83.飛べない限界
魔族は空を飛べます。
ですが星まで到達できるほど、高くも遠くも飛べません。
魔族は魔法を使えます。
ですが背に翼は生やせても、己の限界を超えることはできません。
更に言えば、ここは現実とは違います。
現実ではできないことも、もしかするとできるかも知れません。
ですが現実でもできないことを、想像力は補いきれるでしょうか。
この時、私とアイツの心は一つでした。
「「あんな所まで飛べません!!」」
ええ。この一言が全てです。
そんな私達に困った様に笑って、穀物神様は私達がぶった切った解説をして下さいます。
「この世界はまぁるい円を描いて地がつながり、内側に向かって開けた球体の世界です。その全てに目を行き届かせ、管理するとなると矢張り一番良いのは世界の中心。空の真ん中に浮かぶ、あの月の内部が夢の神の場所なのですが…」
「だから、行けないって」
「どうやって行けばいいのか、案が浮かびません」
私達の意見は、地を這うヒトとして当然の物です。
翼を生やし、空を飛ぶ種族だって月まではいけないんですよ。
前に竜族のヒトが、あんまり上空に行ったら身体が凍って墜落するって言ってました。
危険です。物凄く危険です。
そしてそんなところまで、私達には行く術が有りません。
むしろ私の考えは、いつの間にか「自分が行く」のではなく、如何に「夢の神を地上に引き摺り下ろすか」という斜めの方向へと成長しつつありました。
そんな後ろ向きな私達を、穀物神はやる気にさせようと一所懸命です。
「大丈夫。誰もヒトは方法を思い浮かべなかったし、できると思わなかったのでしなかっただけです。私達は明確に月に行こうという目的があるので、ちゃんと行けます」
「いや、無理だって」
「無謀は勇気とは違うって、前に大人が言っていました」
「ですが本当に、貴方達は行けるのですよ」
「種の限界とか、生命の限界を突破したイキモノになった覚えは有りません」
「前にやろうとして失敗した」
「ぐ、グター………貴方、私の知らないところでそんな馬鹿を、いつの間に…!?」
「やべっ」
しまったという顔をするアイツを締め上げようとする前に、穀物神様に止められた。
「良いですか、貴方達は今、現実の常識に囚われてできないと思いこんでいるだけです。何度も言いますがここは夢の世界なのですよ?」
「はっ!?」
閃いた!という、アイツの顔。
今度は何を思いついた?
穀物神様はアイツの至った考えが分かるのか、声を潜め、念を押す様に…
「そう…夢の世界ならば、『何でもアリ』です」
か、かなり駄目なことを言い出されてしまいました…!?
止めて! 馬鹿を刺激しないで!
アイツは本当に馬鹿だから、そんなことを言われて本気にしたら…!!
………刺激、したら……
……………。
…………………。
………時、既に遅かったようです。
アイツが、声高らかに空へと向けて、叫びました。
「いぃーでぇーよぉー!! ご神木!!」
…何故にご神木?
私の疑問を他所に、まるでアイツの声に反応したかのような事態が起きてしまいました。
ずぉ、ずおおおおおおっ
…と。
いきなりアイツの足下から双葉が芽を出したかと思うと、物凄い勢いで成長しだしたのです。
そう、天まで高く。
遙か高みの、月を目指して。
………成長が止まった時、其処にあったのは正に『ご神木』でした。
噂に聞く妖精郷の世界樹とはこんな感じかしら?
と、思わせるほどに雄大で壮大。
まさか一本の木にこの形容詞を使う時が来ようとは。
あまりにも巨大すぎる大きな木は、その丈を天まで空まで大きく生やし。
呆気にとられて呆れる私を前に、本当に、月にまで到達している様でした。
どうするんだ。
こんな、馬鹿げた木なんて生やしちゃって。
頭痛を堪えてアイツを見てみれば、なんですか。その満足げな顔は。
「リンネ、どうだ!?」
「どうってなにが」
「これを伝って登れば、月にだって行けるぞ!」
「………」
殴りました。
ええ、無言で殴りました。
殴ってやりましたとも。
「そこに直りなさい、この馬鹿」
「い、居直りじゃ、駄目か…?」
「それでも良いから。アンタの馬鹿が治るまで、徹底的に殴る覚悟、できたから」
「待ってリンネさん! 俺、死んじゃう! 死んじゃうから!!」
「アンタが死ぬのが先か、馬鹿が治るのが先か…」
「だから先に死ぬって!!」
「なんで?」
「そ、そんな真顔で! ほら、昔から言うだろう!」
「言ってみなさい?」
「ああ、馬鹿は死ななきゃ、治らないって!!」
至言だと思ったので、あと三発殴って勘弁してやることにしました。
ああ。本当にこれで頭治らないかな。
「………リンネ、痛い」
「痛いで済ませられる、立派な男の子ね。グター」
「何が気に入らなかったんだよー…」
「馬鹿ね、グター」
私は言ってやりました。
「あんな馬鹿でかい木、邪魔でしょう?」
「それが理由!?」
「違うわよ。あんなに高くしちゃったら、自重で倒れちゃうでしょう? 根っ子が支えきれないわよ。登った後で倒れたら、私達死んじゃうんじゃない? 精神体が消滅しちゃって」
「…っ! 思い至らなかった!」
アイツの目が、ぐっと輝きを増して私に憧憬の眼差しを捧げてくる。
キラキラキラキラ。
ちょっと目に痛い。
眼差しと一緒に、「リンネ、すげーっ」という単純な思いが伝わってくる。
ああ、そんなに尊敬されてもなぁ…。
「そもそも、あんな天の果てまで、自力で登ろう何て時間の浪費。体力の無駄よ」
「うわっ 俺の意見、久々に全否定された!」
「登り切る前に絶対、朝が来てアンタ現実に帰っちゃうしね」
「ソレは考えなかった…」
「グターの目が覚めた時、あの木がそのまま残ってる保証もないしね」
「うあ…何から何まで、全部駄目じゃん。俺」
がっくりと項垂れ、アイツは沈没した。
さて。沈みきったアイツは放置しておこう。
あまりにも馬鹿らしいし。
「ここは普通に考えて、『空飛ぶ乗り物』が妥当な所でしょう」
「空飛ぶ、乗り物ですか…?」
私の言葉に、穀物神様が不思議そうな顔で首を傾げる。
神様には無い発想なのでしょう。
実際、あんまり普及もしていませんし。
乗り物とまで呼べる様な精度の物は、何処にも出回っていません。
ですが、近い物はあるのです。
魔族の作った、魔具になら。
…まあ、実際に有るのは精々飛行魔法の補助程度の性能ですけど。
でも、常々思っていたのです。
魔法を使わずとも、変わりに飛んでくれる『何か』があったら、凄く楽だな、と。
…ヒトは、その思考を怠惰の始まりと呼ぶ。
ですがここは夢の世界。
その上、穀物神様は言いました。
この世界は『何でもあり』。
それなら、楽したいという私の願望だって、実現可能なはず…!
正直、あのお月様まで自力で行くとか。
ちょっと勘弁してほしい…!!
それは全力で、私の偽らざる本音でした。
そうして私は、想像力の限界に挑戦しました。
なけなしの想像力を振り絞って、勝手に空を飛んでくれる『乗り物』を思い描いたのです。
それは、鳥の翼を生やしていて………。
………。
……………。
………想像の果て、私達の目の前に顕現した、『乗り物』は…。
何というか、私はごめんなさいと言うべきかも知れない。
…羽根の人に。




