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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
眠りに落ちても目を開けて
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穀物神の弁明




 存在するにもヒトありきの私と違い、夜という大いなる存在を司る神は本当に強くて。

 そんな神が、滅多に浮かべない笑みを向けてくる。

 言い知れぬ緊張感。

 止め処なく流れ出る、変な汗。

 こんな状況下で…対峙するだけでも、逃げ出したくてならないのですが。

 完全に退路を塞がれた状態で、それでも逃げ場を探してしまう、私。

 観念して姿を現した私を前に、夜の神の口は両端が上がって笑みを作っているけれど。


 よく見ると、目が笑っていなかった。


 ぶわっと変な汗の量が二倍に増える。

 緊張感が高まりすぎて、胃が痛い。

 目眩を感じてふらつきそうになったけれど、現実逃避は許されない。

 まるで蛇に睨まれた蛙。

 そんな私を見て、夜の神は楽しそうに。

 本当に、楽しそうに笑みを更に深めた。

 いつもは、滅多に笑わないのに。

 笑ったとしても、薄く笑うのが精々なのに。

 ああ、しまった。

 夜の神…本当に、怒っている。

 これで、彼を怒らせるのは何度目だろう?

 私は、また殺されるかも知れない。


 迫り来る命への危機感。

 条件反射的に、身構えそうになる身体。

 私と彼の力量差では、身構えたとてどうにもなるものではないのですが。

 心構えも不十分だというのに、夜の神は待ってはくれない。


「そなた、この様な場所で、下界で、何をしている…?」


 聞き慣れない優しい声音に、背筋が冷えた。

 ああ、しらばっくれても無駄だ。

 夜の神の目が、雄弁に語っている。

『穀物神、貴様、何のつもりで下界にいる…?』…と。

『復活の準備も放り出して、下界で何を遊んでいる…?』………と。

 私の忠実な従属神であるあの子ですら、見ただけで私とは気づけなかったというのに。

 …それも、理性が飛んでいた為かもしれませんが。

 夜の神には、どうやら一目で私の正体が知れてしまった様です。

 私が、彼に消滅させられて精神体だけで復活を待っているはずの、穀物神だと。

 どうにも彼の神経を逆撫でし、知らずに地雷を何度も踏みつける、穀物神だと。

 そんな私が、何故に下界にいるのか。

 何故、大人しく復活の準備をしていないのか。

 責める様に私を見据える彼の瞳は、私に説明を要求していた。

 一体、何のつもりかと。

 その強い気迫の込められた視線を前に、私は小さくなって大人しく従う以外にありません。

 ええ、私だって命は惜しいですから。

 例え不滅の存在でも、殺されれば痛いものです。

 そして殺される程の痛みは、勘弁して欲しいと思うのが生あるモノの宿命です。

 神だとて、例外はありません。

 例え、殺される事が神にとって、一時痛いだけの感覚だったとしても。

 

 そうして私は、夜の神に私の『事情』を話すこととなりました。

 彼は詰問も尋問も拷問もしません。

 ですが口許に刻まれた笑みと、込められた気迫を前に、促されずとも喋ってしまいます。

 命が惜しいのならば、尚更に。

 私は神とはいえ、所詮は下級に近い中級神。夜の神を前には萎縮するのが常。

 ただでさえ、現在の私は力なき『人間』の身。

 これが仮初めのことだとしても、まだ暫くは『人間』でいる必要を感じています。

 うっかりまた殺されたりしない様に、夜の神を刺激しない様に。

 その為には、素直に従っておくことです。

 無言の求めを前に、私は順序立てて『此処にいる理由』を語り続けました。

 恐怖に竦んだ舌が、若干縺れる事実には目を瞑って。



 私は頭の中で整理した流れで、夜の神へ説明していきました。

 それに付け加えてラフィラメルトが何事か文句を言っていましたが、それが彼の耳に届かないことを…届いたとしても、聞き流してくれることを祈ります。

 夜の神の済ました顔は…妖精の呟きが耳に入っていたのか否か、窺い知れぬ顔です。

 それでも妖精の存在が咎められることのない様に祈りつつ、私は説明に集中しました。


 ・私が夜の神に殺されたことで逆恨みした案山子神が、報復を企んでいたこと。

「穀物神様、それ、逆恨みって言うの?」

 ・夜の神には到底敵わないので、案山子神が夜の神の大事な魔族に狙いを定めたこと。

「ある意味、分相応に自分の力量を理解してたんだね、あの仮面。すっごい傍迷惑だけど」

 ・魔族を弾圧し、苦しめる為に案山子神が『人間』の中枢へ潜り込もうとしていたこと。

「発想は迷惑以外の何でもないけど、実行力あるのが手に負えないよね」

 ・案山子神を止めようと思ったが、実体を失った身で直接諫めるのは不可能だったこと。

「わざわざ止めようなんて、穀物神様は人が好いのか、夜の神様が恐いのか。あ、両方か」

 ・案山子神を止める手段として、『人間』の王族に生まれることを思いついたこと。

「穀物神様も、結構向こう見ずで後先考えないよね。特に、『人間』になる弊害とか」

 ・『人間』の王族という身分を得て生まれることに成功したが、神の持つ力、その負荷に耐えきれなかった『人間』の身体が不具合を起こしたこと。

「『人間』の身体には大きすぎる力は毒にしかならないって、考えずとも分かったろうに」

 ・思う様に動かない身体では、直接的な方法で諫めるのは難しいと感じたこと。

「あの仮面なら、まず暴走してただろうね。自分のことを棚上げしてさ!」

 ・そこで天界から誰かに案山子神を引き取りに来て貰う方向へ計画を変更したこと。

「それをヒトは他力本願という…らしいよ?」

 ・下界に捨て置くには見過ごせない、神の力の行使をさせる為に案山子神を怒らせたこと。

「僕、滅茶苦茶恐かったんだから! 今度から、自分でやってよね!」

 ・そして今に至る

「言い訳をしないのは美徳だけど、おねえちゃんを巻き込んだのは明らかに失敗だよね!」

「………ラフィラメルト、貴方は先刻から活き活きと。一体、誰の味方です?」

「僕は僕の保身の為なら大概のことはするけど、おねえちゃんのことは僕も怒ってるんだよ」

「こそっとさり気なく夜の神を煽る様な発言…本当に聞こえたら、どうするんです」

「夜の神様に聞こえたら? 間違いなく怒りを向けられるだろう穀物神様を見棄てて、逃げる」

 清々しいほどに、断言しましたね。

 この子は本当に、ちゃっかりと…

 私の性格を分かった上で、許容範囲を逸脱しない様にしつつ、不満を訴えている様です。

 その要領の良さ、知恵と判断能力。それがせめて、あの子にもあれば…

 周囲を見る目さえあれば、あの子、案山子神も私の心労を減らしてくれたでしょうに。

 もう何百年も側にいたのに、あの子は生まれたばかりの妖精に器量で劣るのでしょうか。

 それを思うと、制作者(おや)として何とも申し訳ない気分になります。

 私がこれ程に不甲斐なくなければ、この様な事態にはならなかったのでしょう。

 それを思うと、ますます夜の神の怒りが恐ろしい。

 目を合わせることもできず、ずっと顔を伏せていた私。


 自主的に正座したまま神妙に語り終えた私は、上目遣いに夜の神を窺う。

 気分は処分申し渡しを待つ下っ端官吏、若しくは死刑宣告を待つ罪人。

 その位の後ろめたさと、絶望と、諦め。


 だけど私の目にした夜の神の反応は、予想とは異なるもので。

 思ってもみなかった反応を受け、私自身が更に戸惑うことになろうとは。

 そんなこと、微塵も考えていなかったのです。




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