116.まぞくのほんき ちょうこわい
いつも笑っていたので気付かなかった。
だけどアイツは私の思う以上に『人間』に腹を立てていたらしい。
最早「憎悪」という言葉でも甘そうだ。
でもまあ、気持ちは分かる。
この場でアイツに協力する全魔族も理解できるでしょう。
何故なら皆、同じ気持ちだから。
そして皆の言い知れぬ恨み辛みの結晶。
それが、目の前の大規模魔法であり、異常な意気の高さを見せる魔族軍なのだろう。
やりすぎ注意を促す者は一人もなく、むしろ皆、一丸となって暴走している。
全員、かつて無いくらい気持ちが一つだ。
それが良いことなのか悪いことなのか。
それは多分、神のみぞ知る。
史上初の多人数参加型大規模魔法と、そこに込められた大きすぎる気持ち。
それを向けられた方は堪ったものではないらしい。
開戦前に比べて大分数を減らした-それでも魔族より多い-『人間』達。
彼等は未知の魔法を前に、場の様子から洒落にならないと悟ったらしい。
大いに乱れている。例外なく全員が死に物狂いで、何とか状況を打開しようと必死だ。
魔族が発動させようとしている魔法は規模が大きいだけに完成まで時間がかかっている。
それに応じて『人間』の恐怖も高まっている。
逃げようとする者もいれば、立ち向かおうとする者もいる。
何とか魔法の行使を阻止しようとする者など、様々な足掻く様が目の前に展開されている。
流石にこれだけ混乱していると、得意の数の力も脆いらしい。
団結とは程遠く、方針が定まらずに指揮官達が我先にと逃げようとしたり…
ああ、酷い惨状ですね。周囲の兵に群がられたりしている。
だけど残念ながら、どれだけ足掻こうとも彼等を待ち受ける運命に変わりはない。
皆に等しく平等に、死を招く破滅の魔法が襲いかかるでしょう。
逃げた者は無駄であったと知るだろう。
魔法発動までの時間でも、彼等はその有効範囲から逃れることは叶うまい。
――魔族が逃がすまい。それに魔法式の中に「対象:追尾」指定の文字があったし。
抵抗を選んだ者。彼等も無駄であったと知るだろう。
術者を殺せば確かに魔法の完成は阻止できる。
しかし多人数参加型の魔法である為、広い意味ではこの場の全魔族が術者と言える。
式を編み、発動に最も大事な『基点』となっているのは勿論アイツです。
だけど、あの馬鹿は幸か不幸か魔族の総大将。
軍勢の厚い護衛に大事に守られ、手の出しようもない。
結論として言うなら、魔法を止めたかったらどちらにしろ発動までの短時間で魔族軍を全滅させないといけないのだが、そこまでの時間も余力も『人間』には許されていない。
ついでに言えば、魔法式の中に「発動中止時:自爆」を意味する記述が見受けられるのだが…
どうしよう。本当に見れば見るほど、えげつない魔法にしか見えません。
アイツは、どうあってもこの場の『人間』を生きて帰すつもりはないらしい。
「…ご愁傷様」
迫害なんてした代償よ。悔いなさい。
『人間』に一人も全く知り合いが居なければ、同情できる相手がいなければ。
そうだったら、私は躊躇いなくそう斬り捨てられたでしょう。
脳裏に、儚い『人間』の王女の姿が浮かびます。
彼女に対しては、確かに間違いなく同情と親しみを感じていました。
心の中に、申し訳なさ。罪悪感。色々な言葉が浮かびますが…
それでも、たった一人に対する親愛よりも…
最終的には、種族全体に対する恨みがちょっとだけ多くて。
理性の部分では、滅ぼしてはならないと。やりすぎてはならないと。
そう、自分に言い聞かせ、恨みを抑制しようとする部分もあるのに。
…なのに。
私は一度目を閉じて、『人間』への意識を逸らした。
同情するつもりはない。魔族としては、してはいけない。
心の中にひっそり潜む、哀れみのことは黙殺して。
さあ、残酷な、怒れる魔族の虐殺が始まる。
目の前で繰り広げられた世紀の大虐殺。
それが終わった時、私は放心したままぺたりと地面に座り込んだ。
体に力が入らない。
見渡す限りの視界の中、『人間』の姿はどこにもない。
魔族達は一様に私と同じく放心状態だ。
そう、あまりの惨状に。
最強と呼ばれた豪放磊落な格闘家も。
暗い殺意に『人間』への見境がない剣士も。
今回の魔法行使者である筈のアイツも。
一人の例外もなく、全員が目の前で見たモノに固まっていた。
「こ………怖っ」
あまりのおぞましさ、恐ろしさに鳥肌が立ちました。
ああ、見てしまったモノが目に焼き付いて離れない。でも思い出したくない。
一言、大変恐ろしかったとだけ言っておく。
『人間』なんて、影も残さず消え去った。
術式に大きく明記された「攻撃対象:『人間』」の言葉通りに『人間』だけを対象にして。
…対象にして、戦場に臨んだ『人間』だけを滅ぼした。
視界の中、実行した張本人であるところの馬鹿が、狼狽えていた。
全力で「こえぇぇぇぇぇっ!!」と騒いでいる。
おい、やった本人。
私達は、長年屈辱を味わわせられてきた『人間』を相手に圧勝を得た。
しかし私達は、数に勝る『人間』など問題にもならないと…
……力を合わせた魔族の方が余程恐ろしいと思い知っていた。
ええ、魔族である私達、自身が。
目の前に広がる、焦土という魔族の実力の結晶と共に。
今回、『人間』を殲滅した大規模魔法は、全魔族同意で禁術として封印と決定した。
もう二度と使わない。それが皆の共通意見だった。




