を溶けた髪の毛で腐蝕させる為だったらしい。間接的な媒介にする為、髪の毛を差し込んでいたのか。

 しかし髪の毛を伝って毒が零れていたら、本当にアイツはどう責任を取るつもりだったのだろう。 

 そして、こんな反則技をアイツに伝授したお兄さん達は、アイツが失敗したらどうするつもりだったのか。捕まった場合の保険としか考えていなかったのかもしれないが、こんな状況下で頼らせるにはあまりに非道な手段ではないか。私なら、こんな手段を心の拠り所にはしたくない。

 私が心の中でお兄さん達を非難している一方で、アイツは手枷の具合に納得がいったのか、良しと一つ頷いた。心なしか満足そうなアイツの笑みに、何故か嫌な予感がする。

「それじゃリンネ、ちょっと手ぇ借りるな。じっとしてろよー」

 そう言うなり、アイツはなんと、手枷の鍵部分にがぶりと噛みついた。

 当然ながら、アイツの歯は、鉄を噛み砕ける程、頑丈ではない。

 しかし今は、鉄の方が普段の状態とは言い難い。

 内部からボロボロになっていた手枷は、アイツの噛みついた衝撃で、あっさりと砕け散った。

 私はそれを見て、放心していた。

 アイツは、もしも毒の効果が残っていたら、どうする気だったのだろう…?


 …これはアイツにしかできない。

 アイツの思い切りの良さがあって、初めてできることだ。

 私には噛み砕こうと試せないし、そもそも毒を垂らす勇気も足りない。だって、怖いし。

 お兄さんが私に教えなかったのも頷ける。

 こうしてアイツは、また新たに無駄な技能を手に入れたのだった。


「ぁ、貴方、凄いんですね…!」

 私の隣で、知り合ったばかりの妖精の少年が、何やらアイツに尊敬の目を向けていた。

 どうやら、並の度胸ではやれそうにない一連の行動に自分にはないモノを見つけたらしい。

 きっと図太さとか、強心臓とか、極太の肝とか、考え無しの行動力とか、その辺のモノだ。

 大概の人はソレを持っていないと思うから、そこは尊敬する部分ではない気がするのだが。

「あれ? リンネ、コイツ誰?」

「あ、そう言えば名前…聞いてない」

 どうやらアイツは手枷を壊すのに一生懸命で、私と少年の接触に気付いていなかったらしい。そして私も今まで名前を聞いていないことに気付いていなかった。

 儚さが影の薄さに繋がる訳ではないと思うのだが…。

 彼の存在が、どれだけ私達の気に留まっていないか、証明されてしまった。


 とにかく、知らない間に色々仕込まれていたらしい、アイツ。

 鍵の開け方なんて特殊技能も特殊技能。何となく犯罪の香りがする。

 それだけじゃなく、抜け道の存在も教えて貰っているとか…。

 お兄さん…一体、どこで抜け道なんて知ったんですか……?


 私とアイツと、妖精の少年。

 成り行きのまま、三人で行動する事になってしまった。

 さて、これからどうしよう…?

「リンネ、計画考えてたのはお前なんだから、今後のアー兄達の予定も憶えてるだろ」

「あ、そうね。先ずは合流することを考えないと…」

「そうじゃなくて、アー兄達の行動が分かってんだから、俺達は足手纏いになるんじゃなくて、この際だからアー兄達の支援になれる様な行動するべきじゃないか? って思ったんだけど」

「グター…貴方、そんなことを考えていたの」

 思ってもいなかったグターの気概に、ちょっとだけ感心した。

「それじゃ…そうね、どうするのが一番良いのかな?」

 お兄さん達は既に行動を起こすべく、準備を終えている頃。

 一応、計画は夜襲の予定だった。日が暮れた後で、一気に混乱を起こし、勢いで制圧する気満々のお兄さん達。しかし油断してはいけない。『人間』を前にした時の彼等の理性には、不安要素しかない。彼等が万が一『人間』と遭遇した時…彼等が大人しく、穏便に事を済ませられるとは思えない。

 実質、いつ襲撃が始まるのか分からないのが現状だ。予定は未定という言葉が、胸に痛い。

 期待してはいけないお兄さんと爆破魔さんの理性を思うと、あまり考えている時間はない。

 お兄さん達の行動予定を思い出しながら、私はちょっと首を傾げた。

「あの、襲撃作戦…なんですよね?」

「ああ。えーと、マジソン、だっけ?」

「なんで、聞いたばかりの名前をそんなすぐに忘れるんですか…。ラティですよ、僕」

 アイツの悪気が一切込められていない言葉に、少年が勝手にダメージを受けている。

 でもまあ、確かに聞いた後に忘れるのが早すぎるよ、アイツ。

 どうもメンタル面に不安の残るか弱い少年は、じとっとアイツを睨んでいた。

 それでもすぐに気を取り直して顔を上げるのだから、立ち直りは早い方みたいだ。

「あの、襲撃なら、人手はあった方が有利ですよね」

「そうね。計画の邪魔になる様な足手纏いじゃなければ」

「う…! い、いえ、それでも、予期せぬ攪乱で『人間』の気を削げば…っ」

「そうね。味方の気も削がれなければ」

「うぅ…! リンネちゃん、意地悪しないでくれませんか…っ」

「こちらも色々考えて、慎重になっているだけよ?」

 少年をぐだぐだと言い負かしながら、それでも何となく、自分がこれから何をするのか分かっている様な気がしていた。否、正確には、私ではなく、アイツがどんな方法を選ぶのか。

 アイツの気性と考え方を予測すると、大人しくしているという判断は絶対にない。

 それに、いつまでも誰かが囚われているままで放っておける程、アイツは割り切れない。

 それは勿論、私もなのだけれど。


 この後、私とアイツと少年の三人。

 囚われた『奴隷』達を解放して回る姿が、何故だか克明に想像できた。



羽根の人に、毒使い疑惑。

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