117.妖精の詰問
6/8、誤字を修正。
魔族と『人間』の戦争は、一応の終局を見せた。
『人間』側は、戦場に出ていた全ての者が死亡。
屍すら残らなかった、わかりやすい全滅。
国王すらも命を落とし、『人間』は子供と老人を覗いてほぼ全ての男が死んだ。
あまりに大きな被害を、わざわざ出してしまった訳だけど。
それでも変わらず、事実は緩がない。
他に言い様もないほど完璧に、二種族の諍いの勝者は、私達魔族だった。
戦後処理もままならず、まだまだ山積している。
色々な意味で大きな結果を出してしまった為、後始末は大変で。
全然一段落はしていなかったけれど。
それでも余裕を持って、息を抜ける様になった頃。
ようやっと、気を抜ける時間が持てる様になった頃。
私達は終戦の区切り、その目処として調停を行う計画を立てていた。
複数種族と、『人間』間での調停。
和平と協調を目的とした取り決めを、私達は正式に書面に起こしていく。
それに各種族の代表が署名捺印をして、節目としよう。
今まで誰もそんなことをやったことはなくて、誰も思いつかなかった。
何しろ種族丸ごとを巻き込んでの、大規模な争いだって今回が初めてだったんだから。
でもそうやって、目に見えるカタチで『終わり』を示すのは良いと思った。
意外なことに発案者は、アイツ。
本当に発想力では負けるなぁと、溜息と一緒に苦笑が零れた。
調印式の予定を組み上げるので、私は忙しい。
アイツ発案の『調停』は、他の種族にも好評で。
折角なので足並み揃え、今回の争いに荷担した全種族の代表を一つ所に集める予定だ。
………準備、特に警護の面でスケジュールが物凄く大変な事になったけれど、仕方がない。
みんながまったりする時間をちょっとずつ過ごしている横で、奔走するのは大変。
文字通り走り回って、もう目が回りそう。
大きな最後の仕事に向けて、私の意識は一直線になりがちで。
優先順位の低い事から順に、小さな事は頭から軒並み吹っ飛びかけていて。
忙しさを言い訳に、きっと色々なモノを取りこぼした。
それでも振り返る余裕もないほど、私は一直線に駆け抜けるしかなかった。
ラティが私に話しかけてきたのは、そんなある日のことだった。
「大変な時にご免ね、リンネ」
「それは良いんだけど…大事な用事って、なに?」
忙しい中、何事かと思ったけれど。
それでも大事な話だと、ラティが言う。
だから私も足を止めて、ラティに向き合ったのですが…
思い詰めた様な顔で、妖精の少年が言う。
「リンネ、正直に答えて」
「どうしたの、そんなに真剣な顔で…」
「うん…」
「……リンネ、うちの母がリンネに子供を託したと思うんだけど…その種、どうした?」
…………………。
………。
……………。
「………あ」
わ、忘れてました…。
ら、ラフィラメルト…。
ろくな別れも交わしてないけど、私の考え違いじゃなければ…
「あ、ってなに!? あ、って!!」
「お、落ち着こう。ラティ、興奮は良くないわ」
「なんで目を逸らすの!? リンネ、正直に言おう? 怒らないから!」
なんで目を逸らすの…って、目を合わせられないからです。罪悪感で。
もう私の襟首に掴みかかってきそうな勢いで、ラティが取り乱している。
物凄く珍しい光景の様な気がするけれど、ラティにとっては弟妹の話。
身内に甘いのは、種族数の少ない魔族や妖精なら当然のこと。
ラティの顔は、蒼白になる一歩手前だった。
「リンネ、僕の弟はどうなったの。母さんはもう生まれてる筈、弟だって言ってたけど!?」
「う、うん。生まれた。確かに生まれた。男の子だった」
「…なんかさ、歯切れ悪くない?」
うろうろと目を彷徨わせる私に、ラティの疑念は高まるばかり。
でもだからって、どう言えと?
まさかあんな場所に、あんな状況で置き去りにするなんて…。
私自身、そんなつもりは全くなかったので、とても心苦しいのですが。
「それで! 僕の弟はどこに!?」
鬼気迫る、ラティ。
逃げられない、私。
さあ、私。
観念しましょう。
「………に、『人間』の国の、王宮に…」
更に具体的に言うのであれば、国主となることが決定した王女様の元です。
私の答えに、ラティの動きが緊急停止、した。
「…………………」
ラティが押し黙り、沈黙が重く横たわる。
私は変な汗をだらだらと流しながら、ラティの顔を見ることもできず。
他に視線をやるまいと必死に沓のつま先を見ていたら、ラティが動いた。
彼は私の肩に両手を置き、言ったのです。
「…妖精女王から通達があって、でもどうしようか、迷ってたんだけどさ…」
ぽつぽつと、静かにラティが言います。
でも、何の話でしょう。
話が全く見えません。
…と思ったら、直ぐに答えが出ました。
「………『人間』との調印式、僕も行くから」
「…はい」
それはまあ、仕方がないですよね。
顔も硬く、表情の硬直したラティ。
ぎこちない彼の口調に、どんな思いが込められているのか…。
複雑な声音は、耳に重く残って暫く離れませんでした。
こうして誰が参加するか、各種族、代表者の随行員選別もごたつく中。
硬い表情で参席を表明したラティの言葉は、私には覆すことのできないモノでした。
せめてラフィラメルトの安否を、夜の神様に祈ります。
どうか無事でいてください。
そうでなければ、私がラティの報復に遭ってしまいそうでした…。
どうか呉々も、ラティが調印式で問題を起こしません様に。
それだけは、何としても叶えて欲しい願いで。
いざという時、ラティを取り押さえる為の人員確保の為、私は更に走ることとなりました。
ラティ、魔力を吸収するなんて物騒な刺草を操る妖精。
万が一にも、彼が取り乱し暴走する姿は見たくありません。
そうなったら大惨事です。
公式行事の間だけでも、犠牲者が出ないと良いのですが…。




