76.眠っている私、動いている事態
自分の作った魔族に対する、夜の神様の可愛がり様は伝説に残るくらい、有名でしたが。
どうやらその伝説に偽りはない様で。
それを目の前で見て、聞いて、実感する羽目になった私ですが。
どうしましょう。
夜の神の慈愛満ちあふれる顔を前に、居たたまれなくて仕方がありません。
「良い子、可愛い子。魔族の祖たる私には、そなたら全てが可愛らしい」
………ああ、伝説通りの御方なんですね、夜の神様。
伝承に聞く通り、貴方は魔族を溺愛する…親馬鹿、なんですね…。
「私にとっては、魔族は全て可愛い我が子。だからこそ、そなたら魔族をずっと見守っているし、出来うる限り良い方向を示し、導きたいと思うておる」
夜の神様、夜の神様!
ちょっと、私達魔族に甘すぎませんか!?
まるで初孫を可愛がるお爺ちゃんの勢いです。
私達に甘すぎます。
「そなた達に何かしてやりたいという、私の親心からの行いだ」
とても有難いお言葉です…。
本当に、本当に心から私達のことを可愛がって下さっているんですね。
ですが、あまり私達を甘やかさないで下さい。
今回はとても助かります。本当に。
ですがやりすぎ注意というお言葉を、私は言うべきなのでしょうか…。
夜の神様は溺愛する魔族の一人たる私に、過分なほど優しい。
物凄く優しい顔で、今ここに身体があれば、きっと頭を撫でられていた。
とても上機嫌な彼の方の顔に、そう確信してしまう。
でも、どうしてそんなに上機嫌なんですか…。
「そなたが無闇に他を排除する答えを出さなかったことに、安心してな」
…安心?
どうしてでしょう…。
夜の神様のお言葉、お声は、とっても優しい。
それなのに今、何だか背筋がぞくっとするほどの、不穏な気配が…
「実はそなたは今、現世では目覚めぬままの状態にある」
え?
目覚めぬ…って、わざわざそう言う言い方をするって事は…
私、一体どれくらい、眠ったまま…?
「現世では、そろそろ三月…といったところか」
…は?
投げかけられた言葉に、言葉の意味する期間の長さに、私の思考が停止する。
動かなくなった頭の中で、三月という時間の重みを確かめようと、から回る。
でも考えようとする端から思考が滑って、重みが受け止めきれない。
そんな、三月もなんて…
………
……………
…………………
………そんなに寝てたら、私、もう死んでるんじゃ?
少なくとも、無事で済む気がしない。
「…生きてはいる。そなたの身体の機能は、眠った時点で止めてある」
あ、教えて下さって有難う御座います。
でも…止めてあるって、夜の神様が止めたんですか。
その言い様は、夜の神様が止めたんですよね?
「幾ら強靱な魔族の身体でも、病みついて三月となれば、損なわれる部分が出てくる。そも、食事も満足に取れぬとなれば、弊害も数々出てこよう。なので、私が止めた」
…寝たっきりになってしまえば、私の身体の面倒を見てくれる人もいそうにないですしね。
それに治癒の魔法も満足に使えない『人間』達の国で、身体の機能を保てるとも思えません。
私、夜の神様のご厚意で生きていられるんですね。
知らない間に、沢山お世話になっていたんですね。
「…そなたの身体は今、魔族達の元にある」
…いつの間に?
咄嗟に思ったのは信じられないという、一言で。
神様が私に嘘をつく必要はない。だから、本当だとは思う。
でも、あんなに帰りたく、思いはせた仲間達の元。
其処へ、知らないうちに戻っていたと知らされても、実感など湧きようが無く。
私はひたすら、現実感のないままに、信じられないと呟いて。
ああ、でも、助かった。
なんでそうなったのか、経緯が全く分からないけれど。
でもやっぱり、神様が言うことなら、信じたい。
私はあの懐かしく、思い焦がれた仲間達の元へ戻っているのだと。
惜しむらくは、それを自分で確かめられない現状。
でもそれが本当なら、私は自分の身体の無事を信じられます。
そんな、信じて良いか駄目なのか、ふわふわと浮き立つ心では判断も難しく。
それでも自分はもう大丈夫なのかも知れないと。
神様から思いがけない保証を戴いた気持ちで、確かに心はふっと軽くなる。
…安心、しかけていたんだと思う。
「だが、安心はできまいよ」
え?
「そなたが深き眠りの中にいる為に、今、現世は大変な事態に陥ろうとしている」
私のその軽くなりかけた気分を、次の瞬間に夜の神様が不安に陥れる。
まるで、持ち上げて落とされた気分。
気休めでも良いから、本当は安心したかった。
その気持ちを台無しにされて、私は呆然と思考停止状態に陥っていた。
停止した思考が再び巡り始めるのに要した時間は、どれほどか。
この時間の流れさえも曖昧で分からなくなる夢の世界。
実際にどの程度の時間で私の頭が復旧したのか、私には分からなかった。
………え。
…え?
私が…私が、何に関わっていると?
夜の神様は、『現世』とざっくり大きく纏めて仰った。
ちょっと待って下さい。
それって、私が現世全体に影響を及ぼす何かに関わっているって事…?
何故に?
「現世は、かつて無く大きな諍いに巻き込まれようとしておる。魔族と『人間』のどちらかを滅ぼさんとする争い。全面戦争という、予想される被害も甚大な、大きな戦に」
そ、それっ 本当ですか!?
魔族と『人間』の全面戦争って、今までの小競り合いレベルじゃないって事!?
って、そんな大きな争いしようだなんて…何やってんの、アイツ等!!
いや、それ以前に。
なんで私が眠っていることが、それに関わるんですか!?
私の目が覚めなかったら戦争って、なんで!?
「そなたが、目覚めぬ為だ」
夜の神様の仰る内容は私には理解できなくて。むしろ理解したくなくて。
ここに実体があれば、絶対に頭を抱えています。断言できる。
それくらい、私には意味不明の展開。話の繋がりがわからない。
「そなたが目覚めぬことで、魔族は『人間』に報復しようとしておるのだ」
……………。
それは、私のせいなのですか?
私の責任なのですか?
というか、ちょっと待て。
私が眠っている間に、一体全体どうしてそんな事態に?
何があったの、魔族。
というかむしろ、アイツ。
アイツだろ、原因。アイツ以外に、無いだろ。
そう、そんなことを考える、大馬鹿者は。
私が眠ってる間に何やってんだ、アイツ…!!
アイツ…あの馬鹿!
私の大事な幼馴染みの、大馬鹿野郎。
前から馬鹿だ馬鹿だと思っていたけれど、今回のコレは酷い。
………私が目を覚ましたら、覚えてろ。
長い付き合いだもの。どうなるか、分かってるよね…?
絶対に、殴る。
目を覚ましたらいの一番に、何が何でもアイツの顔を殴る。全力で。
覚悟してなさい…?
どうやら私の知らぬ内、眠っている間に、私の幼馴染み殿は好き勝手にしているようで。
それも今回は、種族全体を巻き込んでの全面戦争との話。
何を考えているのか分かりませんが、とんでもない話です。
そんなことをやらかした、馬鹿にどんな制裁を加えるか…
…絶対に、タダでは済ませません。
たっぷりと思い知るくらい、私の幼馴染みは躾が必要みたいです。
お馬鹿をやったら、鉄拳制裁だろうと痛い目見せて、間違いを正してやらなくては。
そんな、血祭り予告みたいな事をつらつらと考えながら。
私は自分がどうしたら目を覚ますのか。
どうやったら目を覚まして、馬鹿達の馬鹿を止められるのか。
アイツへのお仕置き方法と一緒に、現状打破の方法を目まぐるしく考えていた。
それはもう必死に。
『人間』の国で、脱走方法を考えていた時よりも、ずっと一所懸命に。




