10.羽根の人
私達の前に現れた、第三の仲間(候補)。それは羽根の人。
既に見た目からして規格外で、どう接したものかと秘かに頭が痛い。
だけど私の思いなど知らぬアイツは、私にできないことをいつもあっさりとやりこなす。
「かっ…カッコイイ!!」
ポカンと見とれていた後、我に返って最初にアイツは興奮して叫んでいた。
私はそのことで更に驚いてしまう。
魔族には色々な人がいるが、今まで翼の生えた魔族など聞いたこともない。
むしろ、翼を持つのは別の種族の筈だった。
なのに、目の前の翼を持つ青年は、どう見ても間違いなく魔族の青年で。
背中に翼を持つことだけが、おかしい。
まず間違いなく、魔族の中でも少数の一族。もしくは突然変異。
このご時世、魔族は身を寄せ合って暮らしている。そんな中で見たことも聞いた事もない
姿は、それだけ稀少な姿ということで。もしかしたら魔族でも一人だけかもしれなくて。
それを考えると、繊細な問題に思えた。
翼を持つ本人が気にしているか否かで、慎重に振る舞う必要が出てくる。
…だと、言うのに。
この、馬鹿は。
「ぐ、グター!?」
驚き、叫びつつ、私の右手はいざとなったら鉄拳制裁の為に拳を固めていた。
…最近、お兄さんに毒されて乱暴になってきたかもしれない。
「リンネ! 見てみろよ! まるで天翼族みたいだ!」
「ば、馬鹿か!? 馬鹿がいる!!」
何たることだろう。
私の危惧するところ最も禁句っぽい言葉を、アイツはするっと口にした。
れっきとした魔族だというのに、多種族に間違われるのは自分を否定されている気がして
不愉快になる。少なくとも、妖精族に間違われると私は苛々する。
六種族の中で鳥の翼を持つと言えば天翼族だが、羽根の人がそれを気にしていたら、何と
言って詫びれば良いのだろう。彼はお兄さんの類友だ。下手したら半殺しにされるかも…。
私は自分の顔が、一気に青ざめてていくのが分かった。
いざとなったら馬鹿を土下座させて寛恕して貰おうと、羽根の人の出方を窺った。
だけど私の予想に反して、羽根の人は全く気に病んでいなかった。
それどころか、慌てる私と興奮するアイツを見比べて、彼は噴き出した。
「…っ く、は、はは…!」
笑うと、静かで冷たそうだった羽根の人が一気に温かな印象となる。
彼は目に涙が滲ませながら笑い、最終的には腹を抱えて悶絶していた。
一体、何がそこまで可笑しかったというのか。笑い上戸か。笑い上戸なのか。
「はぁ…苦しいな。久々に楽しく笑わせてもらった」
彼が落ち着く頃には、私もすっかり冷めた目で羽根の人を見る様になっていた。
「ふふ。その様な目で見ないでくれ。近頃には珍しく素直な子らのようで、微笑ましゅうて
な。そうしたら笑いが止まらなくなったのよ。この頃は私の翼のことを真っ向から口にする
者もいなかったのでな。それが余計に笑いを増長させて、なぁ」
確かに、羽根の人の仰々しい姿を見て、躊躇いなく異物めいた翼に言及できる者は少ない
だろう。彼の様な雰囲気のある相手にそれができる勇者が、そう何人もいるとは思えない。
羽根の人本人は、全く欠片も、微塵も翼を気にしていないので、腫れ物に触る様な扱いは
逆に不快なのだという。そこへ来て、羽根の人が何か言う前から気負い無く自分の感想を口
にしてしまう馬鹿が現れた。それに加えて、馬鹿を相手に「もっと気を遣うことを憶えろ」、
と気遣われるべき本人を前に堂々と言ってしまった、私…。
子供で、思ったことを何でも口にしてしまう幼さで、自分を偽ることを考えない素直さ。
どうやらそれが、羽根の人のお気に召したらしい。
彼は私達が旅の目的やら何やらの説明をする前に、マイペースに言い放った。
「子らといるのは何やら、楽しそうで良いな。気まぐれ者のアシュルーだけでなく、マゼラ
まで共におるのは何とも面白い。子らと一緒にいるのは楽しかろうな」
「おう。滅茶苦茶楽しいぜ。まず、退屈はしねぇな」
お兄さんが、調子よく羽根の人に合わせる。
羽根の人は、「楽しい」という言葉を受けて、とても嬉しそうに笑った。
「それは重畳。羨ましい限り。子らは可愛いし、久々に友とも過ごしたい。何しろこの山に
引っ越して以来、退屈で仕方がなくての。私もそなたらに着いて行っても良いだろうか」
「てめぇ、だからこんな辺鄙なとこ止めろって言ったろ。一々通うのも面倒なんだぜ?」
「通うのはアシュルーの責任であろう。私は別段招いた憶えはない」
羽根の人が独特の口調とテンポで話す内容に、私達は顔を見合わせていた。お兄さん以外。
動きも口も固まった私達を全く気にせず、お兄さんと羽根の人は自分達の会話を楽しむ。
どうやら彼は、基本的に自分の言いたいことだけを言って満足するタイプらしい。
しかも、既に何か説明される前から、羽根の人は私達に着いてくる気でいるようだ。
その姿に、お兄さんと出会った時の強引な仲間参入を思い出し、微妙な気分になった。
私達が固まっている間も会話を楽しんでいた羽根の人だが、お兄さんがふと私達に気を回
してくれた。普段はあまりない、お兄さんの気遣いが発揮される。
「フェイル、お前、既に一緒に行く気みてぇだけどよ。一応、この纏まりのリーダーっつう
か、中心は俺じゃないぜ? 決定権があるのは、そこのガキ二人。男の方が一応、中心だ。
そんで旅に着いて行きてぇってんなら、お前、ガキ共に言うべきことがあるんじゃねぇの」
「なんと、それは失礼した。てっきり、一番偉そうなアシュルーが長だと思いこんでいた」
羽根の人の言葉に、お兄さんの態度では無理もないと全員が思った。
私達の苦笑いも気に留めず、羽根の人は私とアイツに向き直る。
娯楽がないと死んでしまうと言わんばかりの切羽詰まり様で、彼は私達を真っ直ぐに見る。
「先に頼むべきであったのに、失礼した。不躾な願いだとは重々理解しておる。しかし、
そこに目を瞑って頼まれて頂きたい。私を子らの旅に連れて行ってはくれぬであろうか」
どこか必死な羽根の人に、アイツのいつもの笑顔が浮かぶ。
太陽の様に明るくて、見る人を元気づける笑顔が。
「大・歓・迎!」
元気に言い切ったアイツの言葉に、羽根の人はホッとした様子で頬を緩めた。
こうして、私達の旅が意図するモノも、最終的な目標も、そのどれも認識しないまま、説
明すら受けない内に羽根の人が仲間になった。
そしてこれが、私達が『人間』に向き合う、最初の切欠となる。
--この時はまだ、そんなことは知らなかったけれど…。
羽根の人は背中に豪華な羽根を持つという珍しい外見上、
山を下りるとどうしても目立ちます。
六対も生えているせいで、隠そうにも嵩張って悪目立ちです。
目立つことで生じる煩わしいアレコレから逃げている内に、
気付けば人目を避ける山奥での隠遁生活。
彼本人、背中の翼がなければ到達できない山の高み。
訪ねてくる人も基本いない。最早ほぼ世捨て人だった。




