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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
決戦は避けられない
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105.アイツの逆襲





「あれ、リンネ。早いね」

「そう言うのは、多分ウェアンだけじゃないかな…」


 私が目覚めた朝、若干遅めの時間に起きてきたウェアンは、第一声でそう言った。

 数ヶ月寝っぱなしだった従姉の目覚めに対する第一声が、それ?

 私とは若干違う感性で生きているらしい彼。その言動も、「らしい」と思った。


 目覚めた私に対する仲間達の反応は、表現の差はあれども意味するところ、込められた感情は概ね同じ物ばかり。笑ったり、泣いたり、驚いたり、歌ってくれたり踊ってくれたり。

 皆が皆、明らかな安堵と喜びで、私の遅すぎた目覚めを祝ってくれた。

 口々に遅すぎるとか、お早うとか、やっとですかとか、呆れや喜びで彩った言葉と共に。

 そんな中。

 私の目覚めを喜んでくれただろう筆頭の一人、幼馴染みで親友で、従弟の言葉。

 それが「早いね」とは、どう返すべきか、反応に困る。


「所でリンネ、目が覚めて早々悪いんだけど…聞きたかったことがあるんだよね」

「え? なに? そんなに唐突に聞いてくるほど、大事なこと?」

「そう言う訊き方をされると少々困るけど。でも本当、起きてくれて丁度良かったと思ってるよ。この疑問には、リンネしか答えられないんだから」

「何だか随分と意味深なことを言うけれど…要は何を聞きたいの?」

「ふふふ…」

 紅い唇を細く引いて、意味深な笑みを浮かべてくるけれど…

 その真意が分からなくて、私は首を傾げてしまう。

 言いたいことを察することのできない私に、注がれたのは苦笑だった。

「夜の神様に抱えられて帰ってきた経緯を聞こうかとも思っていたんだけど…それよりも、気になることがあるんだよね」

 其処で一度区切って、ウェアンはにたりと微笑みました。

 背筋の寒くなる様な…悪い予感を感じずにはいられない笑み。

 その笑みのまま、彼は言ってしまったのです。

 私の一番触れられたくない、忌まわしい奴隷生活の象徴とも言える物体の事を。

「何があったのかは知らないけど、なんで侍女の制服なんて着せられていたのかな。魔力封じの首枷は仕方ないとしても、それに鎖を繋がれるのはどういった訳が? リンネ、君、『人間』にどんな扱いを受けていたのかな。鎖付の首輪に侍女服ってとてもマニアックじゃない?」

「……………」


 私が困惑しいるのを知ってか知らずか。

 多分分かってやっていそうな気もするけれど。

 我が従弟殿は更なる困惑…というか、心労をもたらす様なお言葉を吐いた。

 私を困らせようと言うその言葉に、彼の苛立ちが…私への心配が透けて見える。

 無事に現実を取り戻した私に対し、思わず意地悪をしてしまうほど案じてくれたのか。

 平素の彼よりも思わせぶりな態度に、意味するところを気付いてしまったから。

 どう返すのが一番良いのか。どうすれば安堵と満足を与えられるのか。

 さて、此処で私はどう返すべきなのか…考えてしまう。

 誤解を避けて慎重に答えようと頭を巡らせようとした、横。

 私の隣…今の今まで、大人しく正座で私からのお説教受けていた、アイツから。


 ぶわ…っと。


 ぶわっと、どす黒い殺気が噴き出した。

 まるで汚染する様に、目に見えない殺気は空気を黒く染めていく様だった。

 つまりは、私達を取り巻く空気が一気に重苦しくなった訳だけど。

 私の知るアイツの反応とは異なり、過剰に剣呑でギスギスした感覚。

 以前のアイツなら、こんな恐怖に身震いしそうな殺気など放たなかったのに。

 知らぬ間にこんな身も心も凍てつきそうな隠し芸を習得されると、とても怖いんだけど。

 恐る恐る顔を窺うと…目が合った。

 私の目を覗き込みながら、その口許が…口許だけが、にぃ…っと薄く吊り上がる。

 暗く淀んだ瞳の奧に、闇に染まった激情が隠されている。

 ………そこにいたのは、私の知らないアイツだった。



 何に対して、アイツがそこまで怒っているのか深く考えることもできない。 

 ただ恐ろしくて、その怒りを寛恕して貰いたくて。

 私は目をうろうろと泳がせながら、厳しく言及してくるアイツの眼差しから目を逸らす。

 無難な態度と保身を駆使する意外に身を守る術も思いつかない。

 私は我が身が可愛い。

 見慣れないアイツは、知らない人みたいでとても怖くて。

 その求めに応じるまま、私は自分のみに起きたことを洗いざらい、全て暴露する。

 もしも神様方とお会いしていなければ、あの仮面の男の子とは曖昧に濁しただろう。

 でも、神様方は降臨し、私達は面識を保った。

 少々荒唐無稽なことでも、今なら受け入れられる。

 何より、今のアイツは私に偽りを許さなかった。

 結局、私はほんの少しも包み隠すことなく、自分の知る限りの全てを話しおえていた。

 アイツに怒りを、早く治めて欲しかったから。

 こんな知らないアイツじゃなくて…いつものアイツの方が良かったから。

 ずっと側にいた、見知ったアイツに戻って欲しかったから。


 アイツが納得して、すっかり満足する頃。

 それはウェアンに質問を受けてから随分と時間が経ってからのことで。

 明るい笑顔を取り戻し、活力を漲らせたアイツとは裏腹に、私はぐったりしていて。

 私は心労と怯えからの疲労困憊状態になっていた。




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