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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
過ぎ去った十年後
186/193

終.国の名はふたりから

随分と、長らくお待たせしてしまいました。

最近、他のお話にかかりきりになっていまして…忘れた訳ではありませんでしたが。

 まあ、言い訳はさておき。

一応、これにて完結となります。

 ぐったりソファに身を沈めたアイツに、私は呆れ混じりで問いかけた。

「ねえ、なんでそんなに私と結婚しようとするの?」

 すると、何故かアイツの方が私を呆れた目で見上げてくる。

「お前……………本当に、鈍すぎ」

 なんでそんなに鈍いの、と溜息をつかれた。

 アイツは身を起こして、私を見つめてくる。

 アイツの目元が微かに赤く見えたのは、目の錯覚だろうか。

 思わぬタイミングで真剣な眼差しを貰い、何となく私は喋れなくなる。

 じいっと私を見つめていたアイツは、苦笑で目尻を緩ませた。

「そんなの、俺がお前を嫁さんにしたかったからに決まっているだろ」

「そ……そっか」

 決まっているのか。そうか、決まっているのか………。


 アイツの昔から変わらない目の光りに、当然と言わんばかりの口調。

 自分の思いを素直に伝えようとする言葉に、私は何年も前の夜を…

 私達が、暗い闇の中、村を飛び出した夜を思い出して…


  『お前が近くにいないと落ち着かない』

  『お前がいれば、きっとすごく楽しい』


 アイツがそう言って、私は凄く安心して。

 そして私はアイツの言葉に、胸の奥深くから共感したんだ。



「それじゃあ、仕方ないかな…」

 今までアイツのことを馬鹿だ、馬鹿だと言ってきたけど…

 ………馬鹿だったのは、私の方かもしれない。


 子供の頃から太陽の様だと思っていた笑顔を、惜しげなくアイツはくれる。

 いつもいつもその笑顔に苦笑しながら、だけど私は目を逸らせなくて。

 私は、アイツの笑顔が…多分、大好きなんだと思う。

 多分ずっと、昔から。

 分かっていて、意識していなかった。

 その位、アイツが私にとっては自然な存在で。

 自然すぎて、色んなものを見落としていた。


 今、私の前でアイツが笑う。

 ここ何年かで、一番眩しく明るい笑顔。

 晴れやかなソレを見て、私はやっぱり太陽の様だと思う。

 きっと、この笑顔は私だけのものだった。

 昔から今まで、ずっと。

 そして、これからも。

 それがアイツの気持ちなんだと、すっと胸に染み入るものがある。


 胸の奥で、わだかまっていた何かが、日向の光に溶けていくのを感じた。





 


 争いごともなくて、誰かが揉めているという話もなくて。

 麗らかに猫が微睡み、のんびりと花が風に揺れる。

 そんな日が、もうずっと続いている。

 平和なこと、何より。


 これといった大きな変化も、最近はずっとなくて。

 もう何年も、激動という言葉とは縁遠くて。

 それでも日常を騒がしく慌ただしく、大変な物だと思う日は多い。

 特に、身近に大はしゃぎで問題を起こすお馬鹿さんがいると。

 1人でも手を焼くのにね。


 ここ何年か、もうずっと。

 遠く感じてしまう過去の、それはそれで大変だった日常も、もう遠くて。

 あの時のことをしみじみ思い出しては、自分勝手な批評をしてしまって。

 気軽だったとか、気楽だったとか、あの時は思っていなかっただろう感想も、少し。

 平淡な人生を歩んできたとは、口が裂けても言わないけれど。


 最近の私達を悩ませ、手を焼かせているのはごくごく個人的なことばかり。

 それは、そう、国としての問題も多いけれど。

 そちらは有能な爆破魔さんだとか、羽根の人だとか、皆も手伝ってくれる。

 というよりも、アイツが口出すよりも早く、お師匠勢がテキパキと処理していて。

 こっちに情報が挙がってくる時には、既に事後処理段階ということも多い。

 …辺境にいるウェアンが、色々と手を回しているという話も聞くし。

 敵に回したくない、優秀すぎる仲間達。

 彼等は平和になってもあれやこれやと…やっぱり、敵に回したくない。

 揉め事、荒事専門に思えた人だって、鉄拳制裁係という適材適所を見つけてしまった。

 今でもご厄介に成りつつ、面倒をかけつつも持ちつ持たれつで。


 一番仕事をしていないのは、気付いたらアイツだった。

 だからもっぱら、他の人の手がかかりきりになってできないことをさせています。

 ええ、やっぱり適材適所という言葉は、その通りだと思うから。


 城内にいる、沢山の子供達。

 果ては王城お膝元の町にまで行って、子守をしている。

 王様のお仕事=主に子守って、中々に平和で素敵なことだと思います。

 これも、世が平和になった証でしょう。


 …その代わり、王の仕事の殆どを私が代行で処理している結果なのですが。

 だって、アイツにさせるよりも私がした方が早く片づくから…。


 その現状を指して、あまり甘やかすなとよく言われます。

 私、アイツのこと甘やかしているのでしょうか…?


 でも、この世でアイツのことを甘やかして良いのは、多分私だけだから。

 アイツが甘えてくるのは、私にだけだし。

 だから私が他の誰にも甘えないアイツを甘やかすのは、多分間違っていない。

 自分では、そう思っています。


 結婚したら変わったね、と言われた。

 その言葉が衝撃的すぎて、今でも忘れられない。

 ……自覚、なかったんだけどそうなんでしょうか。




 子守の上手なアイツが、今日も子供達と遊んでいます。

 誰の子供も、どこの子供も区別せずに。

 それはなんだかとても素敵な光景に見えて。

 少なくとも、趣味と化した魔法の研究を……

 訂正:物騒な魔法の研究をされるよりは、ずっと健康的でしょう。

 平和になった世界で、あれほど必要の感じられないものもない。

 抑止力という考え方もありますよ、と共犯であるところの爆破魔さんは言いますが。

 そんなものに労力と時間を割かれては、こっちが堪らない。

 もしや侵略でもする気かと、この間、笑い混じりに妖精女王に探りを入れられました。


 これは、研究に割く時間と労力を他に向けさせるしかないなと。

 そう思ったので。

 人選に少し問題を感じないではなかったけど。

 優秀に間違いはないので、爆破魔さんには次世代の教育をお任せしています。

 …一応、爆破魔さんは宰相職に当たるのだけど。

 ええ、ええ。その分の仕事のしわ寄せ、全部、私に来ましたが。

 だけど誰かがしなくてはいけないことなので、今日も爆破魔さんは業務に励んでいる。




 ある時、そんな彼等の授業内容が聞こえてきた。


「--という感じで、この国は建国と相成りました」

「………なんだろう。凄く聞きたくなかった」

「君が質問してきたんですよ? 国の成り立ちが知りたいって」

「聞かれるまで説明しない、アンタ方の教育方針にも問題があると思う」

 そして正直に暴露しすぎだと、そう言って突っ伏す後頭部。

 まだ華奢な体の少年は、分厚い机に額をくっつけて呻いている。

 少年の金髪が、日の光を弾いて眩しい。


「…それで?」

 

 頭を上げないまま、少年が隣に立つ教育係へと問いかけた。

「それで、とは? 質問があるのなら、具体的にお願いします」

「いや、そうじゃなくて。僕の最初の質問、覚えてる?」

「最初の…」

「僕、国の成り立ちというか、うちの国の名前について尋ねたんだけど」

 やっぱり、この国の教育は間違っていると、少年が呻く。

 この歳になるまで、一度も故国の名前を聞いたことがないと。

 それどころか、質問しないと教えて貰えないのは何かが違うと。

 下手したら、随分な物知らずに育つと。

「国の後継の教育として、絶対に間違っている」

「その教訓を生かして、御自分の時には改善してみると良いんじゃないですか」

「僕のまだ予定もない子供のことを案じるより先に、先生は教育の仕方を見直したら?」

「僕の教育を全否定ですか。ま、僕も子育ての経験がないので仕方ないですよ」

「…この前、先生の奥方が懐妊したって聞いたけど」

「!? っマジですか!」

「なんで、当の旦那が知らないんだよ! 僕、なんかまずった!?」

 あわわと慌てる少年の隣、教育係は身を翻してドアに向かうけれど。

 その上衣の裾を、はっしと少年が掴んだ。

「…離して下さい。何ですか」

「僕が暴露したってばれたら困る。もしかしたら奥方もタイミングを計ってるのかも知れないよ? 素敵な打ち明け話のタイミング。ここは良い旦那らしく、素知らぬふりで待ったが良いと思う」

「くっ…一理あるところが小憎たらしいです」

「小憎たらしいって…僕、一応、身分上なんだけど」

「こんな新興国で、身分なんてあって無き様なものです」

「それ言っちゃ、駄目だと思う。建前は大事にしようよ」

 そう言いつつも、少年は諦めた様子で。

 目の前、そわそわする教育係に、今日はもう授業にならないだろうと。

 だから彼は、こう言い足した。

「取り敢えず、僕の一番の疑問に答えて下さい。それが終わったら奥方の所に行っても構いませんから。あ、でも問い詰めたり自分から暴露したら駄目ですよ。奥さんの楽しみを奪うのは邪道だって父さんも言ってました」

「彼がそんなことを…本当に大きくなったのだと、感慨深いですね…」

「うん、しみじみするのは後でもできるよ」

 ドアを気にして忙しないながらも、教育係は溜息を一つ。

「仕方がありませんね…それで、君の疑問は?」

「だから、この国の名前だって」

「ああ」

 納得した様に一つ、二つと頷いて。

 それから教育係は言った。


「この国の名前なら、『魔族の国』ですが」

「それは幾ら何でも、そのまますぎるよ!?」


 ぎょっと目を剥いて驚く少年は、唖然とした顔で。

 次いで頭を抱えて、再び机に突っ伏した。

「みんな、国の名前を言わないなーと…魔族の国としか言わないなぁと、そう思ってたけど…」

「それがそのまま国の名前だった訳ですが」

「なんでちゃんとした名前、付けなかったの!?」

「僕に言われても困りますよ。ご両親に尋ねてください」

「でも、理由くらいは知ってるでしょう?」

 縋る様な目で、教育係を見上げる少年。

 だけど教育係は、しきりにドアを気にしている。

 見事に気の散っている姿に、少年は強張った笑顔で…

 教育係の腕を握る手が、みしっと音を立てた。


「…痛いです」

「痛くしているんです」


 すまして言い切る少年に、教育係は再度溜息。

 それから諦め口調で、国に固有名詞がない理由を語り始めた。

「国の名前のことでしたら、建国のいざこざやら、建国後のアレコレやら、問題が山積していて慌ただしく処理に追われ、天手古舞いだったからじゃないでしょうか」

「それは、つまり…」

「忙しすぎて、うっかり忘れたとしか思えません。そして僕達も、誰も思い出しませんでした」

「それ、すっごく駄目だと思う。誰も、国を作る時に思い至らなかったの…?」

「本当に、他の問題で手一杯だったとしか」

 そう言いながらも、教育係自身、問題だと思っていたのか。

 どことなしか気まずそうに、ようやっとドアから目線を逸らす。

 だからといって少年を見る訳でもなく、訳もなく遠くに視線をやっていた。

「思い出した時には、思いっきり機会を逸していた上に、皆が建国することにばかり夢中で、前もって何も名前とか考えていなかったんです。いざとなると何と名付けた物か考えつきませんで。結局困ってもいなかったので、先送りにして今に至ります」

「ねえ、建国から何年経った? 僕が生まれたからも、何年経ったと思ってるの?」

「建国から…47年でしたか」

「47年間、名無しは流石に酷いでしょう!」

 まるで吠える様な、感情のこもった一喝だった。

 だけどそう言われても、教育係は困ってしまう。

 所詮、彼は宰相であって、国名の決定権はない。

 その権限を持つのは、少年の両親だ。

 しかし宰相として、友人として、師としての彼は知っている。

 少年の両親に、国の名前を今更考える余裕は全く無いことを。

 そして不便を感じていないが故に、急いで付ける必要性も感じていないだろうことを。

 

 だから、教育係としての彼は少年に提案した。

 そう、遠い未来のことでもないだろうし。

 これから考えるにしても、きっとじっくりと時間があるだろうか。

「何事も、タイミングという物があるんですよ」

「いきなり、なんですか」

「何もない時にいきなり名付けるよりも、何か大きな行事の時に合わせて名前を付けた方が、きりが良いでしょう。それにその方が、めでたさ倍増で国民感情も受け入れやすい」

 更に国の根幹に関わる名前にすれば、親しみやすさ倍増ですと。

 そう付け加える教育係は、疑問符を浮かべる少年の頭を撫でた。

「問題に感じるのなら、君が名付ければ良いんですよ」

「………僕が?」

 少年の頭上に、疑問符が増えた。

 それどころか、怪訝そうな顔は露骨に顰められた。

「僕にその権限、ないんですけど」

「今はなくても、(いず)れは持つでしょう。君が即位する機会に合わせては、と提案しています」

「即位!?」

「今すぐではなくても、何れするでしょう?」

「そうかも知れないけれど…」

「それまでにたっぷりと時間はあるんです。君のご両親に考える余裕がないんですから、君がじっくりと考え、国にとって良き様に名前を付けるのも良いでしょう」

 これは未来の君への課題ですと、そう言って。

 教育係は優しく、年齢を感じさせる穏やかな笑みを浮かべた。

 大人の顔で微笑む、教育係。

 頭を大人しく撫でられながら、少年は何事かを考えている様だった。

 

 それは、ちょっとだけ楽しそうな笑みで。

 

 こっそりと立ち聞きしていた私も、つられてしまいます。

 未来への楽しみを感じて、口端に笑みを刻んでいました。

 ああ、すっかり忘れていたなと、気まずい思いを交えながら。

 だけど、あの子が考えるというのなら。

 それも有りな気がします。

 国の未来を左右しそうな宿題を、あの子はどう片付けるんでしょうか。

 私は笑みを噛み殺しながら、アイツを探して歩き始めました。

 多分、今頃は中庭あたりにいるでしょう。

 若しくは執務室で、片付けられない書類に半泣きになっているか。

 どちらにしろ、私の話に耳を傾ける時間はあるでしょう。

 むしろ助かったと泣きつかれるかも知れませんけれど。

 たった今聞いたばかりの、微笑ましい楽しみ。

 それを分かち合いたくて、私はちょっと歩調を早めました。

 きっと、アイツは何歳になっても変わらない、あの笑顔を返してくれることでしょう。

 私に温もりをくれる、お日様の様な笑顔を。

 それが更に楽しみで。

 私は、噛み殺しきれない笑みに、頬に手を当て緩む顔を隠す羽目になりました。

 



 



 六つの種族が暮らす、一つの大陸。

 この地に住まう魔族の王、即ち魔王。

 魔族の国を作った初代魔王の名は、メレグタール。

 彼の妃の名はヴィルムリンネ。

 建国の際に彼等は大きな騒乱を巻き起こした。

 だが、建国した後にメレグタール王が多種族と争うことはなく。

 夫婦仲は睦まじく、民を守り、国を育てることに腐心したという。


 彼等が全てを懸けて建国した、魔族の国。

 その国の名は、親とも呼べる二人の名を取り、ヴィルムタールという。




だらだらと長く続いてしまった部分はありましたが。

初めて投稿したお話だったので、終わらせるのが惜しくなってしまって…

随分と時間をかけてしまいましたが、これにて完結です。

最後まで読んで下さり、皆様、どうもありがとうございました!

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