はじめての魔法
グター視点。
リンネ効果で更生しましたが、一時期魔王言われるくらいグレてたので。
ところどころ、黒い部分が垣間見えているような…
無尽蔵とも言える、魔族の魔力。
一人で魔法使っても、すっごい事になるけどさ。
一人じゃなくて、数人がかりで魔法を使ったらどうなるだろう?
ふとそう思ったのが、まず最初。
飽くなき魔法研究へと俺が没頭するようになった、その切欠。
そしてその成果が、もうすぐ目の前に晒されようとしていた。
俺の暗い暗い感情を糧と食らって。
虐げられてぶちキレた、俺達魔族の鬱憤と復讐を身に纏い。
蹂躙される宿命を負わせる為、怒りと嘆きの涙を原動力に。
さあ、もうすぐだ。
もうすぐこの凄惨な戦場の中、鳥が飛び立つ様に。
軽やかに容易く、厳かに重々しく。
未だかつて誰も見たことのない光景を、惨劇を作り出す為に。
俺の研究の集大成、魔族ですらも見たことのない大規模な魔法。
多人数で行う、魔族初の大規模術式。
俺達に加護を与える夜の様に闇色のソレ。
ソレが、『人間』に襲いかかる。
その時が、今まさに訪れようとしている。
濃い死のニオイがする戦地の殆ど中央。
此処に俺が到達することが、まずは準備の第一歩。
影となり、黒と赤にまみれて踊る、魔族と『人間』。
流れ流れて地に滴り、広がり繋がる赤い水。
地に沈み、倒れて動かない灰色の骸。
血肉を暗い、はち切れるほどに腹を膨らませた死神の獣達。
それらを贄に、さあ始めよう。
魔力の高い、魔族。
魔法の得意な魔族。
個人主義の色が強く、誰かと共闘するという意識の色が薄い。
たった一人で魔法を使うのが常であり、普通なのだけど。
その魔力と魔法の技を収束させて。
そして広い戦場に、相手を選ぶ死の洗礼を降り注がせようとしていた。
最初に考えた時、研究を手伝って貰おうと、魔法の得意な師匠達に相談した。
マゼラ師匠は顔を困惑顔だったけど、フェイ師匠が面白がって。
結果的に色々、本当にイロイロ手伝ってくれた。
それでも最終的には自分で完成させるべきだと思ったし。
大体の参考資料として、他種族の術に関する知識も集めたさ。
一番興味深かったのは、色んな意味で他人との協調が得意な『人間』。
次いで参考になったのは、個よりも種族としての総意を重んじる妖精族。
でもやっぱり、『人間』の魔法が一番参考になった。
アイツ等は能力低いし、何だかんだで他の種族の劣化版って先入観があったけど。
群れで何かする時、アイツ等ほど厄介な生き物もいない。
本当に、個々だったら歯牙にも掛けない相手なのに。
なんで群れた途端に、あんな手に負えなくなるのやら…
だけどその厄介さは、魔法の使い方にも現れてて。
特筆すべき特徴が無い代わりに、ある程度はそこそこ他種族の真似ができる『人間』。
足りない能力を補う手段として、アイツ等は群れる。
その足りない能力を補い合うと言うこと。
複数人で協力して、一つのモノを造りあげ、その威力を高めていく。
アイツ等の技術力に、最初は全然理解なんてできなくて。
勉強は本当に苦手だってのに。
理解できなかったから、理解できる様になるまで勉強する羽目になって。
眠い目擦り、眠ろうとする頭と戦って。
フェイ師匠やマゼラ師匠の手伝いや監督を受けながら、結構必死になって勉強した。
その研究成果でもって『人間』に目に物見せようってんだから、俺ってば酷いかも。
こういうの、何て言うんだっけ。
「皮肉が効いてる……?」
何故だかおかしくって、こんな時だってのに。
戦場のど真ん中、思わず小さな笑いが零れていた。
単独以外で魔法を使おう何て発想、今まで無かったのが不思議なくらい。
俺は高揚感ではしゃぎそうになるのを押さえて、準備を整える。
今は驚くほど無防備で、準備の為に戦うことができない。
そんな俺の周囲を固める、護衛達。
こんなに守られるのなんて、戦いに出る様になってから初めてだ。
ちょっと申し訳ないけど。
頑張って守って、時間稼いでくれ。
『人間』を真似て術を作ったせいか、大掛かりな魔法の準備はやたら手間がかかる。
頑張って無駄は削ったり、簡略化できそうなところは手を抜いたけど。
フェイ師匠も、沢山手を加えてくれたけれど。
大元の参考にした『人間』の術式が手間過ぎて、その手間を掛けるのも慣れなくて。
何しろ俺達にとって魔法ってのは、何の準備も触媒もなく、己一つでばーんと一撃。
なのに『人間』ってのは魔法陣やら呪文やら触媒やら、やたら手間がかかる。
その手間の意味も前は解らなかったけど、今は理解してる…つもり。
例えばその一つ一つの意味。
魔族のスペックだと効率出来じゃないその一つ一つに意味がある。
例えば自分ではまかなえない魔力を余所から集める手段だとか。
例えば集めた魔力を暴走させない様に制御する為の手段だとか。
例えば魔法そのものが失敗しない様に補強する為の手段だとか。
他にも複数の術者の魔力を束ね、同調させる為だとか。
威力に耐えられずに身体が吹き飛ばない様に守る為だとか。
他にも数え上げればきりがないくらい。
その行動一つ一つに意味があって、念入りなそれらが俺をゾッとさせた。
だってそういうのって、大体は失敗の積み重ねを元に改良した結果だろ?
こんな準備を必要とする様な、ナニを積み重ねてきたんだか。
でも自分の肉体の許容量以上の魔法を使おうってのは、今回の俺達も同じだし。
しっかり見習って、俺は細かく準備を整えることにしたって訳で。
こんなに小細工を必要としたら、なんだかもう『技術』って感じで。
『人間』が魔法を『魔術』って呼ぶ理由が何か、分かった気がした。
そうやって理解を深めて、俺は幾つかの『魔術』を作った。
何れも大規模な、何人も何百人もの魔族を集めて発動するモノ。
ちなみに大規模な上に準備がめんどくさいことこの上なく、試し打ちはしていない。
今日が本当に初披露で、上手くいくかどうか…内心じゃ、ドキドキしてる。
一応フェイ師匠とマゼラ師匠に指導がてら作った術式の確認をお願いした。
実際に発動はさせられなかったけれど、どういうモノか細かな部分を説明して。
術を解析したノートも添付で、机上の空論ながら検証してもらった。
…ら、マゼラ師匠は完全に固まって、何をしても暫く動かなかった。
フェイ師匠には危ないから本番以外は使うなって注意を受けた。
その顔は未だかつて無く深刻に真剣で、険しく案じるような顔をしていた。
そんな二人の反応がどんな意味か…怖くてまだ、確かめられずにいる。
今これから、この『魔術』を発動させたら…
そんな二人の反応の意味も、自ずと解ってしまうんだろうけど。
俺の八人の師匠達。
六人は俺の頼みを受けて、それぞれの持ち場に。
各所で戦場の指揮を執るのと同時侵攻で、頼み込んでお願いしたお仕事。
魔法陣の六つの基点で、それぞれに『柱』の代わりになって貰った。
いや、別に贄にするつもりはないけどさ。
『贄』はこの戦場で死んだ全ての生命。
特に、六人の師匠達が殲滅した生命を糧に、華やかに発動する筈。
魔法を得意とするフェイ師匠とマゼラ師匠は俺の補助として側に控えている。
魔法の得意な魔族、100人を従えて。
俺の補佐及び、制御の手伝いが彼等の仕事。
戦場にいる魔族から魔力を集め、束ねるのはマゼラ師匠が。
集めた膨大な魔力を制御するのはフェイ師匠が。
そうして纏められた魔力を糧に、『魔術』を発動・制御するのは俺の仕事。
『人間』の技術を真似た、沢山の下準備。
その一環として、魔族には二つの魔導具を配布した。
身につけている間、対象者の魔力を蓄積し続けるモノ。
そうやって集められた魔力を、合図と共にマゼラ師匠へ流し込むモノ。
この魔導具を身につけているせいで魔力に制限がかかるのは、申し訳ないけど。
普段の半分程度の魔力しか使えないって問題点を、皆は快く了承してくれた。
俺の我が儘に近いのに。
あっさりと受け入れてくれた皆には、本当に頭が上がらない…。
人数揃えての魔法なんて、初めてで上手くいくのか、誰も分からないだろうに。
こんな行き当たりばったりで、どうなるか分からない策に乗ってくれた皆には感謝。
信頼されてると取るべきか、頭が足りないと怒られるべきか。
こんな運任せに近いこと、決戦最中にやってることを知ったら…
………リンネ、怒るだろうな。
いつもの様に馬鹿と罵って、俺のこと、殴って良いよ。
でもその代わり、上手くいく様に俺の分も一緒に祈ってくれないかな。
何となくだけど、リンネのお願いなら夜の神様にも届きそうな気がしたから。
だから、詳細なんて何も話してないけれど。
それでも何をするのか分からない俺のこと、信じて欲しくて。
きっと沢山心配させてるんだろうけれど。
今だけは俺の普段の馬鹿なあれこれなんて忘れて、一心に祈っていて欲しかった。
皆の無事と安寧と、そして未来を掴み取れることを。
そして望みを叶える為の犠牲に、『人間』を虐殺してしまう俺の醜さ。
欲張りで、我が儘で、自分勝手で。
そんな俺の丸ごとを、全部全部許してくれと。
心の中でポツリ一言。
それだけとは、言えないけれど。
それだけ沢山の全部を許してとは、厚かましくて言えないけれど。
それでも許して欲しくて。
俺はリンネの慈悲に縋らなくちゃ、生きていけないんだと。
こんな時だってのに、俺はそう、自然と悟っていた。
こんな命の遣り取りの中。
誰もが命を賭けて、そして死んでいく中。
血みどろでぐちゃぐちゃで、とても綺麗とはいえない醜さの中。
綺麗なモノとは無縁だけど、生命の火だけが綺麗に赤々と燃える中。
俺はふいに、リンネの優しさを思い…
それがなくちゃ生きていけない、自分の弱さを嗤った。




