夜の神は憂鬱に溜息をつく
今回は夜の神様視点。
私の作った民は地に増えて栄え、しかしその栄華は『人間』には敵わない。
個人主義に創り過ぎたのであろうか。
内省するだに、既に後悔は遅い。
『人間』は蔓延り、地に怒濤の勢いで栄え、他の種族を追いやる。
この様に強欲な種族を創ったのが、あのお人好しだとは。
無性に笑いがこみ上げるが、その笑いは怒りの色を濃く宿す。
肩身狭そうに此方を窺う穀物神に、胸の苛つきが収まらない。
衝動的に斬り捨てた後で、後悔する。
…私は、いつもこうだ。
反省していたのは本当のこと。
その責任を取るべく、問題を起こした愚者を回収すべく、使わされた地上。
私を気安く扱うのは、姉くらいの者だ。
だが今回の仕事は、私にとっても歓迎するところが大きい。
私の可愛い地上の民への虐げを、加速させようとした、あの馬鹿。
回収ついでに、粉々にしてやろうかと胸の内から暗い声がする。
うっかり、その声に素直に頷きそうだった。
その衝動は強く大きく、私の理性も手綱を取るのに苦心している。
最後まで冷静でいられるだろうか。
不安は、根強く胸に巣くっていた。
しかし不安も衝動も全て、地上で意外な者を見つけた瞬間に吹き飛んだ。
あれは、一体この様な場所で何をしているのか…?
復活の準備をしているはずの、穀物神。
復活には莫大な力を使う。
余計なことをしている余力など、在るはずもないのに。
いるはずのない姿に受けた衝撃で、頭は真っ白に。
全て、頭の中から吹っ飛んだ。
目の前には、状況を変えるのだと意気込む少女。
か弱い、脆い、『人間』の少女。
下界の民は総じて脆いが、『人間』の脆さは一際目を見張るものがある。
その中でも特にか弱く繊細な身体を纏っているのは、穀物神。
………。
分かっている。
重々、分かっているのだが。
中身はあの間抜けだと分かっているというのに…
実際に目の前に、か弱く小さきヒトの娘として現れれば、どう扱って良いのか分からない。
戸惑いそのままに、私は早々に去ってしまいたくて仕方がない。
よく知っている筈の神の、思わぬ姿。
本来の姿とはあまりに違うそれに、どのように振る舞えばいいのか…
常の如き手荒な真似は、問題外だろう。
姿だけが変わったのではなく、肉体の強度まで違うとは。
そのことに対する深い戸惑いは、私を狼狽えさせるのだ。
表面上に、そのことを出す気は欠片もなかったが。
私は自分の感情に従い、早々に退散することにした。
また後で来なければならなくなったとしても、今は直ぐに此処を離れたい。
前もって何の心の準備もしていなかった所に、穀物神の化身に会って動揺している。
この様な時は、同じ場所にいない方が良い。
冷静さを欠くと、私は感情のままに何をするのか分からない。
そそくさと退散するに限る。
私は私の民…魔族の少女を引き取り、保護することを穀物神に告げ、早々と姿を消した。
腕の中に、気を失った少女を抱え。
この少女は暫く目を覚まさぬだろう。
下級の神とはいえ、案山子は紛れもなく『神』。
その攻撃の、煽りを受けた。
攻撃そのものは身につけていた神器が防いだ様だが…
可哀想に。
魂に、影響を受けている。
攻撃の衝撃で、小さく傷を負っている。
これを癒す為の眠りを、夜の眠りの加護を。
そっとそっと、優しく与えよう。
間違っても、魂の癒えぬうちに目覚めぬ様に。
心身共に健康を取り戻した時、目が覚める様に。
だが一つ、問題が。
この癒しの夢にたゆたう少女が、魔族の者達が望み求めた少女なのだろう。
戦を止めるに重要だと、問いかけた全ての魔族が答えたのだ。
ヴィルムリンネ
この少女が何より必要であると、魔族達が言う。
だが少女は眠ったまま、いつ醒めるとも知れない。
そのことに何とも心許ない不安と、気まずさを感じてしまうのだが…
さて、どうするべきか。
どう考えても問題な気がしないではなかったが、それは地上の民がどうにかすること。
これ以上の手助けをすることは、私にも許されていない。
あくまでも、今回の地上への訪れは仕事のついで。
案山子を仕置きに来た、そのついでだ。
あまりにも逸脱する行為は、私にも咎を呼ぶ。
許される範囲で、行える助力は此処までであろう。
精々が、この少女を仲間達の元まで送り届けることくらい。
それが済めば、私は地上の民から離れなくては。
自分にできることは、神であるからこそ限られている。
魔族の元へ少女を送り届けた後、何が起きるのか。
そのことに憂鬱を感じても、私にはヴィルムリンネを送り届ける以外の選択はない。
魔族の者達が陣を組む場所へと、夜の空を移動しながら。
私は地上で感じるあらゆる煩わしさに、小さな疲れを残していた。




