12.『奴隷市場』
前々から『人間』が悪者だったんですけど…
今回から、もしかしたら偶にえげつない表現が入るかもしれません。
描写に気をつけるつもりはありますが、辛いと思ったら読み飛ばすことを推奨します。
「ここは一つ、『奴隷市場』を襲撃してみぬか」
羽根の人の突然すぎる提案に、私の体は驚き固まった。
羽根の人の思いきりの良い言葉に、遂にその時が来たのかと、私は冷たい覚悟に震えた。
旅立った時から、いつか『人間』に遭遇するのは分かっていた。
そして、いつかは表だって対立し、傷つけ合わなければならないのかもしれないとも。
分かってはいたのに、実際にソレを目の前に提示されると、息が苦しくなりそうだ。
だけど、心に湧き出す抵抗感は、すぐに消えてしまう。
不意に、左手が温かくなったから。
固まってしまった私の表情に何を思ったのか、気付いた時にはアイツが隣にいた。
私の手を取って、強く握ってくれる。
アイツと手を繋ぐと、とんでもないことでも不思議と恐くなくなることがある。
今が正しくソレで、私の様子を案じているのか、アイツの顔は少し歪みかけていた。
本当に、変なところで察しが良いのだから。
その勘の良さを、普段からもう少し回してくれたら…そうも思うけれど。
肝心のところで気付いてくれるから、アイツが気付いてくれたことを嬉しいと思う。
希少性というのは、やっぱり大事なのだろう。貴重でお得な気がして、笑ってしまう。
私は腹をくくって、羽根の人の話を聞くことにした。
隣にアイツがいて、手を繋いでくれるなら、何故か大丈夫だと思えたから。
アイツのお陰なのが少し癪ではあるが、落ち着きを取り戻せた私は、検討を始める。
「フェイルさんの言う襲撃、にも意味があると思います。先ずは説明してくれませんか? 襲撃することの利点、その目的を…」
「うむ。なるべく分かりやすく説明してやろう」
羽根の人の襲撃案が何を意味するのか、分かっていないのはこの場で私とアイツだけの様だった。
お兄さんと爆破魔さんは、どうやら『奴隷市場』という言葉で何かを察したらしい。
だけど残念ながら、里で育った私達には、その言葉の指す意味が解らない。
先に『奴隷市場』が何であるか、それを私達は聞くべきだろう。
「ふむ…『奴隷市場』が分からぬか。では、『奴隷』は?」
「それは、わかります。私達の里にも、奴隷にされた後で逃げてきた魔族は沢山いましたから」
「では、『奴隷』の説明は不要だな。まあ、おさらい程度に軽く言っておこう」
奴隷とは『人間』が捕らえられ、『家畜』にされた者達。
『人間』と天翼族以外の、四種族が捕まえられて首輪をかけられているらしい。
だけど私達は、『奴隷』の概要を知っていても、その具体的な境遇を知らない。
元『奴隷』の人達も、私達にその詳しいところを語ろうとはしなかった。
お兄さん達も、別に今は知る必要など無いという。
無理に知識として詰め込むよりも、自分の目と耳で直に知る方が良いと、言われた。
知らないなら知らないでも、別に困ることはないだろうと、言われた。
どの道、『奴隷市場』を襲撃すれば、嫌でも実態を知ることになるだろうと、言われた。
知ることへの怯えに、私の顔が不安に染まる。
アイツの手が益々握る力を強め、苦笑したお兄さんが私を宥める様に肩を叩いてきた。
「力、抜いてけー」
お兄さんの気の抜ける声に、言われずとも力は勝手に抜けていく様だった。
羽根の人と爆破魔さんは私の不安顔に呆れることなく、私にも分かりやすい様に説明してくれた。
「『奴隷市場』とは、捕らえられた者達を一時的に一カ所に集め、売買する為の拠点だ」
話によると、『人間』に捕らえられた者達は、『奴隷市場』の『元締め』に買い取られる形で集められるらしい。それから『人間』に逆らえない様に、生意気な態度を取らない様に『教育』される。従順に振る舞うには幼すぎる者達も、ここで徹底的に躾けられるらしい。『家畜』として。
その後、『奴隷』は商品として完成してから、『奴隷市場』で数ヶ月に一度の競売にかけられるのだという。買い手がつかなかった者は、『奴隷市場』にて客寄せの娯楽として酷使されるらしい。何をさせられるのか、そこは爆破魔さんも濁していたのだけど、気にせずに羽根の人はさらっと言おうとする。
「主なものでは、拳闘奴隷として死ぬまで戦わせられるか、『奴隷市場』に併設された歓楽街で…」
「フェイル! それ以上は言ってはいけません。相手は子供ですよ」
「しかし、どうせ後で現実を見ることになる。実際に見るモノを先に知っておいた方が衝撃も少なく済むのではなかろうか」
「貴方の言いたいことは分かりますが、知らなくても良いことは知らせるべきではありません。確かに、後で知ることになるかもしれませんが、もしかしたら知らずに済むかもしれないじゃないですか」
「ふむ。甘い推量で物事を考えることは後悔を招くというもの。それで良いのか?」
「確かに、私は甘いかもしれません。ですが私は、子供は大事にする主義です。後悔しない為にも、慎重な対応をする必要があるでしょう? 安易にさらっと流せば良いというものじゃありませんよ」
目の前で情報開示をするか否かで言い争う二人。
どんな恐ろしい情報が潜んでいるのかと、中途半端に吹き込まれた知識が私を悩ませる。
私の顔が歪んでいた為だろう。
意外に子供好きな青年達の中で、最も子供好きなお兄さんが慌てて私を慰める。
「ま、まぁ奴らが何を言いたいかってぇと…えーと、何を言いてぇんだろうな?」
「なんで私に聞くんですか」
お兄さんの間の抜けた言動に、ほっと和んだ。
その後も話が脱線したり何たりした結果、私達はようやっと羽根の人の意図を知る。
彼は人間が作った『奴隷』売買の拠点…『奴隷市場』を乗っ取り、私達の拠点にしようと言うのだ。
そして『奴隷市場』に捕らえられた魔族達を解放し、私達の仲間にしようと。
「中々都合がよいと思わぬか? 『人間』の『奴隷』にされていたことで、『人間』への憎悪と自由への渇望を強く持っておる者ばかりであろうからな。『人間』に一矢報いたい一心で仲間になるものは多いと目論んでおる。他の種族の者達にしても、解放して同族の者達の元へ返還してやれば、解放と帰還、二重の感謝を我等に抱くであろう。それを利用して多種族と友誼を結べれば言うことはない。特に妖精族の援助が得られれば、物資の入手に目処が立つ」
「捕らぬ狸の皮算用は危険ですよ。でも、まあ、言いたいことは分かります」
「おおーっし。久々にストレス発散できそうだな」
一度の襲撃で最低限の人員と拠点の両方を確保しようと、羽根の人が主張する。
それに、爆破魔さんも賛同した。加えて、お兄さんも。
今現在、私達は無力な子供で、仲間になってくれた三人の青年は保護者の様な者だ。
私達は弱いからこそ、庇護下で指導されなければならない。
加えて、集団の基本「多数決」を主張されれば、私達は三人に賛同せざるを得ない。
こうして、私とアイツを戸惑わせたまま、アイツの初陣が…
初めての、『人間』への襲撃作戦の決行が決定された。
作戦の名は、「一挙両得大作戦」…。
計画の名付け親は、羽毛の人だった。
彼等の言葉の端々に浮かぶのは、黒い怨念の様なモノ。
怒りや、悲しみだけでない、言い知れぬ何かが滲んでいる。
きっと、私達が踏み込むべきでない、何かが。
それが『奴隷』や『奴隷市場』に関連する何かだと、分かるから。
私は益々『人間』が恐くなり、これから直面するだろう『奴隷市場』の現実に怯んだ。
--多分、隣にアイツがいなかったら、私は耳を塞いで逃げ出していただろう…。
勇気をくれる訳ではないけれど、ほんの少しの安心を、私の心の安定を、アイツがくれる。
私は最後まで、彼等に着いていくことができるだろうか。
アイツがいなければ立っていることもできないのではないかと、心細く不安になる。
どうか、一人にならずに済む様に。
アイツが襲撃の中で損なわれることのないように、私は祈った。




