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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
夢の中であいましょう
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87.月を砕けと試みて




 アイツがぐったりしています。

 とってもぐったりしています。

 原因はとっても分かりやすく、明解です。

 そう、それはアイツの抵抗虚しく、お兄さんの意思が押し通されたから。


 アイツは必死の抵抗も無駄にされ、何だかんだと結局お兄さんに運ばれてしまいました。

 私の爆笑を誘った、お姫様抱っこのままで。

 私が指を指して盛大に大笑いしたのは、言うまでもありません。

 

 ちなみに私の方はとっても平和でした。

 羽根の人の背中は邪魔になるとのことで、荷物の様に小脇に抱えられてしまいましたが。

 それでも劇的に驚異的な速度で垂直に木の幹を駆け抜けるお兄さん

 …と、それにお姫様抱っこされる長身の青少年………は、大変見物でした。

 思わず指を指して思う様大爆笑してしまった私を、どうか許して下さい。

 悪いと思ってませんけどね。ハハハハハッ(乾)


 ご愁傷様。

 お疲れ様。

 何かしら精神の疲弊から救う様な言葉をかけてやろうと思うのですが…

 駄目ですね。

 無性に笑いがこみ上げてきて、結局何の言葉も出てきません。

 喋ろうとする端から、笑い声しか口から出てきそうに無くて。

 それがあんまりだと自分でも思ったので、私は必死に口を抑えて笑いを隠していました。

 どうせ傍目にはバレバレだったでしょうけれど。




 さて、アイツ一人の心の傷を代償に、私達は月へと到達していました。

 その間には特にこれといった困難もなく、ただひたすら上昇していただけ。

 そびえ立つ大木を垂直に駆け上がったお兄さんは、相変わらず規格外です。

 それだけで何の苦もなく月に到達してしまったことに、改めてここが夢の世界だと思い知らされます。現実でこんなことしようものなら、途中で力尽きて墜落するのが関の山ですからね。

 規格外の仲間入りを達成している羽根の人でさえ無理だというのですから。

 夢の中とはいえ、そんな月の上に実際に立っているのかと思うと感慨も一入です。

 って、馬鹿。何を旗立てようとしてるんですか。

 到達した場所で自分の陣地を主張するとか、どこの御子様ですか?

 一時も目を離せない御子様の暴挙を阻止すべく、私は全力でアイツの顔面を掴みました。

 頭蓋骨の軋む様な音が聞こえた気がしますが…気のせいですね。

 私達は馬鹿が暴挙に出る前にさっさと目的を達成すべく、月の上を散策します。

 穀物神様のお話では、この月は現実の月とは違って小さめにできているそうです。

 実際の月の大きさなんて知りませんけれど。

 それでも真っ直ぐ歩いて一周するのに三十分はかかりそうな大きさです。

 私達は夢の神を探し、引き留める穀物神様に気付かず散開しました。

 本当に、穀物神様の泣きそうに歪んだ、物言いたげな顔に気付くこともなく。




 私達の散策は、予想よりずっと早く打ち切られることとなりました。

 原因は言うまでもありません。

 探すまでもなく、月面上の何処にも夢の神の姿は見当たらない。

 いいえ、夢の神どころでなく、誰かがいたという痕跡すら無いのです。

 私達は途方に暮れて、この時になってようやく穀物神様にお話を伺ってみようと思いました。

 まさに、困った時の神頼みです。

「穀物神様! 夢の神様、此処にいる筈なんですよね? 何処にもいません!」

「神様なのに、小さく弱い俺達を騙したのか!?」

「謀られたか…」

「なぁんかテメェら愉快な感じになってっけど、俺まだ状況飲み込めてねぇんだけど…」

 怪訝そうなお兄さんを放置して、主に私とアイツで穀物神様に詰め寄ります。

 神様が嘘を言ったとは思いませんが…もしも嘘で、今までの労力が徒労だとしたら…

 その時、私は正直なにをするのか分かりません。

 人に一筋の希望を与えておいて、肩すかしを味わわせようとは、良い度胸です。

 もしもの時はアイツを焚き付けて突撃させよう。

 そう、いざという時の算段を練りながら、私は穀物神様の気弱そうな顔を見上げます。

「う、嘘はついていません。夢の神は確かに、この夢の月にいます」

「そう言われても、三百六十度視界の効く限り、それらしいモノは見えないんですけど」

 見渡す限り、イキモノの気配すらない荒野なんですが。

 磨かれた鏡面の様に、内側から放つ様に。

 穏やかに柔らかい月光を灯す大きな月。

 此処の何処に、夢の神様がいると仰るんでしょう。

 人っ子一人、アリ一匹いないんですけど。

「月の表面上は、殻の様なモノ。夢の神は月の外側にいるのではありません」

「…その仰り様、まるで月が重層構造みたいな…」

「リンネ、リンネ。穀物神様、はっきり月の外側って言ってるから」

 それってつまり、外側があると言うことは…

「………内側が、あるということで」

 私はもう一度、月の表面を見渡しました。

 見渡す限り、これといって目立った何かはありません。

 魔族の魂を揺さぶる、優しい月光が溢れているだけです。

 …この、内側ですか。

 先程、手分けして探索した限りでは、特に入り口らしきモノもなかった気がするのですが…

「あ、はい。目に見える入り口は有りませんから」

「…目に見えない入り口なら、あるんですか?」

「目に見えないというか…神にしか使えない、下界の民お断りの入り口が…」

「私達には使えないじゃないですか、ソレ!」

「そうなんですよね…下界の民に使える入り口がないので…これはもう、月の外層を壊して内部に侵入するしかないと思うのですが…」

「「………」」

 穀物神様の口から、その性格にそぐわない発言があった気がします。

 私はアイツと顔を見合わせて、自分達は空耳を得たのではないかと疑ってしまいました。

 その位、意外でした。

「…穀物神様、本物? ここに来るまでに、いつの間にか偽物とすり替わったんじゃ…」

「本物です。本物ですから。偽物ではありません」

「でも、短い付き合いですけど…穀物神様の仰りようとは思えない、過激な発言が…」

「壊して侵入とか、穀物神様らしくない気がするよなぁ? その発想」

 私達の遠慮のない物言いに、穀物神様は苦笑いです。

 先程から私達は神を相手にあるまじき失礼や失言を繰り返していますが、穀物神様に神様として一度も咎められずに済んでいます。その物言いや反応、言葉の合間合間に見せる疲れた様な様子が、穀物神様の苦労人振りを如実に示している訳なのですが…

 そんな振り回すよりは振り回されるタイプの穀物神様が、破壊活動を推奨する発言。

 アイツではないですが、私だってうっかり偽物かと疑いそうになりました。

 私達の疑わしげな目に、どんな事を思っているのか察しは付いているのでしょう。

 穀物神様は諦めた様な顔で仰ったのです。

「………先程のは、夜の神の案ですよ。月に下界の民が使える入り口は何処にも有りませんからね。予め夜の神に対処法を窺っておいたのですが…彼ははっきりと『壊せ』と仰いまして」

「つまり、この案は夜の神推奨…」

「あ。なんか納得? 夜の神様から許可出てるってんなら、やっちゃっても構わないんじゃ?」

 穏やかな顔をしておいて、短気で過激な夜の神発案と聞いて、私もアイツも簡単に納得してしまいました。見れば、お兄さんや羽根の人も頷いています。どこかであったことでもあるんでしょうか? 基本下界に不干渉が鉄則の神様を、個人的に知っているとも思えないのですが…

 私は軽く、思い悩みました。

 自分達の祖と言える神様の、歌劇で大雑把な性格について。

 そんな神様の性質を一族全体で受け継いでいるのかと思うと…

 私達魔族が荒っぽく過激な手段を好むのも、一種の遺伝なのでしょうか。

 何となく、破壊活動を繰り返す魔族の行動も仕方ないと思えたのです。



「ま、何はともあれ、手っ取り早く吹っ飛ばしちまえば良いわけだ」

 周囲の状況を掴めていなかったお兄さんが、あっけらかんと言った。

 私達の会話を聞いて、お兄さんなりに推測した結論が、ソレだったらしい。

 しかし破壊するとはいっても、吹っ飛ばすとは…

 そこまで、派手な方法を採ると誰が言ったのでしょう。

 お兄さんはニヤリと悪そうな笑みを浮かべ、破壊の興奮で目を輝かせています。

 ………相変わらず、お兄さんはどうやら物騒な趣向がお好きな様で。

 私はそっと、他人のふりでもする様に目を逸らしました。

 …この場には、言ってみれば身内しかいないので他人ぶるのは無理ですが。

「あ? 吹っ飛ばさなくても良いのか?」

「そうそう。破壊とは聞いたけど、その手段は指定されてないよ、アー師匠」

「んじゃ、俺がぶっ壊しても?」

「壊せるんなら、良いと思うけど」

 ………私の目を離した隙に、なんで危険人物をアイツは煽ってるのかな?

 ちょっと目を離した隙に、お兄さんをアイツが焚き付けようとしています。

 いや、煽らないで下さい。

 お兄さんが調子に乗って、洒落にならない状況を招いたらどうするんですか…?

 私は戦々恐々賭しつつも、このままではいけないとお兄さんを制止しようとしました。

 ですが既に乗り気となっていたお兄さんの行動は素早くて…


 …私の声は、時既に遅しって感じだったのですが。


 お兄さんは私が止めようと声を掛けるより早く、行動に移っていました。

 即ち、その破壊力絶大な拳を振り上げ…全身全霊全力を持って、最大の力で叩きつける。

 そう、月の表面…月面の、光を放つ内側へと、力を突き抜けさせる様に。

 お兄さんは、私達の目の前で、城壁をも打ち砕く拳でもって、月を殴ったのです。


 壊れる、と。

 殴られ、破壊され、月面が砕ける…と。

 お兄さんの拳の破壊力を知っている私達は、固唾を呑んで見守ります。

 無意識に想像を働かせて導き出した、未来の予想。

 お兄さんの拳は、月面を砕くだろうと。

 私達はそう信じて、欠片も疑っていなかったのです。


 お兄さんに殴られて尚、細かなヒビが小さく入っただけの、異常に頑丈な地面。

 お兄さんの拳などモノともしない、月の姿を見るまでは。





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