114.アイツの本気
私が見たモノ、それは圧倒的威力を予想させる大規模な魔法の式。
魔族と『人間』の争う戦場を覆うほどに、大きく膨れあがった膨大な魔力。
その魔力を用いて編み上げられていく『式』は…滅びの色を宿していた。
異変に気付いた『人間』が、戸惑いと恐怖、怯えを見せる。
だけどどれだけ狼狽えても、逃げ場はない。
逃げられるほどの時間もなければ、逃げられるだけの距離もない。
彼等が逃げられる範囲は全て、重い圧力に閉ざされている。
魔力という、魔族の持つ最大の武器である見えない力によって。
初めて見る魔法を用いて、今にも『人間』を蹂躙しようとしているアイツの姿。
戦場のほぼ真ん中でしょうか?
分厚い人の波、敵と味方の入り乱れ、混沌とした死地の中。
数えきれない人々の中に埋没し、たった一人なんて見つけられるはずもないのに。
それでも戦場の真ん中、ちっぽけなたった一人。
目で拾えないはずのアイツの姿が、それでも何故か私には見つけられた。
気のせいじゃないと思う。
錯覚なんかじゃない。
私の目には確かに、アイツの姿が見つけられて。
それが何故か、冷静に理由を探す私がいる。
アイツが魔力の光に包まれ、不思議な輝きを帯びているせい?
味方達の作る厚い壁で守られ、仲間達の意識が集中しているせい?
それともその武装、それが特殊な輝きを帯びているから?
その全部がアイツを重要な存在だと印象づけて、目立たせている。
敵の目を惹きつけ、集中的に狙わせてしまうくらいに。
私の目がアイツを捉えられたのも、周囲の意識が集中してることに気付いたから?
こうして離れた高台から俯瞰していると、どうしても気付いてしまうのでしょうか。
でもなんだか、そうじゃない気がした。
私が気にしているんじゃない。
アイツが、私を気にしている様な気がする。
だからこそ、私の意識がアイツに惹きつけられたんだって。
そんな、そんな気がした。
一致団結して『人間』のお家芸『数の暴力』を奪った挙げ句、これですか。
敵の軍勢とはいえ魔族の底力によって壊滅寸前の相手に、そこまでやるのか。
高みの見物とは良い御身分ですが、見ているだけの私は呆れと戸惑いを感じてしまう。
空間に浮かび上がる式の構成も、注ぎ込まれる魔力量も大きすぎる。
大規模すぎて魔法の行使された結果が全く分からない。
ただ、威力も『人間』にもたらされる被害も冗談じゃ許されない。
それだけは確かで、予想できないながらも惨劇の予感は胸を圧迫するほど。
えげつないことになるだろうと予測がついた。
戦場の半分を覆おうとしている、闇色のドーム。
魔法を編み上げる式が質量を帯びて具現化し、視覚に映る。
その大きさと闇の濃さが惨劇を予感させる。
複雑で緻密な式が、調和を崩すことなく密集する様の何と異様なことか。
その密度で大きな闇を構成している姿は異様だと思った。
あんな魔法、一人で調整仕切れるモノではない。
如何に魔族といえ単独で編み上げるのは不可能。
考えるのは苦手と豪語するアイツが。
そんなアイツが、あんな『難易度:極悪』レベルの魔法式によく手を出せたモノです。
でも…アレはどう考えても単独でまかなえるモノではないし、先も言ったが不可能。
単独では不可能。ならば単独で無ければ?
その結果が今、この戦場なのでしょう。
暫く見ていて、ようやっとこの魔法の編み上げ方の概要が掴めてきました。
魔族軍の全員が、アイツの使おうとしている魔法に魔力を提供している。
だからこそ、あんなに膨大な魔力が集い、異常な魔法の構成を支えきれてしまっている。
ああ、消費が激しい魔力の供給源となっているだけではないようですね。
魔法行使や式を編み上げる作業を何人もで共に追い、負担軽減に協力しているようです。
単独主義の魔族では今まで有り得なかった発想。複数の魔族が協力して行使される魔法。
ええ、今まで誰も見たことが無く、魔族の軍勢が団結している今この場でしか見られない。
これこそ正に、数の暴力。
一致団結した魔族の恐ろしさ。
個人主義で共闘という発想すら無かったとは思えない程の団結ぶりだ。
皆、惜しげもなく魔力を注いでいるけど、そんなに恐ろしい虐殺現場を作り上げたいのか。
………作り上げたいんだろうな。
げにおそろしきは 積もりに積もった恨み辛み。
合戦が始まる前、上機嫌なアイツが自信満々で「見ていろよ」と言っていたのは…
…もしや、コレのことですか。
『人間』に振り回されて右往左往していた私に、奴らの消滅する様を見せようという意図か。
何を考えていたのか知らないし、もしかしたら好意からかもしれないけれど。
何時の間にアイツはそんな悪趣味になったんでしょう……やっぱり、歪んだ?
何となくアイツなりの気遣いなのだろうとは思う。だがやりすぎだ。
これは跡形もなく、戦場ごと、種族ごと消し飛ぶのではないだろうか。
そんな危惧が、どうしても振り払えない。
……絶滅させるなって、私は確かに言ったと思うんですが…。
流石に『人間』という種の破滅までは願っていない。
それに神様方からも、それを止めてほしいと頼まれたからこそ。
だからこそ、今、私はこの場に戻って来られたというのに。
コレで根絶やしになって『人間』が絶滅でもしたら、どうするつもりでしょうか。
誰も種族丸ごと滅ぼせとは言っていない。
アイツが後先考えないのは良くあることですが、今回ばかりは大目に見られませんよ?
「…アイツ、余程腹に据えかねていたんだ…」
普段笑っている奴程、怒らせると恐いと聞いたことがあるが…
どうやらそれは、本当らしい。




