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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
戦の終わり
181/193

王女は身の危険を感じている。

マルリット王女(穀物神様)視点。




 目の前に、目をキラキラさせた妖精の少年。

 背筋を、戦慄が駆け抜けた。



 いよいよ戦の終止符と、ほっとする思いで臨んだ調印式。

 その最中、こんな目に遭うとは露とも思わず。

 私は、進退窮まるという言葉を思い出しています。


「お久しぶりです、王女様。いえ、もう女王様ですね」

「そんな、戴冠もまだなのに、女王はちょっと。リンネさんも息災の様で…」


 本当に久々の再会に、私達は手を取り合って喜びました。

 この時は未だ、先の気苦労など知らずにいました。

 ただ、ようやっと今日で一区切りできると。

 この肩の荷も下りると、そう思っていましたが…

 まさか今日が終わりもしないうちに、新たな気苦労を背負い込むことになろうとは。


「リンネさん、そちらの方は?」

「あ、ああ…うん。その…」

 リンネさんにしては珍しく、歯切れが悪くって。

 私はこの時点で、ちょっと悪い予感がしていたんです。

 残念なことに、私の悪い予感はよく当たりますから。

 だから、内心で冷や汗がだらっと。

 食い入る様に私を見つめる、リンネさんの隣からの視線。

 そこにいる妖精の、熱すぎる眼差し。

 それを見た時点で、どうしてでしょう。

 私は逃走したくて、仕方が無くなってしまったのです。


 ですが今日は調印式。

 主要人物の一人として、私は逃走するわけにもいきません。

 私が此処で逃げてしまえば、『人間』は戦争を終わらせる気無しと取られてしまいます。

 そうなってしまえば、最悪戦火が再燃します。

 血みどろの『人間』絶滅なんてことにしない為、私は逃げられないのです。

 …残念なことに。


「王女様、こちらは妖精のラティ。私達魔族の元に出向している妖精の貴族…みたいなもので」

 リンネさんが、ちらりと横を見る。

 そこに、ラティと紹介された少年の顔。

 リンネさんは何故か、顔を青くしてさっと視線をそらせた。

 …一体なんですか。

 私の不安は、煽られて最高潮に達しようとしていました。

「お初にお目にかかります、王女様。私は貴女様がお連れの小妖精の兄、ラティと申します」

 そう言って、妖精は深々と腰を折るのですが…

 お辞儀しつつも、何故か私から視線をそらせない。

 まるで獲物に食らいつこうとする、獰猛な獣の様に。

 あまりにも妖精らしくない視線に、口の中が緊張で乾いていく。

「ラフィラメルトの兄、ですか。確かに面差しが似て…っ」

 当たり障りのない話題で穏便に済まそうとしたら、何故か両手を掴まれていた。

 それはもう、音にすると「ガッッ」という勢いで。

「あ、あの…っ?」

 当然ながら当惑する私の目を真っ直ぐに見つめて、妖精は言ったのです。


「率直ながらお願いがあります。僕を貴方の愛人にして下さい」


 ………。

 ……………。

 ……えーと。私の耳は、おかしくなってしまったんでしょうか。

 

 残念ながら、私の耳は正常だったようです。

 妖精の隣で、リンネさんがギョッと目を剥きます。

 私の横では、控えていたソフォドが…


 ……過激なことは止めなさいっ!


 私の前に身を乗り出し、妖精との間を隔てるのは構いません。

 ですが、その手に構えたナイフは一体何なんですか!?

 相手は一応、正式に参席している賓客なんですよ!?

 ここで傷害を起こしたら、今度こそ『人間』は終わってしまいます…!


 私はさり気なく見えない角度から馬鹿なあの子を杖で殴り、何とか引き留めます。

 そうこう私が慌てている間に、対面でも似た様な遣り取りが繰り広げられていました。

 ええ、背中に遮られていた視界を取り戻した時に見たもの。

 それはリンネさんによって強引に羽交い締めにされ、縛られようとしている妖精の姿。


「リンネ、止めないでくれ!」

 いいえ、リンネさん、そのまま止めて下さい。良い感じです。

「落ち着いて、ラティ。正気に戻ろう? 相手は誰で、自分は何なのか思い出そう?」

 少年とはいえ、相手は男の子。

 体力や腕力を使う遣り取りでは、リンネさんが圧倒的に不利。

 腕力に劣るリンネさんは、それでも必死にしがみつき、食らいつく。

 私は応援しかできない。

「僕は、正気だよ」

「それは尚のこと悪いと思うの」

「止めても無駄だよ、リンネ」

「それは砦に帰ってから言って。今日は大事な日なのに、どうしてこんなことをするの」

「…僕は、僕の女神に出会ってしまったんだよ」

「どうしたの、ラティ! らしくないこと言わないで? 今凄く、薄ら寒いこと言ってるから」

「例えどんな言葉で表現しても、僕の感情は一つなんだよ」

 リンネさんと言い合いながらも、此方から視線を外さない妖精が恐ろしい。

 私は顔を青ざめさせ、急いで妖精から距離を取った。

 何故かぞっと、背筋を寒気が這い登った。





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