98.割り勘と言うよりカンパに一票
渋る夢の神様を数の暴力で説き伏せて。
ええ、皆で周囲を取り囲んで、誠心誠意熱い説得に励みました。
暴力は意味がありませんし、神様には敵いませんから。
集団で口々に説得という鬱陶しい手法を使いました。
最終的にとてもうんざりしたらしく、神様はげんなりとした顔つきで。
思ったよりはすんなりと、面倒がった夢の神様から許可がおりました。
曰く、
「もうどうでも良いからさっさと全員帰ってくれない?」
とのこと。
お仕事熱心で規律に縛られた方でしたけれど。
集団の力、数の暴力というものはやはり何事に置いても有効な手段なのだと。
アイツは一人、私達が選んだこの道…建国という選択の根底を思い返し、満足げで。
自分の意を曲げ、根負けした夢の神様のうんざり顔を前に、私達は勝利を掴みました。
この場に置ける勝利はどうも、現実味も薄い物だったのですけれど。
何しろ神様は、あれだけ渋ったのにあっさりと追い払う手の形で。
「鬱陶しいから、もう帰れ。今回は特例として目を瞑る」
と軽く仰るばかりでしたから。
それでも準備を夢の神様が整え、妖しげな方陣の真ん中に立たされる時には実感もします。
私はたった一人きり、アイツとも引き離され、神様の眼前で孤立させられて。
沢山の仲間達の見守る前で、神様から直接の治療を受けたのです。
魂の傷を修復するという、人の身にはできない特殊な治療を。
皆から受け取った、癒しの力を糧として。
その治療方法は私達下界の民には何とも把握しづらく、見たこともない術で。
まあ、神様のなさることですから、私達の魔法とは根本的に違うのかもしれません。
具体的にどんな術なのかよく分かりませんでしたが。
目が潰れるほどの眩い光の中。
自分の身体を置き去りにした精神体の身。
見た目には何処が傷ついているとか、見ても分かりませんでしたが。
治療を受けて初めて、私は確かに傷ついていたのだと感じました。
全身の隅々、魂という脆く危うい、大事な何かが癒されていくのが分かります。
神様の治療の中で、精神体の身体が軽くなっていきます。
なのに、自分の身体は厚みを増してしっかりとしていくようで。
意識がすっきりと澄み渡っていく様な感覚の中、『癒し』という名称の意味を知ります。
温かくて柔らかな光の中は、何も怖い物の無かった幼少期を思い出させます。
まるで陽を沢山浴びたお布団の中、しっかりとくるまれて守られる様な温もり。
自分の身体も、キラキラと光っていく様な気がしました。
私は、沢山の人の協力で目覚められることになりました。
私に協力してくれるという仲間達は本当にとても多かったので。
最終的に個人の負担はとても軽く。
負担すらも感じないほどです。
長い永い、魔族の300年という寿命。
その中のほんの僅か、些細と言っても良いくらいの。
そんな程度の時間を、各自捧げた、前借りしたと意識せずに終えられるほどの。
ここでもまた、私達は『数の力』というヤツを実感します。
アイツが言いました。
「分割払いって素晴らしい。これが割り勘ってヤツか!」
「どっちかって言うと、カンパじゃないの。これ」
…分割払いって、こういうのも指すんですか? 分割違いなのは気のせいですか。
私もウェアンに賛成で、コレはどちらかと言えばカンパで正しい気がしました。
私の魂がすっかり癒えてしまうのに、さして時間はかかりませんでした。
流石は神様の治療と言うべきなのでしょうか。
そのお言葉によれば、私の魂にはざっと560年分の傷が付いていたはず。
それを物の数分で癒してしまうのですから、凄いの一言です。
彼の御方の言動を見る限り、それ程凄い御方だとは思えていなかったのですが…
お仕事はできる方なんですね、夢の神様。
正直に言えば、私は見くびっていたのだと思います。
見直したという感情を、敢えて口には出しませんでしたが。
どうやら私の顔は正直に思っていることを伝えてしまったらしく。
…いえ、そもそもこの世界で神様相手に隠し事は不可能でしたね。
「折角治してやったというのに。もっと敬え、小娘」
見直す、ということ自体が不遜だと、不機嫌そうに夢の神様が仰います。
私の抱いていた夢の神様への印象をすっかり読み取られてしまったらしいです。
私の治療の完了後、私が幾ら謝ってもお礼を言っても、夢の神様はそっぽを向いたまま。
何だかんだ言いつつ、私の治療に尽力して下さった方です。
いえ、そもそも、私達下界の民の為、身を粉にして普段から癒し、働いて下さっているのに。
うっかり私が思ってしまった不遜なアレコレのせいでしょう。
私を前に、夢の神様はすっかりふて腐れてしまわれた。
別れたらもう二度と、会うことのできない御方です。
それを私達も、分かっています。
私を助け、治療して頂いた恩人…恩神?様ですから。
できればこの感謝の気持ちをちゃんと伝えて、可能なら笑って頂きたい。
だというのに、私は何をやっているんだか…
不甲斐ないことです。
私が一人で盛大に凹んで項垂れていると、きっとあまりにも情けなかったのでしょうね。
夢の神様は苦笑を浮かべて、頭を撫でて下さいました。
その外見は幼子のまま。
私が項垂れて、ようよう手が届く身の丈でしたけれど。
私を撫でてくれた手つきは優しく、表情は長すぎる年月の刻まれた大らかさで。
微かに笑ってくれたのが、とても嬉しい。
夜の神様に通ずる所のある方ですから。
夢の神様も、本当はお優しい方なのかもしれません。きっと。
私の願望、込みですが。
彼の御方は、長く眠りすぎている私を、少し心配だと最後に仰いました。
魂が癒えても私は目覚めにくいかも知れないと心配して下さいました。
ええ、ええ。本当に、長く眠りすぎたので。
ずっと眠りっぱなしだったので、肉体と精神の繋がりが微妙に薄くなっているとな。
それって大事な気がするんですが、気のせいですか?
気のせい…ですよね? 気のせいだと、どうか言って下さい…。
…難しいが、可能? それ、気休めっぽく聞こえませんか?
夢の世界に順応しすぎて、通常よりも起きるのが困難だと、夢の神様が仰います。
そんなこと、今になって言われても困るのですが。
ああ、ほら。
私の目覚めが難しいなんて言うから、アイツが殺気を放出し始めて…。
っていうか、なにその殺気。
物凄くびしびし痛い…というか、怖い。
え。あれ、本当にアイツだよね?
ウェアンの話を聞いても、半信半疑の部分が多かったのだけど。
真偽の程は分からないと、思っていたのに。
それを保証する様な、裏打ちする様なアイツの殺気。
何より雄弁な、わたしの知らないアイツの片鱗。
…そんな物を見てしまったら、意地でも起きないわけにはいかないよね。




