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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
戦の終わり
182/193

新女王と妖精

『人間』の国がその後どうなったのか、後日譚。


11/22 誤字訂正



 終戦の手続きも、調印も終わり。

 やがて新しく女王を国主に打ち立てて、『人間』の国は新しい出発をきった。

 

 ただし、そのまま無罪放免というわけには勿論いかず。

 戦後交渉に置いて、数々の賠償と、『奴隷』にしていていた他種族の返還。

 奪った土地を返し、奪った者達を帰し、奪った生命を贖い、償いにかえて。

 それだけでは未だ足りないと、難しい顔で問題を提起する他種族の面々。

 『人間』は寿命が短い文、同じ過ちを何度も繰り返す生き物で。

 そのことを、他の種族の者達も重々承知していた。

 同じ過ちを何度も繰り返されては堪らないと。

 特に、生きる土地を接する魔族達が、そのことを危惧していた。


 数々の話し合い、長時間に及ぶ意見交換。

 その果てに、決まったこと。

 『人間』の側には、受け入れるしかない要求。

 それは『人間』の国が再び誤った方向へと進まないようにと。

 他種族から意向を通す為の人材を派遣し、以後問題なしと判断されるまでの無期限に渡って。

 『人間』の国の政を、他種族が監督するというものだった。


 『人間』に、それを拒む故はない。

 そもそも、拒めるだけの力がない。

 何しろ、戦で男という男が命を落としたのだ。

 戦に向かわず、生き延びた者もいる。

 だけどその人数も、微々たる数で。

 労働力の主を失い、『人間』の国は衰退しようとしていた。

 また、目に見える形で一番力を持つもの…軍事力は、壊滅。

 戦い抗う為の力は、僅かも残っていなかった。

 他の種族から支援を受ける為にも。

 『人間』達は、他種族からの要求を、受け入れる他にない。


 生きる土地を接する為、いざという時に切実な問題となる魔族からは、代表者五名。

 その次に被害を被る地上種妖精族と竜人族から、それぞれ代表者三名。

 大した被害を受けなかったが、便乗して技術交流も兼ね、地下種妖精族から代表者二名。

 それに加え、それぞれの国からの随行員。

 それをひっくるめた人材が、『人間』の国に派遣されることとなった。

 若い男の殆どを失い、荒廃した『人間』の国の復興支援、並びに監督の為に。


 その、地上種妖精族から派遣される人員の名簿。

 代表者三名の欄、その片方に。

 【刺草の妖精 ラティ】の名前があった。



 名簿の確認をいていて、その名を発見した時。

 新女王マルリット・ノーウィスは見事に硬直した。


 明らかに裏で手を回し、公然と『人間』の国に居座ろうというラティ。

 その思惑が透けて見えた為に、女王は呻き声を上げて困惑した。

「ちょっと、大丈夫? 穀物神様」

「ラフィラメルト…貴方の兄は、とんでもなく行動的な方ですね」

「うわー…全く交流なんてないし、会話も碌にしてないけど、何となくこうなる予感はしたよ」

 名簿を覗き込み、小妖精もまた、ドン引きの顔で仰け反った。

 

 あの調印式の日。

 本来であれば小妖精は兄に引き取られ、妖精の国で成人まで庇護を受ける予定であった。

 勿論のこと、成人した後のことは彼の自由。

 だが現実にラフィラメルトは未だ生まれたばかり。

 親兄弟といった肉親の庇護は、あって然るべきもの。

 女王とも相談済みであった為、納得の上で成人までの帰国と相成るはずであった。


 実の兄たるラティソルネが、彼の存在を忘れさえしない限りは。


 つまりはどういうことかと言えば。

 運命の女神に出会ったと何とかほざいた挙げ句。

 心情的にラティは弟の存在どういうどころではなくなり。

 ラフィラメルトはその存在を兄に忘れ去られてしまったのだ。

 その結果として、妖精の国に帰るどころか置いてきぼりをくらい、今に至る。

 そのような経過を以て、小妖精は肉親の元に返りもせず、『人間』の新女王に仕えていた。


「女王サマ、うちの兄その他にモテモテだね」

「全く嬉しく無いどころか、げんなりするだけですね」

 

 疲れた様に肩を落とす新女王は、言葉の通り、本当にモテていた。

 ただし対象は、極めて限定的な相手に限る。

 新女王様は、ようやっと十代半ばにもなろうかという幼いとも言える女王である。

 将来を見据えて婿がねの選定はされ始めているが、恋愛観で言うと普通に若すぎる。

 それでも相手がいないとは言わないが、火遊びするには早すぎる。

 そのこともあり、新女王に擦り寄ろうとする『人間』は、権威目当てが殆どであった。

 『人間』の若い男は多くが命を落としているだけに、欲得ずくはよく目立つ。

 しかしどこの名家も跡継ぎ不足、婿不足。

 若い男は引っ張りだこであり、需要が高い。

 女王の婿という狭き門も、競争率が異様に下がった為、決まるまでの難航が見て取れる。


 だが新女王の心を真に悩ませているのは、また別の存在だった。

 女王は穀物神の化身であり、肉体は女性であっても魂の本質は男性である。

 それでもそれが王族としての責務であれば、男との結婚にも否やはない。我慢できる。

 しかし言い寄られるとあっては、そうもいかないのが本音だ。

 新女王は今、心底から彼女に言い寄ろうとする一部の特定男子に心を悩ませていた。


 新女王に本心から言い寄るのは誰か?

 それは、能力の強い地上種妖精族の者達だった。

 ラティ自身も、勿論その中に入る。

 最も熱心に女王を口説いているのもまた、ラティ自身であった。


 あの調印式の日。

 マルリットは沢山の妖精と顔を合わせた。

 そして困ったことに、地上種妖精族は悉く大小の差異はあれ、彼女に好意を寄せた。

 その時は思わぬ事態に混乱し、冷静に考えることもできずに逃亡したいと考えていた。

 だが、女性的な魅力とは別の所に、原因がある。

 そのことを指摘したのは、彼女の忠実だが傍迷惑な部下、案山子神だった。


 地上種妖精族は、植物の妖精である。

 その祖を創り、信奉を受けるのは大地と植物の女神。

 穀物神とは位も力の強さも異なるが。

 植物を司る神という一点のみに置いて、共通項のある女神だった。


 大地と植物の女神は自然そのままの、人の手の入らぬ植物を司る。

 一方穀物神は、植物の中でも人の手の入った植物…穀物という、限定的な植物の神。

 しかし両者は植物の神という一点で通じ、似通った面を持つ。

 その気配もまた、大地に根ざした大いなる植物を連想させるもので。

 位も力の強さも、全く違うのだが。

 言ってみれば穀物神と植物の女神は、非常に『良く似た』神であった。


「ラティソルネ君は、とても強い妖精のようで…植物女神の加護も、一入でしょう」

「じゃ、ラティ兄が穀物神様に特に執着してるのは、そのせい?」

「加護が強いと言うことは、女神の影響も強く、神の気配を嗅ぎ取る力も強いと言うことです」

 本人の自覚の有無は、与り知りませんがと、穀物神の化身。

 彼女が言いたいのは、要はこういうことである。

 

 その加護の強さで女神に反応してしまう妖精。

 それが同類の神に接近することで、女神に『良く似た』気配に過剰反応しているのだと。 

 女神への信仰心が『似た対象』にすり替えられ、それを恋愛感情と錯覚しているのだと。

 

 神ならぬ小妖精には穀物神の言葉にどの程度の信憑性があるのか、分からなかったが。

 それでも本人達がソレを恋愛感情だと思いこんでいるのなら、問題は変わらないのでは。

 錯覚だろうと何だろうと、どっちにしろ新女王が迫られる現実は変わらない。

 そう思いつつも、それをすり替えだと主張する主に、現実を突きつけられずにいた。




 一度は国民の多くを失い、衰退した『人間』の国。

 それは新たな女王を迎え、新しい国として生まれ変わった。

 不思議な力を備え、植物の加護厚かった女王。

 彼女は植物の妖精達にも好かれ、他種族からの助力を得て国を治めた。

 その治世は他種族の後ろ盾もあって盤石。

 穀物は実り栄え、短期間での復興を成し遂げ、豊かな生涯を送った。


 彼女が天寿を全うした後、作物の収穫高は減少傾向に陥る。

 それでも彼女の残した恵は多く、人々の生活を守った。


 その、ひとつ。


 彼女が命を落とし、その後に。

 一体どんな約定を結んだのか、それとも純粋に感情からの行動なのか。

 作物の生産・収穫が再び安定するまでの500年。

 一人の妖精…ラティの尽力により、最低限の生産は守られていたという。




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