表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
夢の中であいましょう
144/193

86.お兄さんの抱え方



 いきなり馬鹿によって召喚されてしまったお兄さんは、呆然としていました。

 呆然と、悪気無く「アー師匠、御用ー!」と宣うアイツを見ています。

 というか、おい馬鹿。

 その言い方おかしいから。

 それだと「用があって呼び出した」じゃなくて「悪事が露見したから捕まえた」になるだろ。

 いつもならそんなアイツの物言いに反応するはずのお兄さんは、動かなかった。

 動かず、アイツの顔をじっと十秒見て、私を見て、またアイツを見ている。

 なんだか羽根の人の反応と似ているな。

 本当に、なんなんだろう。

 やがて納得したらしいお兄さんは、深く頷きと共に言った。

「ああ、夢か」

「!? おっ、お兄さんー!?」

 おかしい。

 お兄さんの察しが良すぎる。

 私は「えっ」と叫ぶアイツを置き去りにお兄さんまで駆け寄ると、急いで手を伸ばした。

「り、リンネ! アー師匠の頭は、頭は大丈夫なのか!?」

「ちょっと待ちなさい! 今調べてるから!」

 おかしい。

 熱はない。脈も正常。

 体中をべたべた触っても、おかしいところは何処にもない。

 背中に切れ込みはないし、ボタンもない。

 お腹が異常に膨らんでいる様子はないし、首だって取れない。

 中に『何か』が潜んでいる様子もない。

 まさか、本物…?

「ぉおい、こら。いきなりなんだ、このひでぇ扱いは」

「普段日頃の所業故の反応かと」

「…って、フェイルまでいんのかよ」

 うんざりした様な顔で、遠慮なく何故か羽根の人の顔面を鷲掴みにするお兄さん。

 …うん。この反応はどうやら間違いなく、お兄さん本人ですね。

 私は久方ぶりのお兄さんの顔に、賑やかな先行きを予感しました。

 というか、いきなり顔ぶれが増えたので、騒がしさが普通に増してます。

「お兄さん、どうしてコレが夢だと?」

「あ? んなの、決まってんだろ」

 なんでそんなことを聞かれるのか分からない。

 お兄さんの当然と言わんばかりの顔がそう言っています。

 心なしか、私を見る目も呆れている様な。

「成長しっぱのグー坊が平然と普通の顔してて、お前が立って動いて喋ってて。そんなお前に欠片も暗くない顔で、にぱっとグー坊が笑ってやがる。これ、普通に考えて夢だろ?」

 それも良い夢な! と、お兄さんが私に親指を立ててきます。

 こんな平常な日常風景みたいな場面が良い夢なんて…

 これを言うのも数度目ですが…本当に、私のいぬ間に何があった。

 私の知らない場所で、知らない間に何があったというのでしょう。

 何となくソレは「惨劇」っぽい不穏な雰囲気がして、底知れぬ恐怖が襲ってきます。

 私の身体は今、魔族の元で安置されているそうですが…

 何となく、目を覚ますことに抵抗を覚えそうになります。

 それが早く来るのを待ち望んでいるはずなのに。

 それでも尚、恐くて堪らなくなるという。

 矛盾と馬鹿の行いへの不安で、私は今は遠い現実にじりじりと胸の奥が痛くなりました。




 馬鹿の馬鹿げた提案の結果。

 お兄さんは何故かグターを抱えて木を登ることを承諾してくれました。

 決め手は行き先が月だということだそうで。

 引き受けた理由は、単純明快「面白そうだから」だそうです。

「ってーか、なんだなんだぁ!? このご神木は!!」

 わくわくどきどき。

 口の端が笑みを抑えきれずに全開です。

 全開で、冒険心に胸を弾ませて笑っています。

 そうですね。

 そうでした。

 お兄さんは、こんなヒトでした…。

 流石、アイツの師匠が一人。

 流石、「グターを強くしよう委員会」の発起人が一人です。

 あまりにも馬鹿げた挑戦を提示されると、達成せずにはいられないヒトですから。

 皆は、彼を子供の心を忘れない男と言います。

 つまりは、馬鹿なのです。馬鹿予備軍。

 アイツの、同類です。

「よぉっし! 準備万端! 行くぞ駆けるぞ、目指すは月だ! 覚悟しろ!!」

「覚悟って、誰が?」

「誰でも良い! 強いて言うなら、きっと月が!」

「ああ、走って月まで来るヤツってのは、確かにいなかったかもな」

 お馬鹿なアイツと、お馬鹿なお兄さんの会話です。

 二人並んで、準備運動などしています。

 アイツはお兄さんに負ぶってもらう約束なのに、準備運動がいるんでしょうか。

 素朴に疑問です。


 …あ。運動はともかく、心の準備は要りそうですね。

 木を駆け上らんと準備を整えたお兄さんの姿を見て、思いました。

「って!! アー師匠!?」

「んー? どっした、グー坊」

「なんで敢えてわざわざ肩車なんだよぅ!!?」

 何故か、何故かお兄さんはひょいっとアイツの身体を持ち上げると、己の肩に乗せたのです。

 決して、軽くも小さくもないアイツを。

「ああ? こーいう時ゃ、やっぱ肩車だろ」

「意味分かんない! 何その拘り!?」

「前傾姿勢+重心手前の方が走りにも勢いがあって良ぃんだよ」

 お兄さん独自のよく分からない自己ルールに則り、いい年して肩車されているアイツ。

 アイツはソレが嫌でしょうがないらしく、じたばた暴れて抵抗しています(当然)。

「ぁあ? んだよ。そんな嫌ってぇのかよ」

 アイツがあまりにも抵抗するものだから、お兄さんも仕方がないなと言う顔をします。

 どうやらアイツの嫌がりようを考慮して、待遇を改めてくれるおつもりのようです。

「これで、良ぃだろ」

「ってアー師匠!? 何だか扱いもっと悪くなったよ!?」

「んだよ。我が儘一回聞いてやったろぉ?」

 そう言って、お兄さんがアイツを抱える、その体勢は。

 まさに、というか。なんというか。


 所謂、お姫様抱っこだった。


 ………その姿で、月まで木を駆け上るおつもりですか。

 というか、当然の如く「登る」ではなく「駆ける」つもりですね、あのお兄さん。

 無茶だという言葉は言い厭きましたが…

 お兄さんはやっぱり、色々と規格外な方の様でした。

 

 その無茶っぷり、久々に見ると笑えてくるのは何故でしょう?

 あ、単純に背の高い男二人組の姫抱っこが面白いだけですね。

 あまりにも無様なので、思いっきり笑ってやろうと思います。

 主にアイツを。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ