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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
決戦は避けられない
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その頃、王女と案山子は塔の上



 王城の塔の上、穀物神の化身は乾ききった表情(カオ)をしていた。

「あ、は、ははは…」

「どうされました、主」

 隣には、王女の正体を知ってすっかり従順な下僕と化した某案山子が控えている。

 自力で主人の存在に気付けなかったとか、おしおきで無力化されてしまったこと等、自分に都合の悪いことは全て忘れたかの様に平然と構えている。

 王女の傍らにあるのが当然と言わんばかりの様子。

 だが、その首には地上の民には見えない、神力封じの首輪が付けられていた。

 しかしそんなことも、側に主がいれば些細なこと。

 案山子はすっかり毒気を封じられ、下僕業に専念していた。

「…あなた、悪びれませんよね」

「どんな心構えでいようと、今は『人間』程度の力しかありませんから。何もできませんし」

「力があれば、何かする気だったんですか?」

「そうですね。夜の神への腹いせと報復をかねて、何か考えますが」

「反省して下さい。本当に、しっかり反省して下さい」

「そう仰るのなら、自分の力至らなかったことを反省致しましょう」

「それは私の求めている方向性とは異なります!」

 穀物神の化身たる『人間』の王女は、ままならない現実に本気で泣きそうだった。

 ただでさえ手に負えない部下の存在に普段から悩ませられていると言うのに。

 今はそれだけでなく、それ以上に。

 自由すぎる下僕の存在も気にならなくなるくらい、頭の痛くなる悩みが立ちはだかっている。

 どう考えてもどう見ても、頭にちっとも優しくない。

 そんな光景が、塔の上から見下ろす眼下、逸らしようもない現実として広がっている。


 高台に作られた王宮の、最も高い塔の上。

 高みから見下ろす光景は、王都の外まで遙かに見晴るかす。

 都を取り囲み、聳える外壁を越えて。

 街道の敷かれた平原。なだらかに続く遠い丘。

 田園の広がりは、平時であれば四季折々の変化と共に、穀物の実り豊かさを実感できるもの。

 活き活きと育ち、伸びる緑。

 重く広がる、実りの黄金。

 育ち、生きる植物の成長が、草原の海となっていつもであれば目を和ませる。

 それは人々のたゆまぬ努力と、勤勉に成されてきた地道な積み重ね。

 日々の営み、人の生きる毎日を、いつもであれば思う風景。

 それが、無惨にも大きく様変わりして。

 同じ景色、同じ場所であるというのに。

 大きな異質、大きな変異が広がり、居座っている。

 それは否応なく自分達の置かれた状況を見せつけ、思い知らせてくる。

 王都に住まう、全ての民が怯えていた。

 王宮に仕える、全ての者が戦いていた。

 王都を取り巻く平原の向こう、丘の上に静かに息を伏せ、身構える者達。

 魔族の軍勢が王都を見下ろす形で、戦いの時を待ちかまえていた。

 まるで見下ろす王都の人々が血を流す時を待ち、舌なめずりする様な。

 まるで戦のその時に、ぶつかり合う敵を血祭りに上げ、哄笑する様な。

 そんな姿を幻視させるのは、相手の持つ力を肌で感じとってしまう為か。

 厳格で圧倒的。そこにあるというだけで、もたらされる威圧感。

 かつて無い凄まじい風景、初めて見る敵の本格的な軍勢。

 それが持つ、今まで知ることもなかった恐怖を強制的に突きつけてくる。

 呼吸の止まりそうな威圧と、もたらされる未来への恐怖の中。

 絶望的な未来を悲観しかできず、身に迫る滅びの危機を見つめないではいられない。

 息を潜めた『人間』達は日々の営みもままならず、縋るべき貴族や王族に希望も持てず。

 豊穣の娘と名高く、奇跡の体現者とされる王女を心の縁と祭り上げるようになっていた。

 いつしか、誰ともなく呼び始める。

 王女こそ、この危機を乗り切る為に穀物神の使わした、神の娘に違いないと。

 人々は限界に迫る心を支える為、頼り縋る分かりやすい希望を必要としていた。


 何もしていないのに意図せず勝手に鰻登り。

 めざましいほど急増していく自身への支持率に、当の王女は本気で泣きが入っていた。

 彼女の意を汲まないことが多い案山子が、更に追い打ちを掛ける。

 日々変化していく自身への支持率を、分かりやすく数値化して報告してくるのだ。

 色々な意味で自分が本気で追いつめられている事実に、息が苦しくなってくる。

 王女は、折り重なり、積み上げられていく数々の難題に、気苦労を募らせていた。

「魔族の皆さん、凄い兵力ですね…」

「とは言いましても、我々『人間』の軍勢に比べれば些末な規模ですが」

「でも、あんなに沢山いたとは知りませんでした」

「各地で地道に『奴隷』を解放していった成果といったところでしょう。由々しきことですが、『人間』の血を引く混血共も多くが戦力として加わっているとか。妖精や竜族共の助力も得ているそうですし、まあ、あんなものでしょう」

「『人間』との混血の人達、ですか…彼等は、どうして『人間』を選ばなかったのでしょう」

「迫害してたからでしょう」

 さらっと部下が漏らした言葉に、本気で穀物心は頭を抱えて逃亡したくなった。

 色々と問題のありすぎる、己の民の行動の数々。

 もうこれ以上、至らない情報は知りたくない。

 それでも知らなければ償いもできないと分かってはいる。

 だが正直なところ、既に穀物神はお腹一杯だった。

「この王都にも、飼い殺しにされていた混血達の組合だか何だかの小集団があるようですよ。密告によれば其奴等も魔族に与し、王都を内部から破壊する為の工作に関わっているとか」

 そのまま軽い調子で「潰しておきましょうか」と提案してくる案山子。

 案山子の顔は至って平時通りで、むしろ主人が側にいることに浮かれてさえいる。

 この部下の性格矯正を実行して、上手くいくだろうか。

 首を絞めても平然としていそうな図太い案山子に、穀物神は不安でならない。

 案山子の矯正が上手くいかなかった時、将来的に夜の神にシメられる。

 本能的な危機感でぞっと背筋が粟立つが、そんな事実は一時忘れることにした。


「こんな調子で、『人間』は生き残ることができるのでしょうか…」

 創った神としては、あまりの申し訳なさにそろそろ滅んでも仕方がない気はする。

 しかし実際に滅びてしまうと、大陸の霊的なバランスが崩れてしまう。

 そうなれば連鎖的に他へと被害は及び、大陸諸共、共倒れとなって滅ぶだろう。

 それが分かっているので、『人間』の絶滅は阻みたいのだが…

 現在。


  ・穀物神 → まるきりただの『人間』の小娘。精々植物育成促進しか能がない。

         魔力は豊富だが、『人間』には過ぎた力なので制御できない。

  ・案山子 → 神力は封じられ、現在ほとんど『人間』同然。

         再会した主に夢中で、煩わしい他の一切に関わる気がない。


 いかんせん、やれることが少なすぎた。

 特に案山子に至っては、やる気からして無いのが実状。

「…不甲斐ない祖神()を、どうか許して下さい…」

 穀物神の懺悔は、罪悪感の色をしていた。


「…主は悲観しておられますが」

「ソフォド?」

「魔族と『人間』の力量差は、大体は魔族一人に対し『人間』五人分。一人の魔族に対し、最低でも五、六人でかかるのが常識とされています」

「魔族一人が、『人間』五人分…? ですが、報告にあった魔族の幹部は…」

「あくまで、一般的な魔族の場合です。一部の規格外等、特例は別としての話です」

 魔族の幹部達は一般的な魔族ではないと、はっきり言いきる案山子。

 敵の実力や、一般的か否かの論議に、王女は釈然としないものを感じるが…

「その話は脇に置きまして、現在の話ですが」

「はい?」

「確かに魔族のあの軍勢の数は予想外で、想定を越えてはいました。多すぎです。しかし我等『人間』の軍勢は、魔族の約十倍前後が保持されています」

「十倍!? そんなにいるとは、初耳なのですが…」

「誰も存在を忘れられそうな王女に、わざわざ教えなかったのでしょう」

「今の私は、誰にも忘れられていませんよ?」

「覚え目出度くなれば、今度は今度で恐れ多いと耳に入れる者もいなかったのでしょう」

「納得がいかないのですが」

「主は神聖視されていますからね。当然ですが。しかし神聖な相手に、俗な話は憚られます」

「そんな理由で、変な情報規制が…」

「兎に角、『人間』の兵力は実数、魔族の十倍ほど。主は健やかに見守られても良いのでは」

「そうですね、十倍…」

 遠く、彼方に見える魔族の軍勢を眺めやり。

 次いで、十倍という言葉を反芻しながら噛み締める。

 王女の遠い目が、更に遠くなった。


「………何故でしょう。それでも勝てる気が、全然しないのは」


 神の魂を持つ王女の言葉は託宣じみて聞こえたが、傍らの案山子は何も言わなかった。





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