95.毎度お馴染み、アイツがやらかしました。
そうですよね。
ええ、ええ、冷静に考えてみればそうでした。
もう一度、自分の中で確認します。
私とアイツは同じ年齢。残りの寿命年数もきっと似たり寄ったり。
そこで考えてみましょう。
私達の寿命は、あと260年くらいです。
そして私を目覚めさせるのに必要な癒しの量は、ざっと560年分。
二つに割って、280年。
余生260年を二人合わせても、足りませんね?
更に言うと、残り人生分の癒しの力を全て使い切ると、目覚めても心が摩耗してしまいます。
魂に傷を負っても癒すことができなくなり、5年と立たずに発狂して死んじゃうそうな。
………ははははは。
どうしろっていうんでしょうね?
でもなんだか、微妙なモノではありますが。
何となく、先行きに明るいモノが見えた気がしました。
他者の協力が、絶対に必要ではあるのですが。
先程夢の神は言いました。
私達二人では足りないと。
できない、やれない、不可能だとは言わなかったのです。
しない、とも言わなかったのです。
それってつまり、面子さえ必要分揃えれば、できるやれるってことじゃありませんか?
人数を揃えれば揃えるだけ、個々の負担が軽くなるってことじゃないですか?
私が目覚められる、余地が出てきたって事じゃないですか?
誰かの助けが、絶対に必要という問題に目を瞑りさえすれば。
誰かに犠牲を強いる方法は、どうしても躊躇してしまいます。
それがどうでも良い他者ではなく、よく知る人や大切な人なら、どうしても。
二の足を踏んでいる場合ではないのでしょうし、私は偽善者を気取るつもりもありません。
今まで生きてきただけでも、色々と起伏に富んだ道を歩んできたと思います。
私は自分が他者を虐げてきたことを、重々承知しているつもりです。
でも、それでも。
躊躇いなく私の為に自分で負担を背負おうとしたアイツ。
アイツがどうでも良い誰かの為に自分を投げ出すことはないと知っています。
アイツが無条件で、自分のことを考えずに投げ出すのは、いつだって私の為だと。
私のことを大事にして、自分を省みるということを故意に忘れて。
アイツは、私の為に何だってしてしまうんです。
自分が情けなく感じました。
アイツがそこまでする価値が、自分にあるでしょうか?
アイツはそこまでするほど、私のことを大切に思っているのでしょう。
それが分かるから、尚更。
私は、自分の大切な誰かを犠牲にするのに、躊躇ってしまう。
犠牲にしたくないと、思ってしまう。
当人達が、それを犠牲だと思っていなくても。
犠牲だと思うほど、負担に感じていないとしても。
でも、アイツはやっぱり私にはできないことをして、できない発想を生み出して。
私にはできないことをあっさりやらかす馬鹿だった。
うん。少しは躊躇え。
もうちょっと、物事を細かく考えて!
なんでそんなにあっさり踏み出すのかな!?
私の引きつった顔など気付かずに、アイツはいつだってやらかすんです。
私にはとてもできない、行動を。
…アイツは、私が気に病むのを分かっていたんでしょうか。
私が気にしない様、気を遣ったんでしょうか?
アイツはいつも思い切りが良いなと、感心してしまいます。
ちなみに良い意味ではありません。
アイツは、犠牲と言うほどの大きな負担を個が背負わない様、工夫を繰り出しました。
私達の了承を、得る前に。
「そう言う訳で!」
馬鹿が言いました。
その背後に広がる光景に、眩暈がします。
見ればお兄さん達や神様方も、何とも言いがたい顔をしていました。
遠い目が、何だか虚ろです。
…お前、何やらかした?
答えは、アイツの高らかな叫びで告げられました。
「今ここに! 起こす為ならちょっとは自分を削っても良いかな?ってくらいにリンネの目覚めを切望してる方々を全部召喚してみました!!」←現在就寝中の方限定。
「何やってくれてんの、このクソガキ!!?」
夢の神様が神様とは思えない口調の悪さで絶叫しています。
…ここ、一応、神域ですよね?
夢の世界の中の、神様が管理する為に籠もっている領域ですよね。
更に言うと、天界とも一部繋がってるらしい場所ですよね。
そんなところに、大規模な召喚やらかすとか…
やたら人を呼び込むとか…
本当に、あの馬鹿はなんて思い切りの良すぎることを!
ちょっと、気が遠くなりかけました。
精神体の世界で、気を失うのも無理なんですけどね…。
うわぁ…。
見渡す限り、とは言いません。
それでも視界の及ぶ範囲に、こんなに人が…
ちょっと、見ただけでは数えきれません。
呼び出された方々(精神体)も、いきなり召喚されて戸惑いが凄まじそうです。
普通に眠って良い夢見ていたところに、いきなり謎空間に呼び出される。
私だったら、訳分からなすぎて、取り敢えず元凶の馬鹿を殴り飛ばしますね。
「えーと…ひ、ふ、み…」
「アシュルー、その数え方じゃ追いつきませんよ」
「ふむ。ざっと数えても『解放軍』主立った面々は全て揃うておるな」
呑気に呆れた様子を見せるお兄さん達は、それでも立ち直りが早いほうでした。
アイツのやらかす馬鹿に散々付き合っていたので、順応も早いんでしょうね。
元々、あの三人は順応力が高い方ですけれど。
このままじゃ収拾がつかないと言い置いて、方々に散って群衆の整列を指揮し始めました。
何だかんだで、あの三人って働き者なんですよね。
「あははははは。此処に下界の民が来たってだけでも史上初だったってのに…こんな大量に押しかけられるとか。前代未聞なんだけど」
どれだけ叫んでも、馬鹿のやらかした馬鹿は既に撤回できません。
それを悟った為でしょうか。
夢の神様は虚ろな顔で、乾いた笑い声を上げています。
…まだ、壊れてませんよね?
今、この方に壊れられると、とっても困るんですが。
「テメェ、どうしてくれんだ穀物神!? こいつら連れてきた責任取れや!」
「夢の神!? 落ち着いて下さい! そも、これって私の責任なんですか!?」
「テメェが引率だろうが!!」
あ。大丈夫でした。壊れてません。
先程の調子を早々と取り戻し、穀物神様の襟首を掴み上げています。
身長差が凄いので、穀物神様は上でなく、下に引っ張られる形でとても苦しそうです。
穀物神様は全然悪くないと思うのですが…
自分の全く関与していない、関係どころか責任も取りようのないことでしょうに。
アイツの馬鹿によるとばっちりまで食わされて、穀物神様はとても不憫でした。
あまりに穀物神様が不憫で、やらかしたことが大袈裟で。
領域の管理者である夢の神様の許可も得ずに暴挙をやらかした、アイツが無謀すぎて。
色々と酷いと思ったので。
私は取り敢えず、アイツの鳩尾に右拳をめり込ませておきました。
殴って済ませるとか、暴力で解決するのは短絡的だと、分かっていましたけれどね。




