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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
夢の中であいましょう
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81.迸る殺気、漲る殺気=恐いから気絶したい




 私の目の前に、知らないうちに待たせていた男の人。

 待たされすぎて、しょんぼりと自主的に正座なさって大人しく待っています。

 気弱そうな外見は、大人しそうなのにどことなくやけにキラキラしい。

 どっかで見た感じのキラキラ具合だな? っと思ったら思い出しました。

 このキラキラは、何となく夜の神様に通じる物があります。

 夜の神様の方がずっとキラキラしてたけど!!

 目の前の男の人が『キラキラ』なら、夜の神様は『綺羅綺羅』という感じです。

 このキラキラした空気みたいなものが『神々しい』ということだと、思い至りました。

 そんな空気を放つ方が、只人である筈がありません。

 そうです。この方は神です。

 魔族にとっての至高たる夜の神様相手ではないので、思い至るのが遅れましたが。

 しかしその神様が私達に用事とは、一体何事でしょう。

 そして何の神でしょう。

 ここは夢の世界なので、順当に考えれば夢の神…なんでしょうが………。


「「……………」」


 グターと二人、とっくりと眺め回して、同時に頷きました。

 違いますね。

 ええ、違います。

 だってこの方、全身が何故か麦の穂で飾り立てられているんですもの。

 そんな奇抜な格好の方、私の知識の限りなら一柱か二柱しか思いつきません。

 可能性としてはこうでしょうか?


 

 → A.穀物神 


  B.案山子神



 ………順当に考えて、穀物神でしょう。

 だってどう考えても、どう見ても。

 私の知る案山子とは、別神のようですから。


 さて、正体の推測はできました。

 そこで問題は何の用事かです。

 『人間』の神である穀物神が、魔族の私達にどうして声を掛けてきたのでしょう…?


「えーと…一所懸命考えているところ申し訳ありませんが、この世界では人々の思ったことは問答無用で通じてしまうので…リンネさんの考えていること、伝わってるんですが」

 おずおずと手を挙げて、穀物神(推定)が自己申告なさいました。

「推定じゃなくて、私はリンネさんの憶測通り穀物神です。『人間』と作物の神をしています」

「これはご丁寧に。リンネです。此方はグター」

「はい。分かっています」

 穏やかな困り眉のまま、ぺこりと穀物神が頭を下げる。

 ………神様の割に、どうにも腰が低いですね。

「すみません。これが性分なので」

「はあ」

「今夜は、夜の神のお使いで参りました」

「穀物神サマ、神様なのに夜の神様のパシリにされてんのかー?」

「グター!」

 無礼な口の利き方ををする馬鹿には、問答無用で鉄拳制裁です。

 相変わらず抱き込まれたままなので、私はグターの鼻に噛みつきました。

 …自由になるの、口だけだったんです。

 そして攻撃が届く範囲、グターの顔しかなかったんです。

「い、いた…っ」

 身動き取れずに藻掻くグターですが、流石に噛み千切ったりはしないので、暫く続けます。

 ですが、ああ…。

 この攻撃は、駄目ですね。

 口が塞がってしまうので、お説教できません…!!

 どこが悪かったのか注意できない体罰は、ただの暴力になってしまいます!

「リンネさん、問題はそこなんですか…」

 穀物神様が疲れた様に笑いました。

 あ。この世界じゃ、思ったことも伝わるんでした。

 それでは、問題も有りませんね。

 私は更に力を入れて、グターの鼻を更に強く噛みました。

「あの、話を続けても良いですか…?」

 恐る恐ると、穀物神様がお尋ねです。

 聞いていますよー。

「はぁ、それでは。リンネさんとお話しされた時、刻限が来たので夜の神はお帰りになってしまいましたが、私は今、諸事情有って神の範疇から零れているので、この世界に自由に来ることができます。そこで伝令としてやって参りました。お伝えしたい内容は、リンネさんの目覚めを早める方法です」

「「!?」」

 ぴたりと、噛みつき続けていた私と、藻掻いていたアイツの動きが止まりました。

 二人揃って同時に、真剣な顔で穀物神様に向き直ってしまいます。

 私の身体だけは、何故か相変わらずアイツの膝の上でしたけど。

 意地になったのか、下ろしてくれないんですよ。アイツ。

 ですが、まあ。

 今、気にすべきはそこではありません。

「そ、それは一体…どのような方法で!?」

 我が身のことですし、それなりに切羽詰まってますからね。

 私はアイツの膝から落ちかねないくらい、勢い込んで尋ねます。

 …アイツが私の腹を両腕で押さえたので、落ちませんでしたけど。

「私自身に貴女を救う力はなく、この世界は夜の神の委託を受け、夢の神が管理しています」

「つまり!?」

 もしや、最初に私が夢の神を探そうかと思ったのは、的はずれではなかった?

「ええ、そうですね。つまり、この世界から抜け出て現世で目を覚ましたいのであれば、リンネさん。貴女は夢の世界の城にいる夢の神を尋ね、目覚めの許しを得なければなりません」

「その許しを得ることができれば、私は目覚められるんですか。本当に!?」

「本当ですよ。そもそもリンネさんの目が覚めないのは、目覚めることができないほどの傷を魂に負ってしまった為。そして夢の世界とは、眠りの中で人々が魂につけてしまった大小様々な傷を治す為の場所。夢の管理をしている夢の神が、個々に与える癒しの量も管理しているのです」

 優しげに、優しげに。

 慈愛満ちたお顔で、穀物神は仰いましたけど。

 私はそのお言葉の中に引っかかりを覚えずにいられません。

「素朴な疑問ですが、心に傷を負っても、普通は目覚めなくなったりしませんよね」

「そうですね。人々は生きているだけで心に傷を負いますが、日常生活を問題なく営めます」

「………何故に私は、起きられなくなるほどの傷を、魂に…いつのまに?」

 そんな傷、負った覚えがないような…?

 過去を反芻しながら心当たりを探そうとすると、突然穀物神様ががばっと身を伏せました。

 整ったお顔には盛大に冷や汗が垂れ落ち、顔は蒼白。

 しかも、穀物神様はそのまま土下座なさって…って、土下座!?

 え、本当に何事ですか!?

「も、申し訳ありません…」

 うぁ…お声が、物凄い震えてます。おまけに涙声です。

 ふるふると、ふるふると、身も小さく震えています。

 本当に、この方に何が…

「そ、その件もありまして、今回は私が責任を取る形でリンネさんへの言伝及び全面的な支援を仰せつかって参ったんです。ほ、ほんとうに…本当に、申し訳ありませんでした…」

「あ、あの。神様にいきなり土下座されても、此方は戸惑うやら訳分からないやら?」

 私がわたわたと慌てながら困惑しても、穀物神様は土下座を止めません。

 どれだけ後ろめたいことがあるんですか!?

「あの、私まで挙動不審になりそうなほど、恐れ多いんですけど」

 この流れを見るに、私が目覚めないのに何らかの形で穀物神様が関わっているようです。

 しかし説明がないので、どう関わっているのか分かりません。

 更に言うなら、振り返るのも恐いので振り返らないんですけど………

 私の頭上というか、背後というか…

 私を膝に乗せたグターから、何やら言い知れぬ殺気が溢れ出してきたんですが。

 私に必死に頭を下げる、穀物神様に向かって。

 なんとなく、背後から「そうか。てめぇが悪いのか…」という邪悪が声が聞こえそうな…

 駄目だ。このまま放置していたら、何かとんでもないことが起きる。

 そんな予感がする。

 だから穀物神様。

 これ以上、場が混沌とする前に。

 お願いしますので、ちゃんとした説明を…

「す、すみません」

 私の思いを酌み取ったのか、それとも私の背後に恐ろしい物を見たのか。

 穀物神様が姿勢を正し、正式な謝罪を前振りに事情をお話して下さった。

「その、説明するのも情けないのですが」

「はい」

「貴女に目覚め不能なほどの魂の傷を負わせたのは、実は私の従属神(かかし)で…」

 穀物神様が、そう言った、その時。

 瞬間。

「ひ、ひぃっ!」

 今までよりも更に激しく大量に、怨念の籠もった殺気が、背後からぶわっと………!!

 グター、貴方…何があった。

 恐い。恐い恐い恐いんですけど!?

 駄目だ。私達を取り巻く周囲に、どす黒くも暗黒な、障気が見える…。

 穀物神様が神様の癖に本気で怯えて、高麗鼠の様に小さく震えている。目は涙目だ。

 その目の奧にまるで小さな乙女の様な、無駄に可憐な乙女らしさが垣間見えた。

 いや、私も怯えて逃げたいんですけど!

 私を拘束する、この忌まわしい腕さえ、私を捕らえていなければ!


 …もう、泣きたい。

 というか、恐いんで、気を失ってしまいたい。



 眠った結果にいるはずの、精神体の世界である夢の世界。

 そんな意識のない人達の巣窟にいるのに、私は更に意識を飛ばしてしまいたいと。

 実現不能な願望を胸に強く、強く。

 私はできないことなのにやりたいと、背後の殺気に怯えながら必死に思い馳せていた。

 ヒトはソレを、現実逃避と呼ぶ。

 

 



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