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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
アイツの魔法
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遙か遠くに消えたひと




 『人間』の王国、王都。

 

 戦場から最も近い、人々の営みの場。

 その中央にて沈黙する、王宮。

 王宮内の席を埋め、組織を形成する筈の人々。

 その悉くを失い、影もなく。

 嘗ての栄華を知る身にとっては見る影もないほどに。

 虚しく、空々しいまでに虚しく。

 人手の足り無さから来る静寂と、微かなものになってしまった人の気配。


 逃げたモノ、戦場に出たモノ。

 その末路は様々なれど。

 今この場には、華々しい栄華などどこにもなく。

 限りなく空っぽに近くなってしまった王宮は、荘厳なだけに寂しさしか感じない。

 人々に投げ出され、最低限の人数にすら見棄てられ。

 僅かばかりの使用人だけが、逃げ場のない孤独な者だけが。

 行き場を無くして彷徨うこともできない者だけが、王宮の隅に取り残されていた。


 空虚な空っぽの王宮。

 この最奥に、取り残されたのか。自ら残ったのか。

 人々にとって、その真意を推し量ることはできない高みの存在と、崇められる者。

 戦場に出ていた王が帰らぬ身となった今、人々を指導する権限を、公に唯一認められた者。

 残された王族の最後、たった一人。

 王女として傅かれて然るべきなのに、傅く者もほんの僅かで。

 それでも取り乱すことなく、少ない家臣達にも毅然とした態度で。

 死ねなかった『人間』達が最後に縋るべき者として。

 王宮の最奥に、たった一人の王女は逃げもせずに踏み留まっていた。


 予想以上の惨劇と、『人間』の認めるしかない惨敗。

 そして予想もしていなかった、強力すぎる魔族の『魔法』に冷や汗を流しながら…



 塔の最上部。

 遠く王都の外まで見通せるそこで、戦場の推移をずっと見守っていた。

 本来、その本性は人ならざる身。

 神世に属す、穀物の神。

 常であれば、下界には絶対不干渉。

 それを『人間』の肉体を纏うことで大目に見ては貰っているが。

 それでも、人の大きな営み…そう、戦争に手を出すことは許されていない。

 だから王女は、見守ることしかできなかった。

 いざという時に『人間』が滅びずに済むだけの最低限を確保、守ることだけ我が身に課して。


「………思った以上の負荷が…っ」


 神の力に比べて脆すぎる『人間』の身体が、喀血した。


「主? 主!? 気をしっかり…!」

「案山子の兄ちゃん、そんなガクガク揺さぶったら王女様吐くよ?」

 主のあまりの脆さに取り乱した案山子に、妖精の子が水をぶっかける。

 その行動はありのまま、冷静になれと語っていた。


 心酔するか、突き放すか。

 いつの間にか両極端な行動をする様になっていた配下二人に、王女の身体は支えられ。

 ふらつく膝を床に着き、抜け行く力に倒れそうになりながら。

 王女は必死に耐えていた。

 予想にもしていなかった魔族の力。

 魔法の威力が、距離の近さ故に王都まで影響を及ぼそうとしている。

 その余波から王都を守り抜く為、都に身を寄せる人々の生命を守る為。

 穀物神の化身たる王女は、誰にも知られることなく、秘かに身を這っていた。

 それは報われないかもしれない、誰にも感謝されない献身。

 我が身の無駄に大きな存在、魂の強さを楯にして。

 王都を守る結界を張り、一時的に人柱の役につく。

 自分では自由に操れない力に振り回される王女だけではできなかったこと。

 だけど傍らには、力を封じられ弱体化しつつも、神格だけは失っていない案山子がいる。

 自分で操れない力なら、他の者に操作して貰えばいいのだ。

 自分の力は使えなくても、大きな力の操作に慣れた者がいるのだからと。

 そう提案し、穀物神と案山子の協力を促したのは妖精の子だった。

 そして穀物神は、その案を採用したのだ。


 魔族の強すぎる攻撃から、戦場までは守れずとも。

 戦うこともできない無力な『人間』を、確実に守り抜く為に。




 完膚無きまでにやられすぎて、心が痛い。

 そんなことを思う余裕もなかった。

 あまりに大きすぎる力を持つと、自壊してしまう身体。

 その肉体を騙し騙し力を引き出して、王都を守り抜かなければならなかったのだから。

 惨劇は目に焼き付き、精神は脆くなりそうだったけど。

 魂から打ち寄せる悲哀に、自分の民の消滅に、苦しみはやるせないほどで。

 だけど、此処に今の自分でも確実に守れるモノがあるから。

 だから、穀物神の化身たる王女は、自分の命だって賭けた。



 認めないではいられない惨敗に、国全体が悲嘆に暮れた。

 特に戦場から程近かった王都の嘆きは凄まじい。

 だけど人々は知らない。

 どれだけ間近の惨劇に怯え、嘆こうと。

 自分達までも消滅の危機にさらされていたなど、生き残った本人達は知らない。

 その生存の為に、自分達の知らない場所で

 崇められるべき立場の王女が生死の境をさまよっていたなど。

 王女が死にかける目に遭ってまで、自分達を守ったなどと。

 そのことを知る者は誰一人無く。

 王都は絶望の嘆きに、小さな幸運を喜べる余地もなく。

 人々はひたすら、戦場の惨劇を思って涙に流した。




 

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