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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
決戦は避けられない
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102.鏡写しの私とアイツ



 足が傷つくのも構わず、裸足で走った。

 必死だった。

 必死になる必要がないと分かっていても、そうしないではいられなかった。

 多分、きっと。

 アイツも同じだったんだと思う。


 

 走り続けた私の前に、見慣れた色が飛び込んでくる。

 私達を見守る皆が、道を空けている。

 ぐるりと周囲を取り囲む仲間達の姿も、気にはならなかった。

 私とアイツの再会の為だけに、広く空けられた空間。

 その真ん中で。

 私とアイツは、本当の再会を果たした。


 広場の中央。

 開けた場所に足を踏み入れた私を待ち受けていたのは。

 全身で息をして、荒い呼吸に合わせて上下する肩。

 流れる汗も気にせず、寝起きそのままに全力で走ってきたのだと分かる姿で。

 再会を切望していた…アイツが、其処にいた。

 

 丁度、私と同時に此処へ差し掛かったのだと、蹈鞴を踏んだアイツの足が語る。

 なりふり構わないのは私だけじゃなかった。

 必死なのは、アイツも同じだった。

 自分の見た夢が現実だったのだと。

 嘘ではなかったのだと、ただの夢ではなかったのだと。

 確かめる術などなかっただろうに、アイツは私の元へ真っ直ぐに向かっていた。

 疑うことなく信じて、私の目覚めを察して駆けつけてくれた。

 一番に、という約束通りに。

 私を迎え入れる為、自らも走って。

 私の前に、アイツがいる。


 起きると同時に走り出した私と、アイツも同じだったんだろう。

 まるで揃えた様に、私とアイツの姿は似ていた。

 薄手の寝衣はなりふり構わず走ったせいで、着乱れ酷い有様。

 裸足の足は薄汚れ、どこで付いたものか細かい傷が走り、血が滲んでいる。

 転びはしなかったけれど、尖った石を踏んでも構わず走ったせいで、足の裏が痛い。

 走るのを止めて、足を止めて。

 そうして初めて、足の痛みを自覚する。

 一つ気になると、他にだって意識が行く。

 ああ、私、寝起きのままだ。

 服は寝衣だし、足は裸足だし、髪の毛だって櫛を通していない。

 せめて顔くらい洗ってくれば良かった。

 胸の中、一瞬後悔が過ぎる。

 でも、アイツの顔を見たら。

 満月色のアイツの目を見たら。

 もう、一つのことしか考えられなくなっていた。

 胸が詰まって、言いたいことがあったのに、言葉が出ない。

 何か切欠さえあれば、きっとちゃんと喋れるのに。


 私達の動向を、固唾を呑んで見守るみんな。

 彼等が夢の世界でのことを、覚えているかどうかは分からない。

 今は未だ早朝。

 起きている人の姿も少ない。

 その、限られた少ない人達が、私達の再会を見守っている。

 お兄さんが、爆破魔さんが、羽根の人が、皆が、暖かい眼差しで見守ってくれている。

 何か口を挟みそうなあかい人だって、静かに此方を見るだけで。

 優しい微笑みが、私達に向けられていた。


  「良かった…」


 誰かの呟く声が聞こえた。

 本当に良かったと思っている、涙のにじんだ喜びの声。

 眠り続ける私と、荒れ狂ったアイツ。

 その行く末を心配してくれていただろう、優しい誰かの声。

 それが私の待ち望む、切欠になった。



「グター…」


 最後の、私とアイツの間に空いた空間を、ゆっくりと歩み寄る。

 焦って、何よりもまず会わなきゃと、焦っていた気持ちも今はもうない。

 今は確かに、確実に、アイツとの距離をゆっくり縮めたかった。

 ゆっくりゆっくり、焦りなんて置いてきぼりに。

 ゆっくりゆっくり、見守る皆の優しい気持ちと、合わせる用に。


「グター、私、ちゃんと起きたの」

 そう言って微笑みを浮かべれば、アイツが泣きそうな顔で笑う。

 目に溜まった涙は、今にも溢れ出しそうだった。

「うん、おはよう。リンネ」

 感極まった様に返事を返してくれたアイツの顔は清々しい。

 憑き物が落ちたみたいに、晴れやかで嬉しそうな顔。

 私の誰よりも見慣れた、太陽みたいに明るい笑顔で。

 夢の世界で見たのと同じように、見慣れない育った姿でも。

 これは確かにアイツなのだと、そう私に教えてくれた。


 だから、躊躇いはない。

 ええ、ええ。どんなに見慣れない姿でも。

 これはアイツこれはアイツこれはアイツこれはアイツ…

 遠慮容赦、躊躇い無用。手加減の必要は欠片もない。

 だから。

 ええ、だから。

 私はより一層、柔らかく笑いかけました。


「グター。私、一番に貴方に会いに来たの。約束よ」


 私の言葉に何故か照れながら、凄く嬉しそうに笑うから。

 若干、可哀想な気もしましたが。

 それは気のせいと、流すことにして。

 ええ、情状酌量の余地はなく、同情の必要もありませんから。

 私は、最後の距離を一歩で詰めます。

 アイツの懐に潜り込む様な、至近距離。

 触れていなくても温もりが伝わるほどの近さで。

 見上げなければアイツの顔も見えない。

 

 アイツが何を勘違いしたのか、両腕を広げます。

 私を抱きしめようと、腕を伸ばしてきます。

 感激して昂ぶった感情の赴くままに。

 感動の再会ですから。

 そうですね。

 そりゃあ感激の再会に、抱きしめ合うのもアリでしょう。

 抱きしめられるのは嫌じゃありませんし、蟠りがなければ抱きしめても構いません。

 私も、ちょっとうずうずしています。

 ちょっと踏み込みすぎたかな?

 あまりに近いので、うっかりつい癖で抱きしめそうになりました。


 ですが。

 そんなことはさておき。

 そんなことよりも、私の用事を優先させてもらいましょう?

 ねえ、グター?

 私、いきなりはマズイかと思ったけど。

 何よりも強く思っていたことだから、我慢できない。

 これから諸々、沢山大事なことを話し合わなきゃいけないものね。

 やっぱり先に済ませなきゃ。

 一番に、何より一番にやるって決めてたもの。初志貫徹って、大事でしょ?

 ね? すぐ済むから、ね?


 アイツはまさか私に外衣があるとも思わないのでしょうね。

 嬉しそうに幸せそうに揺るんだアイツの顔は、ちょっと頭の螺子が飛んでそうですが。

 そんなことは後回し。

 私は嬉しくなって、アイツににぃぃっこりと笑いかけました。


「り、リンネ…?」


 …あ。アイツの顔が引きつりました。

 長年の経験と動物的直感に基づく、危機察知能力かな?

 私の行動を知り尽くしたアイツだから、思うところがあったのでしょうか。

 でも、もう遅いです。

 逃げる時間は与えません。

 そんな猶予を与えるほど、私は寛容になれません。

 今日は勘弁しないって決めているんです。


 さあ、グター。

 私の鬱憤晴らしの時間です。

 今日は優しさという言葉を忘れる日なんです。

 甘くなんて、してあげないからね?






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