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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
その後の番外編
187/193

その後の女王

番外編その1、投下!

『人間』の女王様をすることになってしまった穀物神様のその後です。


 暴走の果てに逆襲を受け、健常な働き手のほぼ総数を失った。

 滅亡しかけた祖国を、和平という形で立て直した若すぎる女王。

 幼いとも言える年齢で、しかし他者の言に必要以上に振り回されることもなく。

 病弱で寝たきりという評価を受け、与しやすいと思われていた王女時代。

 だが女王として立った彼女は、己の芯というものがある強い女性だった。

 病弱というベールに隠され、表に立つことの無かった王女時代。

 一転して衰退した祖国の先頭に立ちながら、心の強さで民衆を引っ張った女王時代。

 他国に決して引けを取ることもなく、前へと出る強い女性。


 ………というのが、後世で受ける主な評価なのだが。

 事実と異なる評価ほど面白がられ、楽しまれる。

 そして現実と幻想の違いが、民衆の憧れる高位権力者になるほど大きくなるのも世の常で。


 後に己の評価を知って半泣きになり、布団に丸まることになる女王様。

 彼女は、どこまでも誰よりも気弱で、優柔不断で。

 小動物めいた頼りなさ溢れる下っ端気質であった。

 何より、押しに弱い。


 彼女の実際を知る者は、それこそ権力上位者でもなければ皆無で。

 限られたその少数に入る者たちは、苦笑と共に女王を見守る。

 訂正:×見守る → ○傍観する

 苦労一杯の人生を約束されてしまった彼女の名前は、マルリット。

 『人間』の国ノーウェルの女王、マルリット・ノーウィスという。



 そして彼女には、一つ大きな秘密がある。

 誰にも言えず、知っている者がそれこそ限られる秘密だ。

 その秘密とは…


「穀物神様ーぁ、こーくーもーつーしーんーさーまー?」

「ちょっ 声が大きいですよ!?」

「黙らせましょう」


 危うく廊下に響きそうな声で呼びかける小妖精の口を、俊敏な動きで仮面の男がぐいっと塞ぐ。

 体格差も、腕力さも考慮しない強引な動き。

 妖精は危うく昇天するかと思った。

「な、なにすんのさ、案山子ー!」

 小ささを活かして仮面の男の腕から抜け出た妖精は、むっとした顔で仮面の男にくってかかる。

 だが仮面の男は、更にデコピンという暴挙でもって妖精を黙らせた。

「本当に使えない妖精ですね。此処は部屋じゃないんですよ。いい加減にご主人様のことは『女王さま』とお呼びしなさい」

「何故でしょう…貴方が言うと、違う意味に聞こえるのは」

 遠い目をするご主人様を、仮面の男は顧みない。


 部下にさえ下手すれば蔑ろ一歩手前の扱いを受ける、女王陛下。

 (だけど慕われ、尊敬はされている。)

 彼女の秘密。

 それは、彼女が『人間』の祖神たる『穀物神』の化身した姿だということである。

 人々が息づく下界でそのことを知るのは、二人だけ。


 神の時代から彼女に忠節を尽くす下級神の案山子神。

 → 現在はおいたが過ぎて能力封印され中。ほぼ人間。

 それと小さな妖精の子供ラフィラメルト。

 → 神々の領域に不可抗力で踏み込み、死活問題で穀物神に仕える。


 この、何とも微妙な二人だけなのである。


 だけど最近、その秘密を嗅ぎ付けそうな人物が出てきた。


 それは妖精の国から派遣されてきた全権大使のラティソルネ。

 絶賛女王様に求愛中の、外見は十代後半に見える美少年である。


 ちなみに女王様の更なる事情だが。

 今生では王女として女性の体に生まれついた穀物神様。

 しかしその内面は、完璧に神としての人格を保持していて。

 更に言うなれば、穀物神は性別:♂なのである。

 男性の求婚者は、ちょっと勘弁して欲しいのが正直な本音だ。

 一応、王族の習いとして世継ぎの確保は義務づけられているのだが…

「……ああ、いっそのこと、単性生殖で増えればいいのに」

「それができたら『人間』ではありませんが」

「それどころか、また「奇跡!」って騒がれるよ?」

「それが駄目なら、麦とかと一緒に実ればいい」

「どんだけ量産する気なの?」

「まあ、数がいるに越したことはありませんが…多すぎると潰し合いになりますよ」

「流血の王宮だね」

「ああ………養子を取るか、世襲制止めようかな…」

「養子を取るにも、穀物神様以外の王族って全滅してなかった?」

「…戦争で、跡形残さず消滅しましたね。そう言えば」

 女王の遠い目が、更に遠くなった。

 彼女の今生での血縁関係は、父親や叔父、従兄に至るまで全てが見事に男性ばかりで。

 そして成人していたが為、戦争に出兵して魔族の魔法で影も残さず世を去った。

 そのせいで王位を継がざるを得なくなったのは仕方ない。

 だが、誰も他に世継ぎを残していなかったことで女王は嘆く。

 遠い目で現実逃避に走る女王に、案山子が現実を突きつけた。

「世襲制を止めるのは現実的ではありませんね。社会構造がそれを受け入れるだけの器となるまで成熟させるに、『人間』の一生では足りません。それに王族の権威が失墜しつつも女王陛下ご自身の権威は鰻登りです。衰退して希望を欲する民衆に、女王陛下の血筋を君主として望む風潮がある。現に、陛下のご成婚・ご懐妊を望む声は年々どころか一週間単位で大きくなってい…」

「止めてください! それ以上、無慈悲な現実を突きつけないで! 現実逃避をさせてください…」

「それをした結果、もっと首の回らない窮地に立たされても?」

「………………前向きに、頑張ります」

「社会体制ガタガタだもんね。みんな希望が欲しいんだよ。仕方ないよ」

「……そうですねー…」

 妖精の子が励ましても、女王の声は虚ろだ。


 女王の苦悩は、尽きない。


 

 女王の結婚問題は切実だ。

 だけど切羽詰まって結婚を迫られないのは、ひとえに魔族との戦争で男が激減した為である。

 少なくとも、年齢の釣り合う男性はいない。

 生き残ったのは傷病を理由に戦場を離れていた者か老齢故に体の動かなかった者くらいで、その中から釣り合う年齢・身分の者というと皆無に近い。

 何しろ戦争=名誉の考えで、まともな男は全滅した。

 中には口実を立てて王都を離れ、遠方に逃げた者達もいるが…

 我先にと逃げたような者共を婿に推す者も、またいない。

 嘗てであれば口先と賄賂で誰かが推薦してくれただろう。

 だが王宮は人手不足。

 ろくでなしを王配に据えても、無駄な仕事が増えるだけと暗黙の了解が普及している。

 以前は男達がしていた仕事を、代わりに女達がしている。

 もしくは、他国から派遣されてきた多種族の官吏達が。

 そんな中で空気を読まず、役立たずを推薦できる者がどこにいようか…

 まあ、探せばいたのだろう。

 それでも何人か、名の上がったろくでなしがいた。

 だが、相手が都を捨てた不忠者だと、既に知れている。

 怪我も病も事情も無しに、生きている時点で。

 そんな者共を女王とその側近が候補からはねても、仕方のないこと。誰も何も言わない。

 そうなると女王の相手は小さな子供か、あるいは多種族から選ぶことになるのだが…

 血統的なものを重宝するのなら、『人間』から選んだ方がよい。

 だが、女性達はリアリストだ。

 これから先の世代は、当分は婿不足で女性には辛い時代となるだろう。

 競争率は激化し、良家ほど跡取りを欲して婿取り合戦に乱入する。

 そんな中で権威を振りかざし、優良物件を引き抜こうとは…

 小心者の女王には、怖すぎてできない。

 それよりも実を取るという意味で、他の方法を考える。

 外交対策の一環という口実で多種族から婿を取ってはという声は大きい。

 本音を言えば、女王的には「婿はちょっと…」という心情だ。

 だが、女に生まれついてしまったのだから仕方ない。

 跡取りを得る為に、腹をくくれと案山子にも言われてしまう。


 現在、女王の婿に立候補している男の数は7人。

 多いか少ないかで言えば、女王の婿と考えると少ない。

 だが時代が時代だ。

 多種族混みでの数ではあったが、一人に対する求婚者と考えると破格の多さと言える。

 女王の婿の座を望む多種族の者は、五人いた。

 求婚者の殆どが、女王と(まみ)えたことのある未婚の妖精族であった。

 彼らは打算抜きに、女王の傍にいることを望んでいる。


 妖精族の祖であり信仰の対象である女神は、植物の女神。

 そして穀物神は人の手の入った植物の神。

 つまり、存在としてとても近しいのだ。

 故に、女神に対する感情と似た気持ちを、穀物神を前に抱いてしまっているのだろう。

 つまりは、錯覚なのである。

 女王は求愛される度に気まずい思いをし、罪悪感に押し潰されそうになっていた。


 そして求婚者の筆頭、最も熱心なのがラティソルネなのだ。

 彼は今日も、押せ押せとばかりに女王の元へと押しかけていた。

 手には抜かりなく、女王への素敵な贈り物。

 だが、謙虚で物欲のない女王は贈り物を滅多に喜ばない。

 ならば宝物庫なり国家予算なりに回せと案山子は言うが。

 小心故に受け取ってしまった贈り物を無碍な扱いもできない。

 故に、女王は基本として贈り物を受け取らない方針を掲げていたが…


 贈り物を三度断られて以来、妖精は贈り物を一度に二つ持ってくるようになった。

 そして本命の贈り物を受け取らせようと、策と弁を弄するのだ。

「ご機嫌麗しく、女王陛下」

「ご、ごきげんよう…」

「昨夜は陛下の瞳を明るくさせてくれる物は何かと、贈り物を考えて眠れませんでした」

「睡眠は大切だと、思います。寝て下さい」

「そうですね。特に僕は妖精なので、どうしたって夜は眠くなる筈なんですけれど…どうしてでしょう? 陛下のことを考えると気分が高揚して、眠ることを忘れてしまうんです。胸の奥が熱くなって、まるで真夏の太陽の下にでもいるような気分になってしまいます」

「私、あんなギラギラしていません」

「そうですね。陛下は春の野辺で風に揺れる小花のように慎ましく、愛らしいお方ですから…そんな貴女を思って、今日はこちらをお持ちしました」

 そう言って妖精が差し出した物は、二つのプレゼント。

 片方は花を模した宝石が輝く、銀細工の髪飾り。

 片方は瑞々しく自ら輝く、オールドローズの鉢植え。

 ラティの本命は…

「両方駄目とか言わないでくださいね?」

「うっ」

「贈り物を二つとももらえませんなんて、言いませんよね?」

「言わせていただけませんか…」

「それはとても悲しくなるので嫌です。どちらか片方選ぶとしたらどちらですか? 選んで、絶対に受け取ってください。そうしたら選んでもらえなかった方は持って帰ります」

 にこにこと微笑みながら、ごり押しに余念がない。

 そして彼は、手加減をしない。

 ラティは、とても押しが強かった。


 どう言葉で抵抗しようとも、粘り強い上に言葉の裏を突いてくるラティは女王と相性の悪い敵だった。

 圧倒的に、気の小さい女王の方が分が悪い。

 結局今日も押し切られ、女王はラティの満足する結果しか出せないのだ。

 でしたらこれでと、諦めた女王はラティが自ら育てた薔薇の鉢を受け取った。

 その瞬間のラティの笑顔は…

 嬉しそうなのは、ある。

 満足げでも、ある。

 だけど何よりも…してやったり感が強く感じ取れるのは何故だろう?

 項垂れて視線のそれた女王は気付かない。

 望む結果にうっそりと笑うラティの顔は、邪悪だった。


「ねえ、女王陛下。僕と結婚してください。それが駄目なら愛人にしてください」

「…結婚も愛人も却下です。どうしてそうしなければならないんですか」

「お嫌ですか?」

「そう言う訳じゃありませんけど…意味がわかりません」

「そんなの、僕が貴女を想っているからに決まってますよ」

「貴方のそれは、勘違いですと何度言えば…」

「別に今が勘違いでも良いんじゃないかな。最後まで貫き通せば、本物って言っても良いんじゃないかな」

「…え?」

「最後まで、貫く自信はあるよ? 例え何千年生きたって」

「え、ええ…?」

「ふふ…最後が決まれば、それで良いんじゃない?」

「いや、良くはないと思います。課程と初めもそれなりに大事にしてください。そして勘違いは何時かさめるから、勘違いなんですよ」

「そうかなあ? グター君だって言ってたよ。終わりよければ全てよし…結果が出ればそれで良し、って」

「あの人は……魔族の方々は、突き抜けすぎなんです。私にはついて行けないところがあるので、真似されても困ります」

「君、スローテンポなところあるものね。短い時間と寿命の限られ、生き急いでいる『人間』にしては珍しく、さ」

 内心、女王はぎくりとした。

 六種の中で最も長命で気の長い妖精に、『スローテンポ』と称された。

 だけど真実を知っていたら、その評価もおかしくはない。

 何しろ女王の正体は、悠久の時を生き、妖精よりも遙かに気の長い神の化身なのだから…。

 身に疚しいところのある女王は、些細なことでびくつく。

 その反応に、妖精の少年が楽しみを見出していることも知らず。

 真実に到達はしていないものの、彼は持ち前の勘の良さと、つぶさに観察した結果から、女王が何かを隠していること…そして過剰反応してしまう話題があることに気付いていた。

 そこから割り出されるだろう答えには、女王が望んでいないらしいからと目を瞑り、敢えて到達しないようにしながらも。

 今この反応だけで、充分に楽しめるからと。

 …妖精の少年は、魔族達と共にいる内に、若干Sに成長していた。

 そんな彼の嗜虐心を今最もくすぐるのが自分だと、女王様は全く気付いていなかった。


「…女王様、いつ頃気付くと思う? 僕は三年くらいかなって思うんだけど」

「甘いな。十年だ。あの反応を見るに、もっと行くかも知れない」


 やきもきする女王の下僕二人のみが、見て悟って溜息をついてる。

 妖精の求婚者が潜在的ないじめっ子であること。

 女王が反応で遊ばれていることに。

 気付いて、遠くから傍観している。

 どうか神様、心を強く持って頑張れと。





 数十年後、女王は八十九歳で大往生を迎える。

 多くの人に惜しまれ、嘆かれての最期。

 あのように心映え素晴らしく偉大な王は希であったと、誰もが女王の功績を讃えた。

 そうして王の座を継ぎ、即位したのは女王の息子で。


 女王は終生結婚せず、ただ子供だけを産んだ。

 父親が誰かも知れず、それぞれあまり似付かない七人の子供を。

 そのことを指して人々は恋愛に奔放で愛人を何人も抱える女王像を想像したが…

 女王の人柄を知る者達だけが、真相に近い推測を立てていた。


 あれは、どこかの押しの強いのに、押しの弱い女王が押し切られた結果か何かだろうと。





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