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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
眠りに落ちても目を開けて
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75.夜の神様と私




 ふわふわと不思議な世界。

 夜に彩られた、闇の領域の世界。

 夢という名を持つ空間で、私は不思議な感覚を味わっている。

 安らぎの様でいて不安を感じ、落ち着けそうなのに不安定で仕方がない。

 無いはずの身体が、ぽんぽん弾んでいる様な。

 身体から投げ出された意識が、風に絡まる様な。

 何とも言いがたい微妙で奇妙な感覚。

 それが身体から意識が離れてしまっているが為の不安だとは気づけなかった。

 濃密な夜の気配に、魂の故郷を感じ…そこに、懐かしさを得ている為とは気づけなかった。

 自分というものが不明瞭になりそうな夢の原。

 私は其処で、夜と月の神に体面を果たす……果たした、訳だけど。




 夜の神様は、奇麗な方だった。

 男性に対して奇麗という言葉が適切かは微妙だけど、綺麗な方だった。

 だけど、彼の方が其の身に宿す色合いに、私は気を惹かれて仕方ない。

 彼の方の髪は、目は、いつも身近にあった懐かしい色合いと同じ色だった。


 闇という色を絹糸に漉き流した髪は、星の光沢に艶を放ち。

 黄金の瞳は満月そのままに、夜に彩られて目を離せない。


 白い容はアイツとはちっとも似ていないはずなのに。

 アイツと同じ色を、纏っているせい?

 どことなく、なんとなく…何故か、アイツと良く似ている気がした。


「似ているのは、当然であろう。私は魔族の祖。魔族の親。全ての魔族は、すべからず私に似ている部分を持っている。それがどこかは、個によって差があれど」


 それはつまり、私やお兄さん、羽根の人、爆破魔さん…等々。

 とにかく、多種多様タイプ別の全ての魔族が、この静謐な方に、似ていると…?


 到底信じられなくて、私は愕然とした。

 全然似ていない気がするのに、それでも心のどこかで納得する気持ちがある。

 それに気付いて、更に愕然とした。

 固まる私を前に夜の神様は驚くほど柔らかく笑う。

 私の考えていることなど、全て分かっているという様に。


 …あ、実際に分かるのか。この場所じゃ。


 此処では思考したことが直接伝わってしまう。

 夜の神様は物慣れない私に、慈愛に目を細めて笑んでくれる。

 その優しそうな笑顔に、照れくさくなって何も言えない。


 全てを見透かされる空間で、私の思ったことは纏めて伝わってしまって。

 私にはそれを制御して、伝えたい言葉だけを伝えられる術がない。

 本当に、考えていることの全てが伝わってしまうなんて…。

 厄介この上ない空間に、気まずさと肩身の狭さを感じていた。

 こんな事を思っていることも、全て筒抜けになっているのだろう。

 それを思うと、戸惑う気持ちは大きくなるばかり。

 対面している夜の神様が、微笑ましそうな顔で見つめてくる分、余計に。


 ぐるぐる思考の迷路に容易く陥っていたら、その葛藤も全て伝わってしまう。

 それが私をどうして良いのか環から無くさせて、そわそわと落ち着かない。


 私の考えが右往左往する様が伝わったのでしょう。

 夜の神様は小さく笑うと、私に優しい声音でお尋ねになりました。


「それでは、そなたに訊こう。…『人間』を、どう思う?」


 はい? どう思うって、どんな意味で…?


 漠然とした質問に、私はどう答えるべきか逡巡しました。


「そなたも度々苦しめられておるのではあるまいか? 『人間』が憎うはないのか?」


 …憎くないとは言いませんよ。

 そんなことを言えるほど、お綺麗な育ちはしていませんから。

 受けた恨みは一つ一つきっちり覚えています。八つ当たりと逆恨みはしませんが。

 私は私に屈辱を与えた相手は、一人一人きっちり顔を覚えて恨むつもりです。


「…そうか。少々予想を外れたが…。では『人間』を滅ぼしたくはないか?」


 ………。


 思いませんよ。

 さっきも言いましたけど、私、個人的に憎い相手は直接恨むつもりなので。

 『人間』の百人、二百人に憎しみを覚えても、それで種全体に恨みを広げるのは…。


 確かに、彼等は私達の故郷を奪い、仲間を奪い、命を奪います。

 はっきり言うと、嫌いです。

 それでも個人的に親しくしたい相手が一人もいないという訳でもありませんし…。

 流石に、種族丸々滅ぼしたいと思うほど、私は憎悪に取り憑かれてません。


 それに…。


「…それに?」


 それに、私達の住む大陸は、『六種の大陸』です。

 神様方が、六つの種族でバランスを取って治める様、定められた大陸です。

 六種族の一角を担う『人間』を滅ぼしてしまっては、バランスが崩れてしまうのでは?

 六種族から一種族消えてしまえば…『六種の大陸』ではなくなってしまいます。

 私達の『六種の大陸』も、バランスを失って違うものになってしまうんじゃないですか?

 どれだけ憎い相手でも、それを滅ぼして自分達も共倒れー…なんて。

 そんなの私は、絶対にご免ですが。


 これは『人間』と敵対すると決めた時から、私の心中で渦巻いていた考えでもあります。

 私達の大陸は六種族で治める様にと、神代の時代に神々が定められました。

 その定めた決め事を破ってしまっては、取り返しのつかないことになるのでは。

 下手を打つと、『人間』だけの問題ではなくなってしまう気がするのです。

 それこそ、大陸を…他の五種族、全てを巻き込んでしまう気が。


 物事が変質してしまうと、いつだって取り返しのつかない事態を引き起こします。 

 それはきっと、大きな物事ほど、大変な惨事を引き起こすでしょう。

 一つの種族を、私達の都合で滅ぼすなど…

 それこそ、神だけに許された特権に思え得るのです。

 それを下界の神ならぬ身が、して良いはずがありません。


 確かに『人間』は憎く、懲らしめるのは吝かじゃありません。

 ですが何事も、大事なのは『程々』の加減だと思うのです。

 ある程度、『人間』を懲らしめるのは良いでしょう。

 考え方を改めさせる為にも、魔族への手出しを抑止する意味でも。

 そういった意味で『人間』に被害を及ぼすのは望むところです。大喜びでやります。

 そう、言うなれば見せしめ的な制裁であれば、気兼ねせずに済むんですけれど。

 ですが滅ぼすとなると…


 『人間』を滅ぼして、大陸に出る影響。

 それは生態系に対してもそうでしょう。『人間』は特に、他に及ぼす影響の強い種族です。

 私の考え及ばない領域にだって、きっと沢山の影響があると思うのです。

 それら全てに対して責任を取るのは、きっと難しい。

 何より、一度滅ぼしてしまったら取り返しがつきません。本当に。

 滅ぼしてしまってから困っても遅く、滅ぼしてしまえばどんな不利益を被るか。

 それを思うと無闇やたらと簡単に、一つの種族を滅ぼすべきでは無い気がします。

 先々のことを考えれば、私達は思い止まるべきでしょう。

 まだ他の種族が、『人間』を滅ぼさねば進退窮まると言うほどでも無いのですから。



 私の正直な感情が、言葉よりも雄弁に伝わったのでしょう。

 私の考えを知った夜の神が、柔らかな笑みを深めました。

 それは、まるで私を誉める様な。

 そんな、温かな笑み。


「そなたは、聡いな。可愛い、良い子」


 …何故、そんな感想になるんですか、夜の神様。


 そんな…そんな、真っ正面から誉められると照れるんですけれど……

 私だって本音も建て前もあるんですよ? そんな、良い子を誉める様な顔は不本意です。

 …この空間では、建前の使い分けも無駄そうですが。


 しかし、私が複雑な思いを抱えても、神様は穏やかにからからと笑うだけで。

 そんな微笑ましいものを見たって顔で、笑わないで下さい。

 夜の神様の表情はあまり動かないのに、目が、口ほどに物を言っていた。

 そう、言うなれば子猫を猫可愛がりする様な顔で。


 慈愛に満ちた顔をする夜の神様を前に、私はますますどうして良いか分からない。

 戸惑いの中、私は借りてきた猫みたいに縮こまりたくなってしまい、仕方がなかった。






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