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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
眠りに落ちても目を開けて
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穀物神の責任





 夜の神に呆気なく所在がばれ、追求を受けた私。

 神妙に言い訳…もとい、状況説明をさせて頂きます。

 夜の神と接した今までの経験故に、私の身体は自然と怯え、小さくなっておりました。


 語り終えた今、恐る恐ると夜の神を窺います。

 ………。

 ……………どうしましょう。

 夜の神の顔から、表情が抜け落ちています。

 いえ、それはまあ、いつも通り変わらないと言って良いのですが。

 何だかんだと、長い付き合いですからね。

 瞳の奧を見れば、何を考えているのかは大体分かります。

 それが怒りの感情であれば、確実に程度の程まで分かります。慣れって悲しいです。

 ですが今の彼の瞳に浮かぶ感情は…


 ………怒り2割、呆れ8割?


 うわぁ………。

 怒られることは結構頻繁にありますけど、呆れられるのは珍しい…

 ……じゃ、ないですよ。確かに呆れられるのは滅多にないですよ。

 ですがその分、滅多にない分、何故かいつも以上に恐怖を感じます。

 何と言いましょうか、得体の知れない?

 あまりに無いことなので、これから我が身に何が降りかかるのか…

 呆れた夜の神が私にどのような態度を取るのか、全然予測がつきません。

 だからこそ、何故か怒られるよりはマシだろう状況に、怒られるよりも恐怖が。

 あれ? 私ってこんなに捻くれてましたか?

 呆れられるよりも怒られる方が心に負荷がないなんて。その方が安心するなんて。

 私は、誰かに怒られて喜ぶ様な趣味趣向は無いはずなのですが…。

 ちょっと、自分への不信感が、物凄いことに。


 私が自分への不信を募らせる前で、夜の神は秀麗な顔を憂いさせて溜息一つ。

 ああ、溜息も物凄く珍しいですね…というか、初めて見ました。


「私は今、困惑している」


 ちっとも困惑していないように聞こえました。

 いつも通りの淡々としたお声です。

 ですがよく見ると、その手が苛々した気持ちを表す様に御自分の髪を掻き上げています。

 ああ、困惑しているのは確かなようです。

 彼の目は、ひたりと私に据えられていました。

 …え、困惑の原因、もしかしなくても私ですか?

「そなた、何故にそのような姿をしている」

「えーと…先程、ご説明した様に思うのですが」 

 大まじめな顔で追求されても、先程の説明以上の言葉はありませんよ?

「確かに、聞きはした。しかし、何もそのように弱々しく、幼い娘の姿で無くても良いであろう…私の知っているそなたとは、あまりに違いすぎる」

「そんなことを言われましても…」

 ああ、そうなんですね。

 私の脳裏に、ぱっと閃き煌めいたもの。

 それは『理解』という、苦くて都合の良い現実への新たな認識でした。


 神とは、あまりに強い力を持つ存在。その中でも、夜の神は一際強い。

 そんな彼ですから、今の私の姿への戸惑いも一入です。

 そう、彼は戸惑っています。

 か弱き下界の民でも、最も儚い『人間』の、私の身体に戸惑っているのです。

 私の今の肉体は、『人間』の中でも更にか弱く、身形も少女のもの。

 神として在る時の私とあまりに違う為、夜の神は私にどのような態度を取ったものか計りかねているようです。そうですね、いつもの調子で私をどついたら、先ず間違いなく、この肉体は潰れた挽肉になってしまいますから。下手したら、塵一つ遺さず消えますよ。

 そんな貧弱な肉体を、本来ならば神である私が纏っているのです。

 私に対して、長い付き合いなのに今更付き合い方を計りかねるとは。

 そのことに対する夜の神の戸惑いは、予想できないこともありません。

 現に、神々の中でも際だった存在の筈の夜の神が、あんなに戸惑っています。


 ある意味、今が好機かも知れません。


 いつもの…神としての私であれば、夜の神は遠慮も容赦も致しません。

 然し今の私は対外的に『人間』であり、その存在感も外見も肉体も、ヒトそのもの。

 中身が神だと知っていても、外見がヒトではうっかり手荒に扱うこともできません。

 また、ヒトは見守るべきという神としての取り決めにも反すると、理性が訴える筈です。

 これは…うっかり怒らせても、『人間』である内は、怒りの矛先を向けられずにやり過ごせるかも知れません。後が恐いという気持ちもありますが。

 今なら、夜の神の理性が手出しを控えようと自戒するでしょう。

 こんなこと今まで無かったので、私の戸惑いも凄いですよ。

 ここでラフィラメルトであれば、「やったね♪ 好き放題のやりたい放題だよ☆」などと言うのでしょうか。本人に確かめようとは思っていないので、ただの想像ですけれど。



「………だが、丁度良い」


 はっ つい考え事に没頭して、夜の神への注意が薄れていました。

 えーと。何が丁度良いというのでしょうか。

「何が、調度良いのですか?」

「此度、強制送還することになった案山子神だが…本来その監督を務めるべきそなたを、私が殺めてしまった故な。不在の間、私が責任を取る様にと仰るのだ」

「………その仰い様、日女神様から、ですよね。つまり?」

「そなたが不在の間、私がこの案山子の身柄を預かる様にと姉上が仰る。…だが、そなたがおれば私ではなく、そなたが引き取るのが道理であろう?」

「夜の神…貴方が屁理屈を言い出すなんて、珍しいですね」

「私は、この者は好かぬ。我が民を虐げた者の面倒を、何故見なければならぬ」

 夜の神の目が、痛いほどに言っています。

 この案山子に関しては、自分ではなく穀物神の責任だ…と。

 とても雄弁です。口で語らずとも、誰だろうと意図が察せられるでしょう。

 彼は、ある意味でとても素直な方ですから。

 彼が面倒だと言い、邪険に扱いたいと目で語る案山子神(あの子)

 このまま私が引き取らなければ、、どうなると言うのでしょう。

 見棄てて夜の神に任せたが最後…どのような目に遭うか、想像するだに恐ろしい。

 此処で別れてしまっては、次に見えた時…精神が崩壊しているかもしれません。

 流石にそこまではしないだろうと信じたいのですが…どうにも、畏怖の感情が杞憂ではないと訴えかけてくるのです。彼は、本気でやるに違いないと………。


 流石に、あの子を壊されるのは困ります。

 馬鹿な子ほど可愛いとは言いますが、確かに自分で作った存在は馬鹿でも可愛いのです。

 …今回は、私もやりすぎだと思うので、どんな目に遭わされても文句は言えないのですが。

 どんな条件を付けられるのか、どんな形で責任を取らさせられるのか。

 夜の神が何と要求してくるのか分かりませんが…

 もしかすれば、私も下界を去らなければならなくなるのかも知れません。

 ですが私の責任というのも確かです。

「分かりました。貴方の言葉は尤もです。その子は、私が責任を持って矯正します」

 しっかりと夜の神に視線を合わせ、彼の要求に従う旨を示します。

 夜の神は、そんな私に小さく頷きを返しました。

「良く言うた。この神を生み出したそなた以上の適任もおるまい。この神の身柄は、改めてそなたに預けるとしよう。矯正させるとの言葉、忘れるでないぞ」

 そう言って、夜の神が放り出していたあの子を掴み上げます。

 頭鷲掴み………その乱暴な扱いに、あの子への苛立ちが垣間見えます。

 顔は、涼しげに凪いでいるのに。

 ああ、夜の神が目が言っている気がします。

『今更矯正させると言い出すくらいなら、前もって躾けとけ』…と。

 多分、それは気のせいじゃないと思います。

「さて、その身は未だ『人間』…であれば、ヒトとしての生を全うするまでは下界に?」

「あ、そのつもりです。案山子神が引っかき回してしまいましたし、『人間』としての立場を使って、今後の『人間』の国の方向性を修正していこうと思っています」

「それは良いな。私からも頼もう」

「………!!」

 た、頼もう!? 夜の神が、頼むって、頼むって言いました!?

 正真正銘、初めてのことです。

 夜の神が、私に何か頼むなんて…押しつけるのではなく、頼むだなんて!

 私は頼み事をされたという、それだけのことで嬉しくなってしまって。

 一気に高揚し、無性に気が急いて、ついつい慌ててしまいます。

 なんだか、顔が熱い気がしました。

 慌てる私の様を見て、夜の神が小さく、本当に小さく笑います。

 多分、微かすぎて本人も気付いていない様な、そんな笑み。

 私はますます気が昂ぶって、緊張するやら、恥ずかしくなるやら。

 どうしたら良いのでしょう!? 落ち着く術が、分かりません。

「そなたが下界にいるのであれば、この案山子も下界に置いた方が都合良かろう。神格は封じておくが、そなたの目的の為にこき使えるくらいの能力は残しておくとしよう」

「うぁ……お気遣い…有難う御座います」

「我が魔族に良き未来となる様、そなたには働いて貰わねばならぬ。六種族が調和しておらねば、大陸の維持管理にも障りがあるのは分かっておろう?」

「た、確かに、そうですね…」

「面倒事を頼んでおるのだから。案山子神から奪った余分な力を、そなたの削いでしまった力を補填するのに使うが良い。消耗を回復するのに充分な量は在ろう」

 そう言って、夜の神はあの子から直接、神の力を奪い取ります。

 それを直接『人間』の身体に入れられたら死にますよ…?

 力の弱っているはずの今だって、既に力が強すぎて何度も死にかけているのですから。


 何をするきかと私は警戒しましたが、夜の神もその辺りを考えていたのでしょう。

 彼はその辺に落ちていた小石に、あの子から力を奪って封じ込めました。

 余分な力を奪われたことで、あの子の神としての存在が弱まるのが分かります。

「ヒトとしての生を終えた折りに、これを吸収すると良い。復活に伸びてしまった300年分ほどは、それで取り戻すことができよう」

 夜の神が、私に気遣いを示すのもとても珍しいです。

 私が『人間』になったことで復活するのに必要な時間が延びたことを気遣って…というよりも、今回、私を殺してしまった事への罪滅ぼしか何かのつもりみたいですね。

「重ね重ね、申し訳ありません…」

「良い」

 それだけ言って、夜の神は私の足下に案山子神をどさりと放り出しました。

 どうやら、気にして欲しくないみたいですね。

 …まあ、よく考えてみればあまり感謝に値することをしていませんしね。


 



 夜の神の言いたいことは、重々承知しています。

 この大陸は、『六種の大陸』。

 我々神が、六つの種族に任せたモノ。

 一種族でも滅べば、その時点で大陸は『六種の大陸』ではなくなってしまいます。

 変容して、しまう。

 そうなってしまっては、この大陸は大きく姿を変えるでしょう。

 そうならない様、六種族には本当は共存共栄してほしいのです。

 どれか一種族が突出しない様に。

 …その調和を、一番弱いはずの『人間』が最初に乱したのは、笑い話にもなりません。

 軌道修正し、調和を正す。

 ちょっと大役過ぎて一『人間』には無茶なお願いです。

 ですが、内側から正せる部分が在るのも確かで。

 そう言う、内側から作用する役目を、夜の神は私にやれと言っているのでしょう。

 面倒な仕事を、押しつけられてしまいました。

 ですが夜の神が頼むと言ったので。

 私もやる気を出して、精一杯のことをしましょう。

 『人間』として。

 神でない今の私に、やれることは限られているでしょうが。

 少なくとも現状を改善する為、この身を尽くす覚悟だけは、既にできているのですから。

 



 

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