92.神様からの期待
心意喪失しかけながらも、穀物神様は夜の神様のお使いを果たそうと一所懸命です。
穀物神様は夢の神様にぎりぎりと心を削られながら、説明を続けました。
「と、兎に角。下界の争いを止める為に重要となる人物がいます。ですが現在、その者は満足に行動できる身体ではなく。その者に種族間の争いを止めさせる為にも、夢の神の助力が必要なのです。これは夜の神の決定であり、既に夜の神からも夢の神に助力させる様、許可は得ています」
「そんな随分といきなり。許可は得ているって、私の意思確認くらいしてほしいね」
「その、意思確認もできないくらい、徹底的に外界を遮断していたのは貴方でしょう!?」
「ここの所、頻繁に来ていた重要な連絡のお知らせって、それだったの」
「きっとそうですよ…。無視しないで下さいよ。せめて、夜の神の連絡は」
「だって一人だけ先に鬱憤晴らし達成させるから…」
「そんな私に対して傍迷惑な内容で拗ねないで下さいよ…!」
穀物神様、涙目です。
天界で、神々の上下関係や力関係は分かりませんが…
何となく、穀物神様の扱いが全体的に酷いことは分かりました。
分かったところで、私達には何にもできないことなのですが。
この方が、本当にあの強欲な『人間』を創ったというのでしょうか…
周囲に振り回されるだけ振り回される穀物神様は、『人間』とはあまりにも似ていなくて。
因果関係とはわからないものなのだと、私は切なく思いました。
「それで私に助力って? 何をさせるつもりだ」
「それは貴方の業務に、深く関わる内容ですよ」
「…本当に、何をさせるつもり?」
これ以上忙しくなるのはご免だと、夢の神様が吐き捨てます。
外見はとても愛らしいのに…
見ているだけで残念になるのは、中身と外見があまりにも違うせい。
外見通りに可愛い性格をしていてくれたら、きっととても魅力的な神様なのに。
「先程言ったでしょう。下界の争いを治めるのに重要な役割を果たす人物が、現在行動不能状態にあると。魂に深い傷を負い、夢から覚められずにいるからです。夜の神は彼女が魔族を止めると確信しています。ですが、この三ヶ月ずっと眠り続けているのです」
わぁ、穀物神様。真剣な顔で何言って。
その内容、深く考えたら嫌な事実に直面しそうなんですけど…
………。
……………。
………穀物神様の仰り様に、私の冷や汗が止まりません。
おかしい。私は今、何を耳にしたというのでしょう。
神様のお言葉に嘘はないと思いたいのですが…その物言いに、嫌な予感は高まるばかり。
その内容から導き出され、連想する内容が…。
私の気のせい、気の迷い、単なる錯覚であることを祈らずにはいられません。
むしろ嘘かデタラメであってくれと、私は切実に願っていました。
「ああ、成る程ねぇ…」
がしがしと頭を掻きながら、納得した様な、つまらなさそうな顔で夢の神が頷きます。
いや、頷かないで下さい。
穀物神様の物言いを肯定されると、私には不本意な未来が迫ってきます。
先に行っておきますけど、そんな大役、私には務まりませんよ?
そんな大層な役回りは、魔族の長になるだろうアイツに課せられるべきでしょう。
ですがまあ、私の思惑とか、躊躇とか。
そう言った個人の感情は、神様方には考慮頂けない様です。
「この流れでいくと、穀物神の言う、その重要人物? 此処にいる下界の民共の誰かかい?」
「ええ、此方の可憐なお嬢さん…リンネさんが、その重要人物です」
私の感情置き去りに、断言されました。断言されましたよ?
………泣いていいですか?
「あ、やっぱり? 魂の傷つきようが尋常じゃないし。そんな酷い傷を負うかね。下界の民が」
「流石、魂を癒す夢の神ですね。一目で分かるのですか」
「そりゃね。こりゃ寝っぱなしにもなるのも納得。これは起きられないよ」
「それで、夢の神。助力して頂けますか?」
「…まあ、私の助けがいるのは分かるけど。それとこれとは別じゃない?」
「夢の神!? 下界を放置すれば、更に仕事が増える事態になるんですよ!?」
「それは嫌だけど。でも、こちらの規則としては、無条件に助力できない」
「少しは融通しても良いじゃないですか」
「与えられる癒しの総量は変わらない。例外を作るには、代償も必要。簡単にはできない」
「仕事に忠実なのは、貴方の数少ない美徳ですが…時と場合もあるのですよ?」
「よーし遠回しに喧嘩売られた! 言い値で買うぞ、この野郎!!」
「なんでそうなるんですか!」
穀物神様の涙目は、先程よりも潤みを増している様に見えました。
神様同士の会話で、私達下界の民には分からない内容が多々あるのも仕方が無いのでしょうが…私達に関わる内容で、意味の解らないことを話し合われると、物凄く不安が高まります。
ここらで一つ、説明を求めるべきでしょうか?
会話に口を挟むべきか、尋ねて素直に教えて頂けるのか?
不安から、私の口も重くなります。
何より穀物神様と夢の神様の会話は思ったよりもテンポが良くて、口を挟む隙が読めません。
いつ口を挟もうかと機を窺っていると、私の隣で手を挙げる者が…
「済みませーん! 何言ってんのかよく分かんないんで! 是非に解説して下さい!!」
…いつもの如く、アイツが要らない勇気を見せました。
その隣で脱力するしかない私は、こっそり背後からアイツの背中を抓ってやりました。
一応、私も同じ事をするつもりではいたのですが…
神様方の話の最中に、その言葉を思い切り遮って自分の意見を主張するなんて。
誰かアイツに、無謀という言葉を教えて下さい。
そう思っても、役回り的に私が教え込まなければならないのでしょうか?
半端じゃない疲労感が、一気に襲いかかってくる様な気がしました。




