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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
夢の中であいましょう
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94.前借りで一括払い




 自分の価値。

 今更、こんな局面になってソレを見失うとは思いもしませんでした。

 私の価値を見定めようと、こちらを凝視してくる夢の神様の視線が痛いです。

 どうしましょう。

 どんな答えを提示すればいいのでしょう。

 ですがこんな時。

 いつもいつも、毎回毎回。

 私が答えを見いだせずに思い悩む時、意図せず助けてくれるヒトがいます。

 私が思いもしなかった答えを与えてくれる、アイツが。


「なあなあ、聞いて良いか?」

「ふむ。何と?」

「癒しの力?ってのが必要で、それがないとリンネは起きないんだろ?」

「うむ。左様だ」

「そんで、その夢の癒し?ってのの恩恵は毎日分割払いでもらってんだよな?」

「まあ、間違いではないな。その認識で」

「グター君、フェイル? 今、リンネさんは大事な局面にいるんです。喋るなとは言いませんが、邪魔にならない様、もう少し小さな声で喋りましょうね」

「おいおい、マゼラぁ? 何かテメェ、チビぃガキに言い含める子守のばあやみてぇだぞ。俺やフェイルより若ぇってのに、爺むせぇな。お前、ホントに若ぇの?」

「だっ 誰のせいですか! 貴方やフェイルが年上なのに全然しっかりしてないからでしょう!」

「人のせいにすんじゃねーよ。俺は未だ少年の心ってヤツを忘れてねぇだけだ」

「少年と言うより、貴方は明らかに悪ガキ大将って感じじゃないですか!!」

「…もー、マゼラ師匠、アー師匠、静かにしよーよ。今、リンネの大事な時なんだからさぁ。もう少し声抑えてよー」

「あーあ。マゼラのせいで俺までグー坊に叱られたー」

「僕のせいですか!?」


 ………例え夢の世界だろうと、神様の前であろうと。

 どこであっても、どんな状況であっても、アイツとお兄さん達は通常運転みたいですね。

 どうやらあの男共の態度は変わるということがないらしい。

 私の知らないところで何をやっているのか、色々と疑惑はありますが。

 人が真剣に人生の岐路という分かれ道の上、深刻な空気に苛まれているというのに。

 まるで猫に見据えられた鼠の様に、身体を竦ませているというのに。

 あの男共は、人の苦悩している脇で、何をやっているのか…。


「でもさー? 毎日の分け前で足りないからさ、一気にリンネの怪我?治して目覚められないんだろ。そんで、一生涯分の癒し?は小分けにしてるだけで、纏めたら凄い量になるんだよな?」

「足りない、というよりも治療が追いついていないのだろう。完治に時間が必要なのだ」

「その完治にどんだけ時間がかかるってんだよ。嬢ちゃんはもう三ヶ月寝てんぜ?」

「知らないけど、当分無理そうだから神様も出張ってんだろ? 穀物神様がさ」

 

 私が自分の価値を見出そうと思い悩んでいるというのに、あの気楽な男共…

 こちらは真剣な緊迫感を保とうとしているのに。

 隣でああも気楽に雑談されたら、どうして良いのか戸惑ってしまいます。

 …そろそろ、殴りにいった方が懸命でしょうか?


 私の頭が危険思考に支配されそうになりつつある、この時。

 もう全て投げ打ってアイツを殴って終わらせようかと思った、この時。

 アイツが、私達の意識を釘付けにする言葉を言い放ちました。


「これからの人生分纏めたら凄い量の癒しになるんだよな。ならさ、これからの人生で与えられる分、前借りの一括払いで纏めて一気にやってもらったらリンネ治んないかな」


「「「……………」」」

 

「え? えっ? 俺、何か変なこと言った!?」


 アイツの言葉が全員の意識を根刮ぎ惹きつけました。

 響きわたった台詞に、神様まで含めて全員でアイツに無言の視線を向けてしまいます。

 それがあまりにも同時に揃っていたので、ザッという効果音が聞こえそうなくらいでした。

「いや、変なことを言ったわけでは…ない、が…」

「ちょっと、その発想はなかった」

 無言でアイツをじっくりと眺めた後、お兄さん達が能面の様に無表情と化した夢の神様へ、視線を向けます。含み笑いを浮かべる顔は、余裕を装いつつも焦りが見えました。

 いや、一番焦るべきは、私なのですが。

「それで、どうよ? 夢の神さん。うちの馬鹿のアイディアはさ」

「グター君の言ったこと、実現は可能ですか?」

 笑顔で幼子に迫るお兄さん達は、一見悪そうに見えました。

 何というか…弱者に脅しをかけて、金品をせびるチンピラみたいです。

 ですが、夢の神様は矢張り神様。

 ただの幼子なら泣いて怯えるでしょう迫力のお兄さん達を相手に、鼻で嘲笑ったのです。

「馬鹿なことを。先程、私の言ったことを聞いていなかったのかな」

「あん? どういうこった」

「説明したというのに。下界の民の魂は脆い。今後の一生で貰える分の癒しを全て先に貰ってしまえば、その後は死ぬまで癒しを受けられないと言うことなんだよ?」

 夢の神様はそう言って、意味ありげに嗤うのです。

 そのお言葉にお兄さんはきょとんとしていましたが、お兄さんと一緒に夢の神様に詰め寄っていた爆破魔さんはハッと息を呑み、静観していた羽根の人も意味するところを悟りました。

 私だって、分かりましたよ。

 それはつまり…私の心が、遠からず死んでしまう未来を招くだけだと。

 分かっていない様子のお兄さんとアイツに、夢の神様は優しく優しく言葉を重ねます。

「前借りで一括払い…なんて提案は初めて受けたけれど、それを実現したとして、どうなる? 毎日は必要ないかも知れないけれど、それでも定期的に心に受けた傷を癒していなければ、毎日生きているだけで心に傷を負う君達は、直ぐに発狂してしまう。君達の言う方法で夢から覚めたとしても、引き替えに夢の癒しを受けられなくなるとなれば、五年と保たないだろうね。心と一緒に、彼女は死ぬよ? 」 

 幼子が「幼子に語る様に」喋る姿は、凄まじい違和感でした。

 まるで馬鹿にするように優しい語り口調でしたが、お陰でお馬鹿さん達も悟ったようです。

 お兄さんは肩を竦めてアイツに視線をやりますが、そこに落胆があります。

 …お兄さん達も、私の目覚めを真に望んでくれているのだと、分かります。

 少しだけ、胸が温かくなって、嬉しくなって。

 アイツの方は必要以上に落ち込まないかと心配して目を向ければ…

 ………あれ?

 アイツは何故か、お兄さん達を押しのけて夢の神様に詰め寄ります。

 その顔は、今まで見た中でも類のない程、必死で。

 縋る様な目を一度だけ私に向けた後、アイツは夢の神様に質問を重ねました。

「そもそもさ、聞いてなかったけど。もしも一括でリンネを治そうと思ったら、癒し何年分?」

 神様相手にその訊き方はどうかと思います。

 あと、癒しの単位って、「~年分」でありなんですか?

 私の疑問に答える人は誰もおらず、夢の神様は真面目な顔でお答え下さいました。

「…このまま彼女が老衰まで生きて、その後に生まれ直したとしても、更に天寿を全うするのにかかる年数分くらいは必要だろうね」


「「「「……………」」」」


 夢の神様の無情なお言葉に、私達は全員でポカンと大口開けて固まってしまいました。

 嫌な沈黙が、嫌な沈黙が重い…!


 さて、復習です。

 私達は魔族で、魔族は『人間』に比べてずっと長命です。

 その寿命、ざっと300年。

 そして私は、いまだ成人前。子供です、子供。

 残りの寿命は…約260年というところでしょうか。

 ………そうですか。私には、560年分の癒しが、必要なんですか。

 泣いて良いですか?


 一度死んで生まれ直しても死ぬまでかかるって、長すぎるでしょう!?

 私の人生分じゃ、完璧に足りないって事じゃないんですか!?

 さらりと言われた内容に、私達は絶望が遠くから手を振って歩いてくる幻覚を見ました。

 それってどんな幻覚だというお言葉は、黙殺します。


 私達全員が、絶望さんとこんにちは状態の中で。

 一人だけ、めげてないヤツがいました。

 アイツです。ある意味、勇者です。

 何かを考え込む様な顔をした後、アイツは何かを思いついた様でした。


 私が迷った時、躊躇った時、後一歩の勇気が出せない時。

 困った私を助け、背中を押してくれるのはいつだってアイツでした。

 そして今回も、アイツは私に答えをくれました。

 選ぶ道を探して惑う私の思考をすっぱりと裁ち切り、思い悩むのも馬鹿らしいくらいに。

 清々しいほどあっさりと、アイツは言ったのです。


「じゃあさ、俺の分の癒し分けるよ。俺の分減らして良いから、リンネに分けてやって。リンネが健やかに生きていくのに必要な分の癒しが確保できる様、俺から取ってよ」


 あっさりと潔く自分を蔑ろにする発言に、私達は言葉を失いました。

 深く考えている様には見えませんが、発言を悔いる色もない、アイツの顔。

 この場の全員を二度も釘付けにしたアイツの発言に、私達は深い衝撃を受けていたのです。


 …アイツって、こんなに自己犠牲強かったかな?

 ちょっとだけ、不思議に思う気持ちが強くて。

 とんでもないことを言いだしたアイツに焦る気持ちも強くて。

 私は首を傾げてしまいます。

 首を傾げながら、どうやったらアイツに上手に自分の気持ちを伝えられるか思案しました。

 アイツがあまりにも自分を蔑ろにする発言をするものだから。

 何故だか、胸の奥がもやもやするのです。

 何か言いたい、アイツの考えにもの申したい。

 そう思うのに。

 本当は何を言いたいのか、自分の気持ちなのに見えてこなくて。

 私は、自分の中から相応しい言葉を見つけることができず、口を挟めずにいました。



 全員が全員、アイツに注目して先行きを見守る中。

 アイツの言葉に、固唾を呑んで、夢の神の反応を窺う中。

 夢の神は無情にも言い放ちました。


「…寿命、二人合わせても足りないよ?」


「あれ?」


 きっぱりと夢の神に言い渡され、首を傾げるアイツ。

 その間抜けな仕草に、私は一気に脱力してしまいました。





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