14.押しつけられた大任
今まで一度も誰かと共闘したことがないというお兄さん達。
誰かと一緒に戦ったこともなければ、それを想定して計画を立てたこともない。
他人と共に戦うと言っても、どうやればいいのか分からずに首を傾げている。
勝手が掴めずに戸惑う様子が強かったが、何とかなると楽天的に考えることにしたらしい。
それで大丈夫なのか、私は大いに不安だった。
いや、全然大丈夫じゃなかった。
「だから、なんで皆、同じ所に無作為に突っ込もうとするんですか。無計画も同然じゃないですか。作業分担って言葉知っていますか? 適材適所って言葉、分かりますか?」
流石、協調性という言葉は知っている癖に、チームプレイという言葉を知らない魔族。
彼等は、複数で動く利点は何か考えることすら思いつかないようだった。
心配になって、念の為に当日の計画を確認してみて良かった。
ただ力業で突っ込むだけの計画に、取り囲まれたらどうするのかと不安になってくる。
そりゃ、魔族は強い。一人だけでも人間の十人や二十人なら、魔法を使って吹っ飛ばせる。だけど、百人、二百人と圧倒的な数で迫ってこられたら話は別だ。数に勝る人間に迫ってこられては、捌ききれなくなって潰れてしまう。
私も里の大人達にそう聞いているだけで、実際の所はよく解っていないが、先人の言葉はそれなりに信頼性があるはずだ。例えお兄さん達が規格外でも、一人の力はたかが知れている。
私とアイツは戦力外なので頭数に数えないとして、お兄さん達は三人。たった三人。
それだけの少人数で無計画に突っ込んだら、どうなるだろう。
考えるだけで恐ろしい。
「一応、『奴隷市場』の各所に、事前に時間差で爆発する様に魔法をかけるつもりですが…」
「それでも、結局三人一塊で突っ込むんですよね。最終的には成り行き任せの力業で行くんですよね。役割分担って発想はないんですよね。それで帰ってこれる保証はあるんですか?」
「なんでしょう。リンネさんがいつもに比べて、すごく強い…」
「何だか肝っ玉母さんに睨まれている気分になるな」
「嬢ちゃん、恐ぇ顔してっと、将来男に逃げられるぞー」
ギラリと、一際強く睨んでやればお兄さんが身を縮めました。
彼等はもう少し、自分の得意分野を弁えて行動した方が良いと思います。
だって、彼等の得意分野は見事にバラバラ。私の懸念も分かって欲しい。
お兄さんの得意な戦法は、どう考えても肉弾戦。むしろ、武器無し・魔法無し。
ただひたすら、殴る・蹴る。乱戦の中で目の前にいる敵をひたすら殴り続ける。
私達がお兄さんと行動を共にしてきた時間は短いですが、それなりにお兄さんの戦い方は見てきました。ええ、私達を襲ってきた『人間』を、全て問答無用で返り討ちにしてきたのはお兄さんです。
彼は『人間』を前に頭に血が上ると、周囲への注意力が低下します。私達も巻き添えで殴られそうになり、慌てて退避したことは少なくない。側にいれば拡大した被害に巻き込まれるのが、お兄さんと一緒にいる際の不利益です。それ以外は本当に頼りになる人なんですけど、それだけはいただけません。
そんな人と一緒に戦う? すぐ側で?
殴り合いに眼が眩んで見境の無くなったお兄さんに、敵と纏めて襲いかかられるオチが見える。
爆破魔さんの得意技は、爆破魔なだけに大規模な爆裂系効果を持つ魔法だそうです。
見た目も派手なら巻き起こす惨状も派手。正に火炎と爆風の申し子と聞きます。
そんな人がお兄さんと一緒に前線に出る? それはちょっと考え直してほしい。
試しに聞いてみたら、今までの破壊活動では遠方から標的を問答無用に吹き飛ばすばかりで、直接戦闘の経験はあまりないそうです。襲われた時に逃げられるだけの力量はあるそうですが、あまり得意ではないとか。
そんな人が敵に囲まれても敵を殴り続けるお兄さんと行動を共に? 馬鹿ですか?
敵ごと一緒くたにお兄さんを爆破する姿も想像できますが、味方の筈のお兄さんにぶっ飛ばされる姿も想像できます。否、それよりも、敵に囲まれて魔法を使う余裕を失い、数に押されて首を取られる光景が目に浮かぶ。ええ、彼は後方からの援護射撃が一番合っていると思うのです。
羽根の人はまだ出会ったばかり。私にとっては色々と未知数の人です。
しかしながら、直接戦闘は背中の大きすぎる翼がネックとなるのではないでしょうか。
何しろ、背中の翼が場所を取るし、視界を封じるし、本人にとって背中は他の誰よりも死角になります。絶対に、翼が邪魔で背中が見えません。注意もできません。囲まれたら最後です。
側にいる味方にとっても、彼の翼は敵の姿を見失わせる大きな死角となるでしょう。
切羽詰まった状況下、彼の嵩張る翼は、側にいたら邪魔になるだけのような気がします。
もしかしたら直接戦闘も強いのかも知れませんが、意識の行き届かない背中どう見ても弱点で、とても狙いやすそう。彼は、敵の手が届く場所には絶対に出ない方が身の為です。
私はそれら、考えついた見解を必死になって三人に奏上した。
私の訴えに、彼等もそれぞれ身に覚えがあるようで、それぞれ私と視線を合わさない。
遠くを見てないで、反論があるなら私にはっきり言うが良い。ちゃんと視線をきっちり合わせて。
言うべき言葉も思い浮かばない様で、項垂れている爆破魔さんはまだ素直です。
何処吹く風と言わんばかりに、ひたすら空を眺める羽根の人も、言いたいことがあるなら聞きます。
お兄さんは、もうちょっと悪びれて下さい。何ですか、その愛想笑い。
「言われるとそんな気がする。殴ったら勘弁な?」って、殴ることが前提ですか?
私は自分の予想が全く外れていなかったことを知り、やるせない思いが湧き上がる。
私の予想を幾つも外してくれた規格外三人組も、こんなところばかり予想通りで無くて良いのに。
それぞれ欠点を突きつけられた三人の青年と、欠点を上げ連ねた私。
私達は少なくない心の痛みに、そっと視線をそらせたまま項垂れていた。
「リンネ、やっぱ凄いな。アー兄達が一緒に戦ったらマズイなんて、俺は気付かなかった」
四人共がダメージを食らって項垂れる中、一人だけ元気なアイツがカラッと言った。
…ええ、それはもう、あっさりケロッとした顔で言った。
「アー兄達の長所も短所も分かってるみたいだし、いっそリンネが三人の作業分担? 役割担当? ってのを決めたら良いんじゃないか」
「…は?」
ちょっと待て。
今、何を言い出した、アイツ…。
私が信じられない思いで見つめる前で、アイツはいとも簡単に、自覚もなく私に大任を押しつける。
「適材を適所に振り分けるなら、リンネみたいにアー兄達の特性を分かってる奴が考えたら良いじゃん。アー兄達、自分自身の身の置き所? 分かってないみたいだし、それなら分かってるリンネが考えた方が都合良いだろ。その方がきっと、アー兄達も自分の力を充分に発揮できるんじゃないの?」
「ぐ、グター…アンタはまた、突拍子もないことを…」
殴ろう。
私は今、切実に思った。此奴の首を絞めて、殴ってしまおうと。
だけど私が幼馴染みへの殺意に身を震わせている後ろで、私よりも経験豊富な筈のお兄さん達が顔を輝かせている。その手があったか、と呟いて、手をぽんと打ち合わせている。
「あ、それ良いな」
「ええ、グター君、良いことを言いました」
「うむ。それこそ正に適材適所。彼女であれば相応しかろう」
ああ、大人の筈の彼等まで、子供に責任を負わせる様なとんでもないことを言いだした。
「ちょっ ちょっと待って下さい! 私、戦いとか破壊活動とか、完璧に素人ですよ!? そんな私に、お兄さん達の行動を振り分けろって言うんですか!?」
「だが現実に、そなたは我等の欠点を理解し、どのような役回りが相応しいか分かっておろう。そなたにできぬのなら、また我等は己を理解することもなく、身に合わぬ仕事をしようとするやも知れぬぞ?」
「う…っ」
羽根の人の的を射た意見に、私の言葉は詰まって出てこなかった。
その隙に、爆破魔さんが他の賛同者達と私を追い込む。
「計画の担当振り分け・現場指揮担当にリンネさんが相応しいと思われる方、挙手をお願いします」
「はいっ」
「おう」
「うむ」
チームプレイは知らないが、何故か協調性を知っている魔族の彼等。
今この場で、彼等はなけなしの協調性を活用し、私が何も言えないでいる間に話を進めてしまう。
「では、リンネさん以外の全員一致ということで、ここにリンネさんの計画指揮担当役への就任を宣言します。そう言う訳ですので、よろしくお願いしますね、リンネさん」
「そ、そんな…!」
「異論は認めませんので、あしからず。私達を死なせたくなかったら、頑張って一緒に私達の『適材適所』を考えて下さいね? 勿論、前に出て戦えとは言いませんので。貴女は考えてくれるだけで良いのです」
爆破魔さんの良い笑顔が、私の殺意をくすぐった。
…こうして私は、あれよあれよという間に、大任を背負わされてしまった。
物凄く逃げたいのに、逃げたら彼等が犬死にしそうな、物凄い危機感。
結局私は、私にできる全力で彼等を支えるしかないのだ。
自分の能力に不安はあるが、そこは彼等自身が望んだのだと言うことで諦めて貰おう。
何かあった際には、彼等自身の力量できっと乗り切ってくれるはず。
誰とも知れぬ存在に強く祈りながら、私はとうとう諦めた。
彼等の命の責任なんて、重い物を背負う気は殆どなかったのだけれど。
…ただ、事の発端となった、グターの事だけは後で殴っておこうと決めた。
皆さん、共闘という初の試みの前に、子供相手に無茶振りです。
ええ、彼等は今まで単独戦闘しかしたことのない設定なので。
主人公のことを信頼しての事ですが、何でも試してみようという好奇心もあるのではないでしょうか。




